六魔軍将・マニ

「俺様こそ! 六魔軍将のひとり!! マニ様だ!!!」


 平原に響き渡る大声で、そのモンスターは叫んだ。

 城壁の上から見てるので、100メートル以上は離れているはずなのに耳を塞ぎたくなる。


 大柄な身体で、鰐を思わせる風貌だ。

 リザードマンというやつだろうか。


 筋骨隆々で腕なんか丸太みたいだ。

 鎧もでかくて分厚そうだし、あんなものに刃が通るのだろうか。


 周囲には兵士や冒険者が揃い踏み、あの巨体を囲んでいた。

 だが、身体の大きさが二倍以上あるように見える。


 オークもデカイと思ったが、あのマニとかいうやつは別格だ。

 人間ヒューマンと比べると、大人と子どもみたいになっている。


「どうなると思う?」

「魔王軍との戦争で兵士の精鋭は出払っているだろ?」

「まさかそれを狙って……?」

「でも高ランク冒険者も多いぜ。なんとかなるんじゃないか?」


 城壁の上には、俺と同じような野次馬達が多くいた。

 その多くが武装していることから、戦闘に参加できない冒険者たちなのだろう。


「あ、あんなのに本当に勝てるんでしょうか……?」

「どうなんだろう。高ランク冒険者がどの程度なのかわからないからな」


 ウルルが俺の背中に隠れている。

 だが、彼女の方が身体が大きいので見えているんだと思う。


 他のヒトたちからチラチラと注がれる視線がその証拠だ。


「んー。まぁ、大丈夫じゃない?」

「そうですね。高ランク魔術師もいますし」


 俺の両側ではイファルナとエレナンが呑気に観戦している。


 エレナンに至っては、今度はパン食べてるし。

 中身は、色からしてクリームだろうか。


「あげませんよ?」

「いらねぇよ」


 物欲しそうに見ているとでも思ったのか、エレナンはさっとパンをかばう。


「ったく。いい気なもんだな」


 ほら。

 そんな遊び気分で来るから、他のヒトがヒソヒソと……。


「あの仮面野郎……美女ばっか侍らしてよ」

「まったくだ。なにがいいんだ、あんな仮面が」


 俺の悪口を言っていた。


 違うんです。顔で集めたわけじゃないんです。

 集まってくれただけなんです。信じてください。


「おい!動くぞ!!」


 野次馬の一声で、みんなが平原を見る。

 そこでは仁王立ちするマニに対し、今まさに攻撃が仕掛けられようとしていた。


「《エアリアルブレード》!!」

「《竜骨粉砕打》!!」

「《旋風金剛突》!!」

「《サンダーボルト》!!」


 熟練の冒険者たちが一斉に飛びかかった。


 疾風の剣が舞い、巨大なハンマーが脳天を捉え、

 豪胆な一突きが胸部を突き、雷が巨体を焼いた。


 一瞬だけ辺りは静まり返り、


「やったか!?」


 誰かの叫びと同時に、あの巨体は両腕を振り回した。

 それだけで近接戦闘を行っていた者は薙ぎ払われ、風圧で魔術師まで吹き飛ぶ。


「ガハハハ!! かゆいかゆいわ!!」


 そこからはもう一方的だった。


 腕を振るえばヒトが飛び。

 地面を鳴らせばヒトは転ぶ。


 一方的な戦い。

 いや、これは蹂躙と呼ぶのか。


 冒険者も兵士も。

 なんの見せ場もなく、全員が等しく地に伏した。


「フン! 歯ごたえがないわ! オイ! そこの奴ら!」


 マニが城壁を指差して叫ぶ。


「夕刻までに一番強い奴を連れてこい! そいつを倒して、俺様の強さを思い知らせてやる!!」


 ざわつく野次馬たち。

 マニはもう言うことがないのか、平原の中央にドッカリと座り込んだ。


「あれは、ダメだな」

「わかったでしょ? 魔王軍幹部なんて相手にできないって」


 イファルナが微笑んでいた。

 キツイことはしたくないのだろう。


 とはいえ、今回に至っては俺も同じ気持ちだった。

 あんな規格外な相手に、今の俺たちではどうにもならないだろう。


 どれだけ経験を得たとしても、あんなバケモノに勝てるはずもない。


 フリジアからもらった《探知》スキルだって、ゴブリンの位置を教えてくれるぐらいにしか役に立たないのだから。


 まるっきり白兵戦用のスキルじゃないんだ。

