異星人との婚活事情
灰ノ木
第1話 結婚相談所
今、灰色のスーツを着た男が意を決した面持ちで、結婚相談所と書かれた看板が掲げられている建物を見上げながら佇んでいる。
彼の名前は瀧氷 岳(たきごおり たける)。どこにでもいるような黒髪黒目の日本人だ。あえて特筆するとしたら最近年齢のせいか、少しお腹が出てきていることくらいだろう。
彼は今年で三十三歳になるが、未だに独身だった。
結婚するつもりはなかったが、三十歳を過ぎてから親に会うたびに孫の顔が早くみたいだとか、どこかに良い人はいないものかねぇなどと言われるようになり、根負けして今回思い切って結婚相談所に訪れたのであった。
(とにかく入るか)
何をするわけでもなく建物を見つめている彼を不審そうに見ながら、建物の中へと入っていく人たちの視線に気づいて、瀧氷はいそいそと結婚相談所の中に入っていく。
(思ったより綺麗な場所だな)
彼は建物の中に入ってから内装を見渡して思った。
彼の中で結婚相談所というのは役所みたいなもっと堅いイメージを想像していたが、内装はおしゃれなカフェのようであり、壁にいくつもある大きな窓が外の光を取り込んで室内はとても明るく開放的だ。イスやテーブルなどもデザインが凝っていて、ここはカフェですよと言われたら信じてしまいそうなくらいオシャレな雰囲気を醸し出していた。
既に彼以外にも相談者が幾人か来ており、皆従業員と思わしき人物と席に座って笑顔を浮かべながら対談している。
「こんにちは。こちらのご利用は初めてですか?」
雰囲気にのまれ、入り口付近で立ち尽くしていた瀧氷に結婚相談所の従業員と思わしき女性が話しかける。
「あ、はい。そうです」
「そうでしたか。それでは当相談所について説明させていただきますので、こちらへお願い致します」
そう言って従業員の女性は隅の席を指し示した。
瀧氷は女性の指示に従い、隅の席に座る。
「本日は当相談所にお越しいただきましてありがとうございます。それでは最初に当相談所の制度やご利用方法などについて御説明させていただきますね」
「わかりました」
瀧氷が返事をすると、従業員の女性が慣れた様子で淀みなく説明を行っていく。
彼はその説明に時折相づちを挟みながら、よくそんなにスムーズに話せるもんだと感心しながら耳を傾ける。
そのほとんどは緊張したこともあって頭の中にまるで入ってこなかったが、一つとんでもない発言を聞いて思わず考えていたことを口にした。
「じゅ、十万円ですか」
「はい、当相談所では皆様一人一人に寄り添ってご成婚を目指してサポートを致しますので、初期費用込みで入会費が十万円掛かります。また入会費とは別に月会費が月に一万五千円掛かりますがよろしいでしょうか?」
想像もしていなかった程の大金が掛かることを聞かされて、瀧氷は思わず天を仰ぐ。彼の中では精々月五千円ほどのイメージだった。それが約三倍の上に入会費も掛かると聞いて、中小企業の工場勤務でお世辞にも給料が良いとは言えない彼は、人前だというのにテーブルの上に肘をついて手のひらで頭を抱え込む。
「わかりました、支払いは後日でもいいですか?」
しばらく悩んだ末に、これで親の小言が無くなるなら安いもんだと無理やり自分に言い聞かせた瀧氷は了承の返事をする。
「はい、大丈夫ですよ。それではこちらの用紙の方に記入をお願い致します」
瀧氷は従業員の女性に渡された契約用紙を受け取り、言われるがままに記入していく。
契約用紙に記載された金額を見て再び、気が重くなる瀧氷だったがなんとか最後まで書き切り、念のためにと持ってきておいたハンコをもうどうにでもなれと思いながら勢いよく押す。
「はい、ありがとうございます。ご都合がよろしければ、このまま瀧氷様のプロフィールを作成したいのですがかまいませんでしょうか?」
「あー、はい。お願いします」
何度もここに来るのは面倒だと思った瀧氷は従業員の言葉に頷き、趣味や学歴、職業など聞かれるがままに答えていく。
質疑応答は途中までスムーズに行っていたものの、最後に何か特別な条件はございますか? と従業員の女性に聞かれたところで思わず瀧氷は言葉に詰まった。
しばらく俯いて悩む様子を見せてから瀧氷は、ぱっと顔を上げて意を決した様子で口を開いた。
