コンプレックス女子が編み物を始めたらヤンキーに恋に墜ちた件について

エリュシュオン

出会い編

第1話 お姉ちゃんはアイドル

 お姉ちゃんは小さい頃から目立っていた。

 ママがイタリア人だから、ママ似のお姉ちゃんは街を歩けば皆が振り返るほどの美少女だ。

 おまけに誰とでもすぐに打ち解けて話せる、愛され系。ちょっと天然でおバカだけど、美貌と人の良さから皆に好かれた。

 近所でも有名人だったお姉ちゃんは小六の時にスカウトされて、今や高校生アイドルグループのセンター。

 人間としての差を感じるのは昔からだった。

 だけど『アイドル』を姉に持つ事の影響力までは考えもしなかった。

 お姉ちゃんが中学校を卒業して三か月。

 三年生になってもわたしの周囲はお姉ちゃんの話題で持ち切りだった。

 分厚い曇天が空を包む六月の放課後。

 図書室で期末考査の勉強を終えて、わたしは下駄箱で靴を履き替えていた。

 だけど校舎の外に目をやると、ザザーッと打ち付けるような雨。

 思わず深く溜息をついた。

 HRが終わった頃の方がまだ雨が弱かった。だけど傘を忘れてしまったから、もっと弱まるまで待っていたら、まさかの本降りだ。

 走って帰れば大丈夫かな……、わたしはスクールバッグを抱えて帰ろうとした。

「胡桃沢(くるみざわ)?」

 声をかけられ、振り返る。

 目線の先にはわたしの好きな人がいた。

「そ、外谷(そとや)くん!?」

 学級委員の外谷くんは学年の人気者だ。

 誰に対しても分け隔てなく優しくてカッコいい、わたしの憧れの人。

「胡桃沢、もしかして傘ないのか?」

「そ、そうなの。なんか、忘れちゃって」

 笑えないな、こんな恥ずかしいところを見られるなんて。

 すると外谷くんはエナメルバッグを開けると黒い折り畳み傘を手渡してきた。

「良かったら使ってくれ」

「えっ? けど外谷くんは?」

「おれはもう一本持ってるから大丈夫。風邪なんて引いていられないだろ? 受験生なんだし。じゃあね」

 外谷くんは屈託なく笑って言うと、ビニール傘を差して颯爽と去って行った。

 なんだか顔が火照ってきて、わたしは青い折り畳み傘を見つめた。

 やっぱり優しいな、外谷くんは。

 雨のせいで沈んでいたはずなのに、わたしは気付いたら笑っていた。

 ルンルンな気持ちで帰路に着いたけど、その時のわたしは何も知らなかった。

 翌日。

 わたしは浮かれた足取りで登校していた。

 お姉ちゃん目的でわたしに近付いてくる人は小学生の頃から多かった。

 だけど外谷くんはお姉ちゃん関係なしに親切にしてくれる。

 だから、嬉しかった。

 明るい笑顔で通学路を歩いていると、外谷くんと彼の友達の後ろ姿を見つけた。

 わたしは折り畳み傘を返す為に駆け出した。

 ちょうど声が聞こえる距離まで近づくと、外谷くんの友達が言ってきた。

「外谷、昨日リーチェさんの妹に傘貸したんだって? 優しいなぁ」

「まあね。あいつ、けっこうチョロそうだから、仲良くしとけばリーチェさんとお近づきになれるかもしれないな」

 えっ、どういう事……?

「マジでリーチェさん推しだよなぁ、ずっちぃやつ!」

「もうライブ以外じゃ簡単に会えないからな。リーチェさんの妹が同級生で良かった!」

 すとんと、腑に落ちた。

 どうして外谷くんがわたしに親切にしてくれたのか、やっと分かった。

 わたしは、お姉ちゃんの付属品。

 わたしは、『高校生アイドル 胡桃沢ベアトリーチェ』の妹。

 今ほどお姉ちゃんの影響力を忌々しく思った事はない。

 折り畳み傘をスクールバッグに突っ込み、駆け出した。

 ぜえぜえと息を切らしながら下駄箱に着くと、じんっと鼻の奥が痺れてくる。

 上履きに履き替えると、わたしは外谷くんの靴箱に折り畳み傘を押し込んだ。

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