SMH
k2e3
あるかもしれない未来の話
2023年から始まった二つの大国の争いは、多くの国を巻き込む第三次世界大戦となり、各国は競うように化学兵器を生み出した。
歴史上最も過酷な世界大戦は2035年大国が核爆弾を使用し共倒れした事により終結する。しかしそれから70年急激に自然破壊は進み、大気汚染、地球温暖化等により多くの国が水に浸かり、呼吸もままならない状況となった。
外出する際は皆ガスマスクを装着しなければ、30分程で肺の機能が低下するほどの悪環境だ。
日本の国土の1/3が海の底への消え、食料入手が困難になり人口は大幅に減った。現在では食料を人工的に作り、それで食い繋いでいる状況だ。人口的に作られたものは改良が進んだとはいえ、体に良いはずも無く更には製造も追い付いていない為飢餓で苦しむ者も多い。その為平均寿命は50歳となっている。一部の富裕層のみが屋内で育てられた人工物ではない素材を口にする事ができた。
科学が発達しアンドロイドが大量に作られ、それから人間の仕事はほとんど彼らに奪われた。アンドロイドの使用を廃止するよう声が上がるも、それらに頼り切っていた者たちにとってそれは難しい話であった。
環境の悪化に加え、食糧不足、就職難。日本は第三次世界大戦以来の窮地に立たされていた。
元々金遣いの荒い男であった為、蓄えの無かった貯金はあっという間に底を尽き、明日の生活もままならない。借りていたアパートを追い出され、ガスマスク越しにため息をつく。
この男は人間が接客する高級料理店で働いていたのだが、よく女性客にちょっかいを掛けた為に店長に首にされたのだ。裕福とは言い難かったが、それなりの暮らしをしていた田島にとって、貧乏暮らしは堪えた。
公共職業安定所は常に人で溢れ、中々仕事にありつく事は出来なかった。
「畜生、こんな事ならもっと真面目に働くべきだった」
後悔先に立たずとは正にこの事である。
有毒物質を吸収する吸収缶も買い替えが必要だ。命に関わる重要な物である。
人のいない公園でブランコに乗り天を仰ぐ田島の目に灰色が映り込む。
常に厚い雲が覆って見えるが、これは全て有害なガスである。どんよりとした空は今の田島を表しているようであった。
そんな男に近づく女が1人いた。
「何かお困りですか?」
黒髪はゆるく波打ち、ガスマスク越しに愛嬌のある瞳が笑う。
モデルのような美しい体形であった。
「何だあんた?」
不機嫌さを隠そうともせず田島は唸る。
女は気分を損ねた風でもなく更に目を細めた。
「職を探しておいでですか?良い仕事を紹介できるのですが」
「は?」
田島は間の抜けた声を漏らす。今のご時世簡単に職が見つかるとは思っていなかったのだ。
だが旨い話には裏があるに違いないと思った田島は警戒する様子を見せた。
「新薬の治験です。大手メーカーの令和製薬ですよ。悪い話では無いと思うのですが」
「そもそも、あんた誰だ?」
「失礼、申し遅れました。令和製薬の竹内、と申します」
名刺を差し出され、田島はそれをじっくりと読む。そこには令和製薬
「令和製薬の中にある医療施設で過ごして頂き、半年はそこで生活して頂きます。もちろん外へ出る事もできます。ガスマスクの吸収缶も無料で差し上げています。一泊二万円支払います。いかがでしょう?」
吸収缶が無料で手に入るとは有り難い。外出が出来るのならば、半年施設で生活しつつ就職活動をすれば良いのだ。竹内が付け足す。
「もちろん食事も無料です」
「やります!」
希望が見えたと田島はにんまりと笑う。
大手メーカーという事もあり、すっかり安心した田島は喜びに震えた。
「では早速ご案内致します」
近くに駐車してあった真っ赤なスポーツカーに向かい竹内は歩き出した。
「随分と令和製薬は儲けているんだな…」
田島の呟きに竹内は笑みを深めただけだった。
車に乗り込み向かった先は長野県である。ガタガタと揺れる道に田島は車酔いをした。
かつては内陸だったこの土地も遠くに海が見える程になってしまった。車はどんどんと山道に入る。
車で街へ下りなければ就職活動など出来ないではないかと田島は顔をしかめた。
やはり旨い話には裏があったのだ。
やがて見えた真っ白な建物は立派であった。
大きな門が自動的に開き、車が通り過ぎると大きな音を立てて閉まった。
建物に入るまでには何個も扉がある。これは外の空気を屋内に入れない為であった。
一つ進むごとに換気が行われるのだ。室内に入ると二人はガスマスクを外した。
施設内を竹内が案内する。廊下を二体のアンドロイドが通り過ぎていく。竹内の他に人間の姿は見えなかった。
食堂や風呂場等を回った後に、個室に田島は連れて行かれる。
ドアを開けると病室のような部屋が広がっていた。
ベッドが置かれ、小さな机もある。
「こちらが田島さんが生活するお部屋です」
「病院みたいですね」
「万が一何かあった時の為です。しかし弊社自慢の薬ですので、心配は無用ですよ」
微笑む竹内は美しい笑みを浮かべた。
「治験を行うにあたり契約書にサインして頂きます」
何枚もある契約書を読む気になれず、はじめの方だけを読んでサインする田島を竹内は無言で眺めていた。契約書と一緒に新薬の説明もあり、彼はそちらは全て読み終えた。
「では今日の夕食後から治験を始めます」
「はい。よろしくお願いします」
食堂で夕食を摂り、満腹になった田島は満足げに腹を撫でた。
これから新薬を試すのだ。
自室に戻った田島はベッドに腰かけ担当者が来るのを待った。
彼の耳にノック音が聞こえた。
「どうぞ」
ドアが開き、アンドロイドが入室する。
トレイに薬らしきものと水入りのコップが乗せられている。
『コチラヲ オノミクダサイ』
アンドロイドの指示に従い薬を飲む。
その後アンドロイドは退室して行った。
約30分後田島を強い眠気が襲う。
「薬の副作用か…」
新薬の説明書に強い眠気との記載があったのを彼は思い出した。
田島が深い眠りに落ちたのを、竹内玲子は画面越しに見ていた。
彼女の隣には恰幅の良い初老の男が立っていた。男は眼鏡を押し上げ、竹内の肩越しに画面を覗く。
男のネームプレートには
「5037番眠りました」
竹内の声に佐々木が白衣を翻し、部屋から出て行った。
「諸君、これより5037番の手術を行う」
佐々木の目の前には、7人の医師、2人のエンジニアが整列している。
皆それぞれ緑色の手術着を着用しており、佐々木の後に続き手術室へ歩みを進めた。
意識のない田島をアンドロイドが二体がかりでストレッチャーに乗せ、そのまま手術室の中へ吸い込まれて行った。
ピッピッピ、と心電図が上下に動く。
手術室に籠って3時間が経過していた。
田島の体には大量のメスが入れられ、ゴム製のチューブ等が体から出ている。
エンジニアが取り出した機械を医師が受け取りチューブと接続しようとした。
その時、医師の一人が言葉を発する。
「心拍数低下しています」
「くそっ、また失敗か」
「毎回ここで失敗するじゃないか、何が問題なんだ」
「記録とってるか?」
ピーーーー。甲高い音が手術室に響き渡った。
室内を医師たちが右往左往し、そして30分後。
田島義信の死亡が確認された。
施設の地下室で竹内が男と向かい合っていた。
「では処分の方宜しくお願いいたします」
「承知いたしました。しっかし今回は一気に5つですか」
青いツナギを着た男は呆れたように竹内の背後を眺める
竹内の背後にはブルーシートの包みが5つ積みあがっていた。
「あまり深入りしない方が、良いですよ」
竹内は目を細め、美しい微笑みを浮かべた。
「おぉ、怖い。それじゃ、行ってきますよ」
ブルーシートのがアンドロイドによって車に積まれていく。
青いシートの隙間から、人の手がちらりと覗く。
食糧難に対し政府が考えたのが『人類サイボーグ計画』である。
脳や心臓以外の臓器を機械化するという、食糧を必要としない体を得る為の極秘プロジェクトであった。
貧しい者が実験台となっているこのプロジェクト。失敗し、死亡した者は海に人知れず捨てられた。
口減らしも兼ねたこの計画は政府の中では賛成派が多数を占め、反対派は秘密裏に暗殺されていった。
一部の関係者や富裕層を除き、一般市民は誰もこの事を知らない。
今日もまた一人、町から実験体が運ばれるのだ。
SMH k2e3 @Youdai_Katou
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