くノ一探偵帖

吉岡梅

令和2年9月1日某所にて

「御屋形様、最近忍者の人気が無いと思いませんか」

「どうした急に」

「9月1日はくノ一の日ですから」

「へー、そうなんだ。確かにあんま見ないかな」

「そんな事ありませんー。忍んでるだけですー。忍者ですからー」

「お前が言い出した事じゃねーか。めんどくせーな」


「でもやっぱり情報の発信が大切なご時世ですから、何かしないと」

「なんか撮ってTikTokとかに載せたらどうだ?忍術とか」

「時流に迎合したくない」

「ほんとめんどくせーな」


「こう、私だけのオリジナリティをチヤホヤされたい」

「忍者関係ない話になってきてねーか」

「修行してるだけで動画が100万回再生されて楽に暮らしたい」

「撮影して配信しちゃってんじゃねーか」

「健康ランド行ってマッサージされて美味しいもの食べたい。あとモテたい」

「思いついた欲望垂れ流すなよ」


「そうだ。くノ一がドラマ化されれば人気も出るのではないでしょうか」

「なんだ急に。そうかもしれないけど、時代劇自体が少ないから無理だろ」

「確かに……ついつい職業モノか刑事モノばかり見てしまいます」

「まあ、多いよな。面白いし」

「あ!くノ一の職業モノにすればいいのでは!」

「それもう時代劇じゃねーか」


「いえ、現代に生きるくノ一の話にすればいいんです」

「おかしな世界観になってきたな。俺が言うのもなんだけど」

「ただ、くノ一じゃ視聴率が取れない……」

「妙な所だけ現実的」

「そうだ!人気のある職業の人が実は忍者だったとかの設定で」

「時流に迎合したくねーんじゃなかったのかよ」

「有能な銀行マンが実はくノ一で、忍術を駆使して不正を暴いていくとか」

「半沢直樹」

「忍ばれたら忍び返す!忍び返しだ!」

「まっすぐパクってんじゃねーか。忍ばれるってなんだよ。あと、『忍び返し』ってただのフェンスの突端の尖った奴だからな。全然復讐になってねーし忍術でもねーじゃねーか」

「忍者に詳しくて草。あ、この『草』ってのは忍者の隠語としての『草』ではなくてですね……」

「ほんとうるせーなお前」


「じゃあ、これでどうでしょう。元くノ一の刑事がですね」

「オリジナリティは」

「あ、違った。孤島に一人だけ派遣された元くノ一の刑事がですね」

「開き直って医者要素まで足してきたな」

「あ、やっぱ江戸時代の孤島に転移してしまった元くノ一の刑事がですね」

「プラス仁。てか江戸時代って忍者普通にいる時代だろ。足しすぎて逆にメリット薄れてきてんじゃねーか」


「で、孤島に一人だから捜査の人員とか道具とか無いんですよ」

「話を諦めない意思力」

「拳銃とか手錠とかカメラとかも無くて大変で」

「それは孤島関係なく江戸時代だからだろ」

「それを忍術でカバーしながら事件を解決していくわけです」

「忍術でどう解決すんだよ。分身してローラー作戦で手がかりでも探すのか?」

「惜しいです!」

「惜しいのかよ」

「例えばご遺体を発見したとします」

「おう」

「ここで忍法!DNA鑑定の術!」

「バリバリの科学捜査じゃねーか」


「孤島で器具が無くても使えるのがメリットです」

「メリットですじゃねーよ。何丸め込もうとしてんだ。忍術じゃないって話だよ」

「高度に発達した忍術は、科学と区別がつかない」

「それアーサー・C・クラークの科学と魔法の話な」

「じゃあタイトルは『くノ一は無慈悲な夜の女王』で」

「タイトルまでパクってんじゃねーか。つかそれはハインライン」

「くっ……じゃあ、『科捜研のくノ一』で」

「いろいろ込み合ってる上にオリジナリティ皆無じゃねーか」

「沢口靖子さんが伊賀のくノ一です」

「くノ一ですじゃねーよ。おかしいだろ」

「あっ、甲賀でした?」

「そこじゃねーよ。だいたい江戸時代の離島の話じゃなかったのかよ」

「えー、じゃあ『くノ一探偵帖』で」

「山田風太郎」

「ちょっとくらいおかしな忍法でも大丈夫そうですし。豊臣秀頼とか絡めて……」

「それもうくノ一忍法帖でいいじゃねーか」


「もー、御屋形様は本当煩いなあ。キミとはもうやってられねーわ!」

「上下関係と言い方」

「この辺でドロンさせてもらいます。くノ一だけに」

「ドロンてお前……あっ!本当に消えやがった。……腕はいいのになあ」



「……撮影機材、買ってあげようかな」



おしまい

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くノ一探偵帖 吉岡梅 @uomasa

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