1日の終わり
ロードしたら俺は眠っているわけで、起きる手段がない。
となれば、ロードしたらまた殺されるだけだろう。
詰み、だな。
こんなキレイな詰みは見たことがないくらいの詰みだ。
「生き返りたい? そうなのね!? 生き返りたいのね!?」
額を抑えていたフリジアが、突如ふんぞり返ってドヤ顔を見せる。
こういう時、あんまりロクなことはなさそうだ。
「じゃあまず『フリジア様、雑に扱ってごめんなさい』と土下座して!」
「……俺は別に。この空間で永遠にお前と過ごしてもいいんだぞ? その方が死ななくて済むし」
「すいませんでした! 生き返ってください!」
一瞬の変わり身でキレイな土下座を披露するフリジア。
コイツ、もしかしてこういうやり方で女神になったんじゃないだろうな。
「いや、生き返るのはいいんだけどさ。ロードしたら死ぬんだよ」
「こんなこともあろうかと」
すぐさま立ち直ったフリジアは、羽衣の中からなにかを取り出した。
お前のそれ、四次元ポケットみたいになってんのか?
「サルミアッキ~」
「なんでここでくっそマズイことで有名な飴が出てくんだよ!!」
「――の味を想像して、私が作った目覚め飴よ!」
「でもマズイんだろ?」
「え? 目が覚めるからいいでしょ?」
純粋な顔で首を傾げるフリジア。
俺は非常に嫌な予感を抱きながら、その黒い物体を手にとった。
うわ、なんかねっとりしてる。
飴なのに、既に溶けかけてるらしかった。
「どうすんの、これ?」
「口に入れた瞬間、ロードするわ。この世界でそれだけの衝撃があれば、向こうにも影響が出ると思うから」
自分で作っておいて「それだけの衝撃」とか言うなよ。
俄然、不安になるわ。
「っていうか、お前からもらったものってさ。向こうの世界に持ち込めるんだよな。絶対口に残ったまま生き返るじゃん……」
俺は掌の黒い物体を見下ろし、いまいち勇気が出ずにいた。
「文句ばっかり言わないの! そんなものでも食べられないヒトがいるんだから!」
「子どもの好き嫌いを論点ズラして叱るお母さんかよ」
昔はよく言われたし、今そういうこと言ってんじゃねぇんだって何度も思った。
「わかった。これしかねぇんだな? いくぞ……」
俺はため息を吐いて覚悟を決め、黒い物体を口に放り込み――。
◇
「くっさ!!」
起き上がって口の中の異物を吐き出す。
マズイとかじゃない。強烈な臭いが本能的に拒んだ。
反射的に横に吐いたので、黒い物体は床に転がっていく。
申し訳ないが、そのままにしておこう。掃除のヒトに任せる。もう見たくもない。
時間を確認すると0時ちょうどだった。
ロードして、目覚めることに成功したらしい。
タイミング的に、寝てるところにクソマズイ飴を突っ込まれたんだもんな。
飛び起きるのも無理はない。
隣の部屋からイファルナが来るかとも思ったが、ぐっすり寝てるらしい。
あの程度の大声じゃ起きてこないようだ。チャネもいるしな。
俺は軋むベッドから起き上がり、窓の外を見た。
往来の火は落ちていて、真っ暗な道だけがそこにある。
灯りのひとつでもないと、おちおち歩けないほどだろう。
これが大通りであれば、もっと明るいのだろうが。
――でも、襲撃者はやってくる。
俺は薄い布団をどうにか膨らませようと、宿屋の主人に提案することにした。
「すみませんが、余ってる布団とか借りられないですかね?」
「んがっ?!」
主人は受付で船を漕いでいたが、起こされたことに怒る様子はない。
むしろ勤務中に眠っていたことで後ろめたさがあるようだった。
「え、えーと、布団はちょっと……枕ならいいですよ」
理由は洗濯が面倒だからとのこと。
さすが安宿と思いながら、枕を数個借りた。
枕もそこそこ薄っぺらいが、これに服を着せて布団の下へ。
よく見れば腕の部分とかペラッペラだが、暗闇だし布団で上手く隠せばいいだろう。
俺自身は下着姿になってしまったが我慢するしかない。
温暖な気候であることが救いだった。
ただ。
隠れ場所がないことに気付く。
部屋は狭く、ベッドと荷物置きみたいな小さなテーブルが置いてあるだけだ。
