2日目

一路、砂漠へ

「昨日の夜、襲われたんだって?」


 朝の支度途中、イファルナが部屋を訪れてそんなことを言ってきた。

 大方、宿屋の主人からでも聞いたんだろう。


「まあなんとかなったよ」


 俺はあの後、予備の部屋を割り当てられた。

 元の部屋よりも埃っぽかったが、眠気には勝てない。


「やっぱり『盗賊』タイプだから、暗殺とかに強いの?」

「そんなところだ」


 ぼかして答える。

 本当のことなんて言ったら、またイファルナの機嫌を損ねるに決まっている。


 俺たちは冒険者ギルドに向かい、適当な朝食を摂った。

 昨日から金銭的にイファルナに世話になりっぱなしだが、今日までだと思いたい。


 俺の方針は、ひとまず『イファルナに気づかれないように《神器》の行方を追う』だ。

 ギルドは酒場や食堂も兼ねているから、情報収集はしやすいだろうしな。


「じゃあ今日から冒険者として生活するわけだけど」

「その前に、チャネはどうするんだ?」


 チャネは無邪気にパンを頬張っている。

 これからのことなんて、考えているのかいないのか。


 いや、それを幼い子どもに求めるのは酷というものだろう。

 それに。考えるのはこっちの仕事だ。


「最初の数日ならギルドで預かってくれるって。ギルドも初心者育成に力を入れてるみたいよ」


 ヒトが来なくなってから慌てる企業みたいだな。

 ネットではそういうアホな会社の記事をよくみる。


 ともあれ。預かってくれるならありがたい。

 正直、衛兵たちよりも信頼できるし。


「でも、あたしはひとまず父が……」


 イファルナがそう言い出した時、ギルドのドアが大きな音を立てて開かれる。

 入ってきたのは鳥人族ガルーダの男。


 冒険者風の身なり。外傷こそ少ないもののひどくボロボロだ。

 朝からこんな騒ぎは珍しいのか、他の冒険者たちも注目している。


「す、すまないが誰か助けてくれ! パーティが怪我をして砂漠で動けなくなってる! それか知り合いがいないか!? パーティメンバーは……」


 男はメンバーの名前を読みあげていく。

 だが、知り合いは誰もいない様子だ。


「それと……魚人族フィッシャーのファルゴ」

「ファルゴ!?」


 イファルナは立ち上がって、男の元に駆け寄った。

 俺もチャネを連れて近づく。


「多分、父です。サメ顔で赤い頭髪の槍使いですよね?」

「! そ、そうだ! アンタが娘のイファルナか!?」

「え、ええ……!」

「ファルゴから話は聞いてる! 優秀な娘がいるって! 頼む! 一緒に来てくれ!」

「で、でも……」


 イファルナは困ったような顔でこちらを見た。

 俺はその意味を察して頷く。


「行こう。親父さんがピンチなんだろ?」


 彼女は少し驚いた後、微笑みを浮かべる。


「ありがとう」

「なぁに。メンバーの危機だからな」


 などとカッコつけてみる。

 上手くいくかは、相手によるな。


 もし敵わなければ、どうにか逃亡だけでもしなきゃならない。

 いざって時に、情けなくとも生き延びる決意だけはしておこう。


 他の冒険者にも付いてきて欲しかったが、正式なクエスト以外はお断りの雰囲気が漂っていた。

 クエストにすれば金も発生するし、俺たちでなんとかするしかない、か。


 ギルドの人も、


「イファルナさんがいるなら大丈夫でしょう」


 と言ってたし、彼女は思った以上に優秀なのかもしれない。


 その後。

 チャネをギルドに預け、いざ出発。


 と思ったら、当の鳥人族ガルーダの男性がギルド側に止められてしまった。

 彼自身が「案内する」と言っていたが、どうも見た目以上に限界らしい。


 回復術で無理やり身体を動かしているだけで、肉体内部の疲労は癒えてないとかなんとか。

 体力(HP)とスタミナの違い、みたいな感じなんだろう。


 アクションゲームにありがちなやつだ。

 いくら体力があっても、スタミナがなければアクションが取れない的な。


 というわけで、鳥人族ガルーダの男性に地図を描いてもらうことになった。

 だが、この地図がまた曲者で。


「……どこ?」

「すまん……砂漠の奥ではないことは確かだが……」


 地図がそもそも砂漠なので、細かい部分が描けないのだ。

 急いで飛んでいれば10分ほどで砂漠を抜けたらしいので、入り口の方とのことだが。


「でも行くしかない、よな」


 俺は地図をしまって、イファルナに頷きかける。

 彼女も頷き返すのだが、腰回りに大量に提げた水入りの瓶が絵面としてしまらない。

 