「出来れば優しい感じの性格の方がいいんですが…… 実は、その女性にはあまりいい思い出がなくて」
苦々しい表情をして告げる瀧氷。
「それは人間の女性ということでよろしいでしょうか?」
「えっ? あ、はい。そうです」
従業員の女性の意図が理解出来ず、戸惑った様子で瀧氷は返事をする。
「実はですね、最近異星人の方との婚活も政府から許可を得た相談所で取り扱うようになりまして」
「はぁ…」
「実は当店も許可を得た相談所なんです。よろしければ人間ではなく異星人の方との婚活をご検討されてはいかがでしょうか?」
「異星人の方と? 本当ですか?」
「はい。ただし異星人の方と婚活される場合は事前審査がございまして、そちらに合格する必要があります」
「審査ですか……」
一体どんな審査だろうと思いながら瀧氷は首をかしげる。
「詳しい内容はわたくし共も存じ上げませんが、大変厳しい内容だそうで今のところ合格者は世界でも数名だけだそうです。それでもよろしければお受けなさいますか?」
世界で合格者がたった数名とは一体どれだけ厳しい審査なんだと瀧氷は驚き、審査を受けるべきかどうか腕を組みながら深く考え込む。
そのまま数十秒考え続け、結論を出した瀧氷はうんうんと頷いてから閉じていた目を見開く。
「一度審査を受けてみたいです。別途料金は掛かったりしますか?」
入会費の例もあり、もしかしたら審査費用と表してとんでもない金額を請求されるのではないかと考えた瀧氷は疑いを滲ませた声色で質問する。
「審査に関しては政府から補助金が出ていますので無料で行えます」
「本当ですか!? なら是非お願いしたいです」
多少の出費も覚悟していた瀧氷は従業員の女性の予想外の言葉に驚き、喜んだ様子で返事をした。
「審査日程や場所などについては、後日ご自宅に封書が届きますのでそちらの方でご確認下さい。本日はお疲れ様でした」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
席を立ち深々と一礼した従業員の女性に対して、ペコっと頭を下げお礼を言ってから瀧氷は結婚相談所を後にした。
(それにしても異星人と婚活か、時代も変わったもんだなぁ)
結婚相談所から出た瀧氷は、電車に乗るために駅に向う道すがら結婚相談所の出来事について感想をこぼす。
異星人とのファーストコンタクトは人類が初めて月に降り立った頃と言われているが、当時はまだ未成熟な人類全体に異星人の存在を知らせるのはまだ早いと判断され、瀧氷が学生の頃にようやくその存在が世間一般にも明らかにされた。
それから様々な異星人が地球へと降り立ち、地球を気に入った一部の異星人が地球に住み着いている。
令和の時代となった今では都会ではそれほど珍しい存在でもないが、瀧氷が住んでいるような田舎ではまだまだ見かけることは少ないのが現状だ。
(あーあと、母さんには上手くいくかどうかわからないけど、異星人と婚活すること伝えなきゃな。昔の人間は異星人に対して否定的だって言うし)
異星人の存在が公になったとは言え、未だに異星人の存在を素直に受け入れられていない人々は多い。一部の国では悪魔だとして、入国を拒否している国も存在しているくらいだ。日本では概ね好意的に受けてはいるが、国が取った統計では高齢になるほど異星人の存在を好ましくないと考えている人が多いというデータが出ている。
(それに仮に結婚出来たとしても、子供は異星人になっちゃうっていうもんな)
一般的に知れ渡っている事実として、人間の男性が異星人と結婚する場合一つの大きな問題がある。
それは人間の男性と異星人の女性が子を成した場合、必ず異星人の子供が生まれるということだ。
理由は伏せられているが一般的な説の一つとして、様々な厳しい環境にも適応できるように遺伝子改造された異星人の体内環境では、人間の胚が成長出来ないからと言われている。
まあ上手くいかなければそれを言い訳にもう少し独身生活を楽しもうと考えた瀧氷は、電車に乗り込み自宅のアパートへと帰宅した。
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