それだけなのだが、通路を確保してしまえば余計なスペースはないというレベルに狭い。
だから、隠れる場所としてはベッドの下ぐらいしかないのだが。
ここでは襲撃者に対して、どうにもできない。
ベッドの下という狭いスペースから這い出て、暗殺者がこちらに気付く前に奇襲――。
なんてことは夢物語だ。
相手の方が手練だろうから、容易に返り討ちにあうだろう。
となると。
俺は上を向いた。
小さなテーブルを踏み台にして、天井裏へ。
天井も低いことが幸いした。なんとか登れる。
だが、やけに埃っぽい。
安宿だけあって、天井裏など掃除したことがないのだろう。
ねずみの1匹でもいるかと思ったが、食事を提供しない宿なのでいないようだ。
それだけで安心する。
待機する俺の手には、腕から外した小手が握られている。
昼間使った分厚い本に比べれば、重みは頼りない。
だがその分、金属なので硬さがある。
同じ要領で使っても問題ないだろう。
俺は天井裏で待つことにした。
あまりの静けさと退屈さに寝そうになった時、わずかな物音を耳が捉える。
天井板を薄く空けた部分から見下ろす。
真っ黒い装束に身を包んだヒト。種族も性別もわからない。
だが、そいつはドアから堂々と侵入してきたのだ。
宿屋の主人は受付で眠りこけているから、侵入は簡単なのだろう。
侵入者は足音を忍ばせながら、俺のベッドへと近づく。
それを見て、俺は天井板をそっと外した。
俺が眠っていると思ったのか、侵入者は飛びつくようにして首元へ刃を振るう。
無防備な背中が丸見えだった。
同時に、俺は天井裏から飛び降りる。
「おつかれ!」
落下しながらそいつの後頭部を殴り抜いた。
その衝撃でベッドが派手な音を立てながら沈む。
壊れたのか。いや、コイツのせいにしよ、とすぐさま思考が答えを弾き出した。
ベッドの損害はそれでいいとして。
俺は気絶したそいつを布団で包み、折れたベッドの真ん中に置いた。
これでもしすぐに目覚めたとしても、身動きは簡単には取れない。
「度々すみませんが、紐とかもらえません?」
「紐? 一体、なにに?」
俺は宿屋の主人に事情を説明する。
「し、侵入者!? ど、どこに!?」
驚いた主人が付いてきて、部屋の惨状を見て目元を覆った。
「ああ……また出費が……」
――ベッドを壊したのは申し訳ないと思うけどさ。俺のせいじゃないし。
そもそも、コイツが襲ってこなければこんなことにはならなかったんだから。
俺は心の中で同情しながら、侵入者の手足を縛るのだった。
そこで俺は床に落ちている飴を思い出す。
飴っていうか、劇物っていうか。
俺はそれを侵入者の口に放り入れ、すぐに口を縛り上げた。
「んんんんんーーーーー!!!!」
「悪い。なに言ってっかわかんねぇや」
ほくそ笑みながら、悶絶する侵入者を見下ろす。
人を殺そうとしたんだ。これぐらいで許してもらってありがたく思うんだな。
「はい。コイツ、俺のこと殺そうとしたんだけど」
俺は衛兵の駐屯地まで出向き、ぐるぐると縛った侵入者を差し出した。
引きずってきたので黒装束が擦れに擦れているが、どうでもいいだろう。
「犯罪者って、ここでいいの?」
「えっ、は、ハッ! 副長をお呼びしますので、どうかお待ち下さい!」
新人らしき衛兵が敷地内へ入っていく。
もうひとりの見張りは、昼間に見た顔だった。
「へぇ、返り討ちとはね。オタク、案外やるじゃん」
失礼な態度を取っていた若い衛兵だ。
昼も夜も働かされていて少し可哀想になる。
「もしかして、アンタの差し金か?」
「さぁね? でもまだまだ気をつけた方がいい。暗殺を返り討ちにしたってことは、今度はなりふり構わないかもよ」
若い衛兵は忠告のような軽口を言って、それ以上は有益な話をしなくなってしまう。
俺は侵入者を衛兵の副長――昼間見た壮年の男性――に引き渡し、
「事情はまた明日、詳しく伺います」
とだけ言われた。
ここの衛兵は、まだ俺を信用していないらしい。
俺はため息を吐きながら、また宿に戻るのだった。
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