 俺自身もその方向性で考えてるし、ここは他の冒険者に任せて……。


「でもよ、誰がいるんだ? ギルドの高ランク共はあそこで突っ伏してるし」

「兵士にも精鋭はいないし……」

「こんな時に『アダン様』がいてくれりゃあな……」

「無理だろ。《英雄様》だぜ? 魔王軍との最前線にいるはずだ」


 野次馬のガヤガヤから色々と話が聞こえてくる。


 どうも王都にはもう高ランク冒険者がいないらしい。

 マニにやられた奴で全てというわけだ。


 しかも頼みの綱である《英雄》もいないわけで。

 《神器》だけは祠に安置してあったが、使い手がいないのなら意味がない。


「ま、あたしたちには関係ないって。駆け出しは引っ込んでましょ」


 イファルナがそう言って踵を返す。


「そうですね……。あれじゃあ、なんにも……」


 ウルルも目を伏せて首を振っていた。

 ここではできることがない、と俺もギルドに戻ることにする。


「ふふっ。ついに……」


 後ろを付いてくるエレナンだけが、なんか変な笑いでにやけていた。






「ということでして。現在、全てのクエストの受注を中止しています」

「マジすか……」


 受付の女性が頭を下げた。

 ギルドにて新しい依頼を受けようとしたのだが、依頼掲示板にはなにもなく。


「王都からの要請でして。正規兵の出兵まで、冒険者の皆様には市民の避難誘導などを行ってほしい、と。当然、報酬は払われますので」


 ここで俺は『冒険者はなんでも屋に近い』と言われたことを思い出す。


 モンスターを狩って、日がな一日を気ままに生きて。

 なんて生き方ができるのは一部だということだ。


「でも市民誘導なんてやったこともないで……」

「心配しないで、リヒト! 私がアイツを倒せばいいんでしょ!?」


 突如、エレナンが俺の背中を叩く。

 驚きながら振り向くと彼女はドヤ顔で仁王立ちをしている。


 イファルナは目も口もあんぐりと開け、ウルルは白目を向いていた。

 気絶が早すぎる。まだエレナンが乱心しただけだ。


「お、おいおい! 面白い冗談だな、エレナン! いつの間にそんなこと言えるようになったんだ!?」

「誰が冗談なんていうの! 私の最大魔術なら、絶対アイツに通るんだから!」


 自信満々に言い張るエレナン。

 ギルド内の冒険者たちも、「なんだアイツ」的な訝しげな視線を向けてくる。


「確かに……魔力量だけならエレナンさんを超えるヒトは、ほぼいませんからね」

「嘘!? そんな強いの!?」


 受付の女性の言葉に俺は驚く。

 強い魔術を使うとは思ってたけど、そこまでだったとは。


「ですが、その、魔力の流れを扱うのが苦手といいますか……」

「ヘタってことでしょ! わかってる!!」


 エレナンがぷくっと頬を膨らませる。

 受付の女性が苦笑いを浮かべた。


 どうやら、エレナンの詠唱が遅いのはそのせいらしかった。


「だけど! 一発当てられれば、絶対倒せるから! リヒト! 行こうよ!」

「いやお前……その最大の術はどれくらい詠唱かかるんだよ」

「……10分」

「よし。じゃあ避難誘導のやり方を……」

「待って待って! 絶対倒せるもん!」


 エレナンは、説明を聞こうとした俺の服の裾を引っ張る。

 俺はため息を吐きながら、彼女に向き直った。


「なら、どうするんだ? 高ランク冒険者が瞬殺だぞ? 俺たちが行っても、10秒持てば大金星だよ。死にに行くようなものだ」

「わかった。じゃあ言うから。イファルナに《神器》……」

「おーっと! 落ち着けエレナン! 少し向こうで話そうな!」


 俺はエレナンを抱えて人混みを抜けた。

 ギルドの裏側で、彼女を下ろす。


「お前やめろよ。それをイチイチ持ち出すの」

「だって……っていうか、私とリヒトはもう共犯者なんだから! 自覚して!」

「お互いに脅迫してるだけだろ……」


 再び、俺はため息を吐いた。

 

「で? なんでそんな必死なんだよ?」

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