詰み

 そうか、パーティか。

 色んなゲームでもそんなシステムあるよな。


 だが、この誘いに軽率に乗るわけにはいかないだろう。

 俺の目的に巻き込むことになるんだから。


「その前に。俺は《神器》を探してる。それで魔王を倒す。それが目的で、それだけを覚えてるんだ」


 本当はフリジア曰く魔王の後ろに、魔神がいるらしいけど。

 今、言っても仕方ないだろう。


「《神器》って、え? リヒト、《英雄》なの?」

「《英雄》?」

「知らない……わよね。《神器》ってのは《英雄》しか使えないのよ。《英雄》は神に選ばれたヒトのこと。大体は身体も心も強いヒトがなるらしいわ。それに《神器》は各種族に1つずつ、《英雄》も時代に1人ずつ、って話だし」


 おいおいおい、どういうことだよ。

 聞いてねぇぞフリジア。


「それに。人間ヒューマンの《英雄》はもう決まってた気がするけど」

「……じゃあ、どうにもならないのか?」

「うーん。《神器》だけなら、もしかしたらまだ国内にあるかもしれないけど。《英雄》が持ってたら、もう手に入れられないわよ?」


 イファルナの言う通りだった。

 最初の一歩からつまづいた感じが強い。


 《神器》を奪いたいわけじゃない。

 そもそも《英雄》の手から《神器》を奪ったら国賊間違いなしだ。


 だけど、フリジアは《神器》を集めろっていうし。


「なんて! 聞きかじった知識であたしを騙そうとしても無駄よ! そんな大それたこと、戦争中にフラフラしてるヒトが目的にするわけないでしょ」


 俺が悩んでいると、唐突にイファルナはかぶりを振った。

 冗談だと流そうとしてるのだろうか。


「違う、俺は本当に……!」

「わかったって。もういいから。あたしとパーティ組みたくないならそう言って。回りくどいって」


 彼女は薄く笑いながらも、その雰囲気が固くなっていくのを感じる。

 マズイ。このままだと唯一の協力者を失ってしまう。


「まったく。こっちでは《神器》、あっちでは《英雄》。たまんないわよ」


 うんざりした顔で吐き捨てるイファルナ。

 どうやらこの会話自体が、彼女の気に障る内容だったらしい。


 どうすればいい。

 なんとかしてリカバリーするしか……でも俺、会話下手くそだし。


 その時、俺にはギルドの時計が目に入った。

 時刻は夜の6時を過ぎて、10分ほど。


 つまり、オートセーブが発動している。

 

 だから俺は。

 

 ――死にたい。


 そう願いながら、奥歯の丸薬を噛み砕いた。






 ◇






「えっ、なんで今死んだの?」

 

 ロード空間に戻ると、フリジアにドン引きされた顔で出迎えられた。

 死んだ奴に対してそんな顔することある?


「会話の流れが険悪だったからだよ。あそっから上手く軌道修正できるほど、俺は会話上手じゃないんだ」

「そうなの? よくわかんなかったけど」


 女神視点やめろ。


 たまに、ヒトの感情わかんないアピールするのはなんなんだ。

 地球の漫画とかゲームとか、世界を作る時にたくさん見てきたんじゃないのか。


「とにかく。イファルナは仲間にしておきたい。友好的だし知識もあるし、なにかあった時には1人より2人の方がいい」


 最悪、チャネを助けた恩を持ち出せる。

 だけど、それには大きな壁があるわけで。


「彼女は《英雄》とか《神器》がNGワードみたいだったな。それを伝えた上で、どう仲間にしたもんか……」

「別に伝えなくてもよくない?」


 俺が説得方法に頭を悩ませていると、フリジアがあっけらかんと言い放った。


「なんて?」

「伝える必要はないでしょ。彼女だって自分の秘密を全部打ち明けてるわけじゃないし、逃げられなくなってから明かせばいいのよ」

「お前なぁ……」


 ため息を吐きながら、フリジアの肩を掴む。


「女神の倫理観でものを言うなよ最低だな、でも採用!!」

「ちょっと待って! 今、けなしたわよね!? 褒めてよ! ちゃんと褒めてよ!!」


 しがみついてくるフリジアと戦いながら、俺は訊くべきことを思い出す。


「そういや、俺の能力値が測れなかったんだけど」

「ああ、あれは仮面のせいね。私の力が干渉して測定不可になったんでしょ」


 なんだ、そんなことか。

 俺はてっきり、計り知れない潜在能力でも眠ってるのかと思った。


「もうひとつ。《英雄》ってなんだよ」

「ん、んー……そうねぇ」


 フリジアは俺から離れ、わざとらしい咳払いをする。

 真面目な話を始めようとしているらしい。


「説明が大変だから《英雄》は選ばれし者、《神器》はそのヒト専用の武器って考えるといいわ」

「それはなんとなくわかるけど。基準で選んでんだ?」

「ん、んー……自動的に?」


 フリジアの言い淀み方からして、すぐにわかる。

 コイツはなにか隠してるな。


「自動的にってなんだよ。お前じゃないのか? 神はお前ひとりじゃないのか?」

「この世界の神は私ひとりだけど……ほら、その、選別まで私がやったら大変じゃない? だから、その魂の色とかで勝手に選んでくれるっていうか」

「なるほど。自分が楽したいから、適当に選出されるよう設定したってわけか」

「ち、違うわよ! 私の楽とかじゃなくてあくまでも公平を期してあははははははは!!」


 コイツの言い訳はすぐにわかる。

 早口になってまくし立てるのが特徴的だ。


 俺の妹でもここまでわかりやすくは――いや、あったか。


 笑い転げて地面で痙攣するフリジアを見下ろし、俺はもうひとつ訊いておくべきことを思い出す。


「《神器》がもう《英雄》の手に渡ってたらどうすりゃいいんだ?」

「ひぃ……ひぃ……《神器》には、触れるだけで大丈夫よ……」


 それなら、まだいいか。


 とはいえ。

 《神器》のような国宝扱いされてそうなものに「触らせてください!」と言って、触れるわけじゃないだろうけど。


 奪ったり盗んだりする必要がないのだから、数段ハードルが下がったのは事実だ。

 今はそれだけでよしとしよう。






 ◇






「で。また戻ってきたけど」


 目が覚めると、そこは真っ白いロード空間だった。


「……わかんねぇ。殺されたのか?」


 俺は予想外の事態に頭が混乱していた。

 今までの流れを整理しよう。


 フリジアの話を聞いて、18時の世界に戻った俺。

 余計なことを言わずにイファルナとパーティを組み、その日は彼女が探した宿屋で休むことになった。


 当然、またお金の世話になってしまったが、これぐらいならとイファルナは笑顔で言ってくれる。

 《英雄》とか《神器》の話をしなければ、本当に気のいい奴だった。


 公衆浴場――日本でいう銭湯もあるので、1日の汚れや疲れも落とせたし。

 フリジアが地球の文化を織り交ぜてくれたおかげだ。


 だが、そんな中で。

 

 1日が終わってしまうことに対して、俺は不安を抱く。

 もう取り返しがつかないのだから。


 しかし死んだからといって、1日の疲れが無くなるわけでもなく。

 狭い部屋に入って安いベッドに横たわると、すぐに眠ってしまい――。


「ここに来たわけだ。ってことは」

「そ。殺されたのよ。暗殺者? みたいな?」


 フリジアは腕を組んで首を傾げている。


「なんでそんな疑問形なんだよ」

「だって真っ暗でよくわかんなかったんだもの! なんかこう人影がバッて動いて! ガッて首斬られて!! 首からバーっと血が飛び散って!!」

「わかったわかったやめろ! 死に際を説明するな!!」


 想像するだけで気持ち悪いし、情けない。

 格上に殺されたとしても、死に際を思い浮かべると情けなくなるものだ。


 ただ。

 暗殺者と聞いて、襲撃者にあたりは付いている。


「衛兵の誰かだろうな」

「? なんで?」


 本当にわかんないような顔するのやめてほしい。

 わかってる俺がおかしい、みたいなことになりかねないだろ。


「衛兵に余計なこと言ったからだよ。内通者がいるって」

「そういや言ってたわねぇ。『そうなんだー』くらいにしか思ってなかったけど」


 そりゃお前はそうだろうよ。

 安全圏にいるし。


「それで逆恨みか。もしくは口封じか。どちらにせよ、俺を生かしておくと必要はないからな。今ならボルダン一味の逆襲に見せかけられるし」

「へぇー。頭いいのね」


 今初めて気づいたみたいな顔のフリジア。

 そんな彼女を見て、俺はうんざりした心持ちで呟いた。


「……お前がバカなだけだろ」

「ちょっと! 誰がバカですって!?」


 そういうのは聞こえるんだな。

 まさに地獄耳だ。この空間も死後の世界だから、あながち間違ってもないだろう。


 腕を伸ばして拳をぐるぐる回すフリジア。

 だが、腕の長さが違うので額を抑えるだけで止められるし、俺には届かない。


 昔のギャグ漫画か。

 俺はデコピンでフリジアを弾き、状況を思い浮かべる。


 寝ている時に一撃、か。

 少なくとも俺よりは強そうだけど。


「俺が殺されたの何時だった?」

「え? んーと、2時ね」


 深夜か。まあ暗殺ならそのぐらいの時間が妥当か。

 ってことは、0時のオートセーブを回ってるけど。


「あれ? これ詰んでねぇか?」

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