「……なに、それ?」

魚人族フィッシャーにとっては砂漠は大敵なのよ。お肌にも悪いし、水は必要なの! 父の分もあるしね」


 砂漠はどの種族にとっても優しくないと思うけど。

 でも、魚を元にした魚人族フィッシャーが乾きに弱いのは当然か。

 

 三叉の槍を持っているから、当然ながら彼女は槍使いだ。


 しかし、彼女曰く「あくまでも護身用よ。私は後方支援タイプなの」とのこと。

 恐らくは魔術でも使うんだろう。


 となると、前線が俺になるんだが。

 一気に不安が募る思いがした。


 準備完了し、俺たちはギルドが手配した馬車に乗り込む。

 この辺りの準備金はイファルナ父のパーティが負担するとのこと。


 馬車に乗って、数時間。

 不安そうなイファルナを励ましながら、砂漠へと到達した。


 砂漠である以上、馬車は進むことができず。

 ここからは歩きらしい。

 

 だが、この砂漠が異常で。

 というか、それ以前の問題なんだが。


「……なんだこれ?」


 俺は砂漠に入り、すぐに砂漠から出る。


 こちら側は人間ヒューマンの国だ。

 温暖な気候で、地球で言う春に近い。足元にも草が生えている。


 だが、一歩進むと砂漠だ。

 同じ位置にある太陽からの照りつけは一気に増し、空気も非常に暑い。いや熱い。


「どうなってんだ?」


 つまり。

 キッチリと境界線が引いてあるように、二分されているのだ。


 境界線の間に立ってみると、片側が暑くて、片側は程よい気温だ。

 なんだこれ。世界が雑すぎるだろ。


「リヒト。記憶がなくて珍しいのはわかるけど、早く行きましょう」

「あ、ああ。悪い」


 砂漠に入り、俺は何度も後ろを振り返った。

 

「フリジア……もっと丁寧に作れや」


 気候変動が雑すぎることにフリジアの残念っぷりを感じ取り、俺はため息を吐いた。


 それからしばらく砂漠を進む。

 砂の上は歩きにくいが、『盗賊』用の靴だからかそこまででもなかった。


 陽射しもキツイし、気温も高いが、冒険者用の装備だからか汗や熱がこもることもない。

 ツライはツライのだが、思っていたよりは意外と快適だった。


 それに。

 背後にいる奴の顔色を考えると、俺が弱音を吐くわけにはいかない。


 イファルナは死にかけの顔で歩いている。

 あんなにあった水も半分はないし、水の入っているもう半分は俺が腰から提げていた。


「だ、大丈夫……なんとか歩けるから……」


 イファルナは明らかに不調になりながらも、歩く速度を緩めない。

 父親への想いが彼女を動かしているのだろう。


 俺はふと時刻を見た。


 ギルドからもらった懐中時計を開くと、時刻は既に12時前。

 本当は初クエスト達成時にお祝いで配っているらしいが、緊急時なので先に配られたのだ。

 

 時計は本当に助かる。

 特に俺の場合、オートセーブの時間に気を配れるから。


 12時にはオートセーブされてしまう。

 俺はやり直しするべきことがないか悩みながら、時計の針を睨んだ。


 だが、今日に関してはなにもないだろう。


 イファルナ父のパーティがピンチになるのも。

 それで助けを求めるのも。

 イファルナと一緒に助けに来るのも。


 どれも俺の力では避けようがない。


 それと共に。

 もう2日目の半分が過ぎようとしていて、焦らないこともなかった。


 タイムリミットはあと13日。

 今のところ《神器》の手がかりは一切なかった。


 しかし、ここで困っているヒトを見捨てられる奴が、世界を救えるはずもない。

 そんな思いがあるのも事実だった。


「す、すいませーーーん!!! そ、そこのヒトたちーーーーー!!!!」

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