水瓶
くろかわ
水瓶
畳の上で寝転んだまま、ぼうっと夏空を眺める。抜けるような青。ぷかぷかと呑気に浮かぶ白い雲。窓枠で仕切られた八月は、遠くに渦巻く大入道の欠片が緩やかに流れている。
一年ぶりにやってきた夏は、去年よりちょっとだけ暑かった。
からん、と氷がひとつ音を立てた。
窓際で日光浴をする水瓶と、その中で悠々泳ぐ氷。麦茶の海は静かに波を立て、やがて凪の海に戻った。
「おはよ」
横で寝ていた幼馴染が覗いてくる。言葉とは裏腹に、もう午後も遅い。
まだ空は高いけれど、いつか夕暮れに変わっていくだろう。
「夏休み、終わるねぇ」
返答として適切かどうか悩ましい、そんな言葉が口をついた。
「そうだねぇ」
二人でぼんやり、天井の木目を眺める。
いつ見てもいつまでも変わらない。
いや、そんなことはない。
「ちょっと茶色くなってきたね」
思うさまに言葉を紡ぐ。
「なにが?」
幼馴染から疑問が綴られる。
当たり前だ。言わなきゃ伝わらないだろう。
些細な変化を最初に気付けるのは、一番近くにいる人ではないのかもしれない。久しぶりにやってきた誰かかもしれない。
きっと、伝えるべき気持ちは口にしなければ、いつか溶けて消えてしまう。
静かに、しかし確実に、夜が帳を下ろしていく。空が茜色の晩夏から瑠璃色に星を散りばめた早秋に移り変わっていく。
夏が終わる。終わっていく。
淡い焦り。ほのかな気持ち。
ゆっくりと確かな足取りで訪れる空模様の変容を、息一つで受け入れると決めた。
「ねぇ」
「なに」
訥々と、慎重に、但し間違いなく、
「好きな人、いる?」
踏み出す。
からん、と氷が解ける音。
同時に、唇の触れる感触。
「……これで伝わった?」
数瞬の接触。柔らかな触れ合い。
耳まで真っ赤な幼馴染の顔。
「先に口で言えっての……」
恥ずかしくて、正視できずに目を逸らす。
秋はもう、やってきていた。
水瓶 くろかわ @krkw
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます