緊急クエスト

「支援魔術みたいなものはないのか? 一時的に肉体を強化するやつ」

「そっか、リヒトは知らないわよねー。強化魔術はね、上級魔術よ。使えるヒトは限られてるわ」


 そうなのか。

 もっと気軽に使えるものだと思っていた。


「他人の能力を強化するんだもの。魔力同士の反発を越えて干渉するわけね。だから難しいのよ」

「ふーん……あれ? なら回復術も難しいんじゃないか?」

「そりゃ上級のは自然に背く術ばかりだから、強い反発を生むけどね。あたしが使えるのは中級まで。そこそこのヒーラーなら使えるものだから、そんな反発もないわ」


 ここまで聞いて、魔力に反発される傾向がなんとなく理解できてきた。

 要するに、人体を著しく変化させてしまう魔術ほど反発されて掛けにくくなる、ってわけだ。

 だから強化魔術も、上級回復魔術も難しい、と。


 あれ? でも俺って魔力ないんだよな。

 反発しないんじゃなかろうか。


 と言っても、掛けられる奴がいないんじゃ仕方ない。

 この案はボツだ。


「リヒトってさ。戦闘経験あんまりないわよね」

「わかるのか?」

「動きがね。砂漠では見てる余裕なかったけど、ほとんど初心者って感じだったもの」


 イファルナの目からすると、そのレベルだったらしい。

 正解なので、むしろイファルナの慧眼に驚く。


「そうなんだよな。オークもたまたま倒せたぐらいだし」

「えぇ!? あれが偶然だったんですか!? すごいなぁ……」


 ウルルが賞賛してくれて、ちょっと恥ずかしくなる。

 俺が誤魔化すために咳払いをすると、イファルナはニヤリと笑う。


「そうねぇ。記憶喪失って考えると、本当にすごいと思うわ」

「えぇ……尊敬します……」

「なんだお前ら! なにが目的だ!」


 褒められ慣れてないのでむず痒くなる。


「別にー? これからも前で戦ってくれるなら、もっと活躍が見れるわねって。ね、ウルルちゃん?」

「はい……わたしなんて逃げるだけで精一杯ですので」


 多分だけど、ウルルは本気で言ってくれている。

 だからこそ彼女の発言は、こう、素直に受け止められないのだ。


 ただ、イファルナは前線に来る気が一切ないらしい。

 このまま俺の役目にしておきたいんだろう。


 しょうがない、と内心諦める。

 イファルナを説得するよりはまだマシだ。難易度的な意味で。


 しかし、そうなると取るべき手段は限られている。

 俺の強化といえば、やり直しによる無制限の経験しかないのだから。


 奥歯の丸薬を意識しながら、俺はイファルナに別の話題を振った。


「俺さー。世界を見て回りたいんだけど、どれくらいかかるんだ?」

「記憶と知り合い探し?  えっと、隣国に行くなら1万カネーくらいかしら」


 《神器》のために、回るべき国はあと4つ。

 ファルゴさんに貰ったのは10万カネー。

 それなら手持ちでも、なんとかなる。


「でも安い分、敵避けの魔術も掛かってないし。なにより遅いって話ね。隣国までで3日はかかるわ」


 それは論外だ。

 移動だけで時間切れになってしまう。


「速いのはいくらなんだ?」

「確か……5万カネーだったかしら。その分、安全だし1日で着くわ。泳いだらタダなんだけどねー」


 そりゃ魚人族フィッシャーだけだ。

 しかし、5万か。4つ回るなら最低20万必要になる。


 ここで大きいクエストをこなして、それだけ稼ぐしかない。

 それとも、どうにかしてイファルナやウルルに輸送してもらおうか?


 いや、それは厳しいか。

 1人で移動するならともかく、種族の違うヒトを連れていくのは難しいだろう。


「エレナンの魔術でデカい奴を一掃できれば、いい金になるかもな」

「……なに、リヒト。こっち見たってケーキはあげないよ!」


 取らねぇよ。

 お前が甘い物に目がないのは、よーくわかったから。


 俺は席を立ち、依頼掲示板を確認する。


 ――森の奥に出現したビーストオーガの討伐。要上級ランク。

 ――淀んでいる湖の水質調査。魚人族フィッシャー限定。水蛇系と戦闘の可能性あり。

 ――月夜に現れるシルバーウルフの捕獲。高ランク魔法職、急募。

 ――魔術の研究に協力してくれる方。頭脳ではなく、肉体でお願いします。


 高額の依頼は必要ランクが高いか、条件が厳しい。

 それに、どうみても無理そうな依頼ばかりだ。


 あと最後のは人体実験だろ。

 そんなもんを堂々とギルドに貼るなよ。ギルド側も認めるな。


 ただ。クエストが受けられないとなると、まず必要なのは経験による俺の強化だ。

 筋肉などの能力は鍛えてもロードで戻ってしまうが、経験は腐らない。


 何度も死んでやり直し、前線としての勘を掴んだり、剣術を学んだりしなくては。

 それから、ちょっと難しそうなクエストを受けて、高ランクへと移る。


 それが最善なのだが、気が重い。

 死ぬことを選択肢に入れている自分にも嫌気が差す。


「でもやるしかない、か……」


 時間は限られている。

 一般人にすぎない自分が、冒険者としてお金を得ようとするならそれぐらいの覚悟は必要だろう。


 方向性を決め、じゃあどうやって経験を得ようかと考え始めた。

 その時、ギルド内にけたたましい音が鳴り響く。


「な、なんだ!?」


 俺が左右を見回すと、いつも賑やかなギルド内が緊張に包まれていた。


「緊急クエスト発生! 王都の外、西の平原に魔王軍幹部を名乗るモンスターが出現! 高ランク冒険者は出動願います! 繰り返します!」


 どうやら警報だったらしい。

 ギルド内の数人が立ち上がり、ぞろぞろと外に出ていく。


「今のは?」


 俺はパーティのテーブルに戻り、確認する。

 ウルルがいつも以上に顔を青くしている以外は、特に動揺した素振りもない。


「魔王軍幹部クラスだからね。冒険者にも国から要請がかかったのよ」

「ってことは、報酬もデカイのか?」

「そりゃ貢献できたら、最低でも100万カネーは下らないけど……まさか行く気じゃないわよね?」


 イファルナが怪訝そうな顔で俺の方を見た。

 さすがに金が欲しいと言っても、まだ太刀打ちできない相手だと理解している。


「見学に行くだけだよ。魔王軍幹部がどれだけ強いのかってな」

「ふーん……じゃ、一応付いて行ってあげるわ」

「あっ! わたしも行きますぅ!!」

「……あと3つ食べたらいくよ」

「お前はいつまで食ってんだよ! 食い過ぎだろ!!」


 しかしエレナンは動じず、もう一度注文しに行くのだった。

 アイツ、ゴブリン狩りの報酬を全部ケーキに突っ込むんじゃないだろうな。

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