16 告白(エピローグと同時投稿)
心臓が一つ、強く打った。
「……わ……私の命を、救う?」
「そう。君を救う、それだけは、僕がどうなろうとも必ず果たさなくてはならない」
ルードは言葉を押し出す。
「僕は、妻に裏切られた夫を演じた。そして、妻に復讐したいと言って、君に烙印を押す役目を変わってもらったんだ」
私は思わず、胸に下がったペンダントをつかんだ。
肩を焼かれた時のことを思い出すと、息苦しくなる。そんな時、いつもイトさんのペンダントにすがっていた。
ルードはそんな私を見て、こちらに手を伸ばそうとした。
私は、反射的に身を引く。
「触らないで!」
彼はハッと手を引っ込める。
「ごめん。……君の肩を焼いた、烙印」
ルードは苦しげに言う。
「あれは、罪人の烙印ではない。僕が作ったものだ」
私は目を見開いた。
「作った……?」
「魔法神官は、追放した罪人の生死を確認する。過去の罪人についての情報を、全て持っている。僕は、今までの罪人の中で長く生き延びた何人かについて調べた。もちろん、彼らがどこへ、どんな世界へ追放されたかまではわからない。座標、といってわかる? 方向みたいな……そんな曖昧なものがわかっただけだけど」
ルードは両の拳を握る。
「賭けではあった。でも、僕は即決した。アディリルに魔法陣を焼きつけ、なるべく危険のない異界に誘導しなくてはならないと」
「誘導……」
「熱する前に、ローブの中ですり替えた。熱し始めてから印を確認する者など、誰もいない。……烙印の大きさの魔法陣に印せる魔法文字には、限度がある。その制限の中で、他に君の命を救う方法を思いつかなかった。命さえ助かればいつか取り戻せる、夫の僕こそが妻の君を必ず取り戻すんだと誓った。イズナスを憎みながら」
今でもはっきりと覚えている。あの時、ルードは私にこう言った。
『罪人の烙印を君に押す役割を、代わってもらったんだ。これくらいさせてもらわなくては、
あれは演技であると同時に、妻を死に追いやろうとする全てに逆らう夫の、決意のこもった言葉だった……?
「もちろん、魔法神官が魔法を悪用して罪人を勝手に救うなんて、バレたら重罪で捕まる。君の冤罪を晴らすまでは、誰にも知られるわけにはいかなかった」
そう語るルードが、あの爪で魔法文字を、焼き鏝用の石に刻みつけていくところが思い浮かぶ。
(それで、見張りのついている私に……しかも彼を見るなり拒絶して騒ぐ私に、説明することができなかったのか)
呆然と、私はつぶやく。
「ほんとに、私を、信じてた……」
「当たり前じゃないか。独身の頃、君がニューバルに二股かけられたと言って泣きついたのは僕だろ。素直で、まっすぐで、裏切りなど考えもつかないような君が、イズナスと姦通? あり得ない」
ルードは力なく顔を歪める。笑ったのかもしれない。
「君は、王家も裏切れなかったんだよね。ニューバルから聞いたよ、帰還してからも一度だって、イズナスへの恨み言を吐いたことがないって。あんな目に遭わされたのに。……そんな君を絶対に、『聖女』という名の生贄になどくれてやるものか!」
彼は一度、自分を落ち着かせるかのように大きく息をついた。
「でも……理由があったところで、僕がしたことはひどい暴力だ。アディリルが傷ついたことにかわりはない。身も心も……」
彼は、目を伏せる。
「ごめん。謝ってどうにかなることじゃないのはわかってるけど、本当に……ごめん。君が少しでも癒されるなら、何でもするから言ってほしい。罰してほしい」
(罰する? ……ルードを、罰する)
私は、彼の右手にある火かき棒に目をやった。
(私の手で、ルードを同じ目に遭わせれば……彼のことが、恐ろしくなくなるのかな)
私は黙って、彼の手から火かき棒を取り上げた。暖炉に戻すと、再び棒は熱されていく。
その間に、私は再び彼に近づいた。白いローブの首元に手をかけ、引っ張る。
ルードは私のしようとしていることを察したようで、逆らいはしなかった。けれど、肌が露わになる直前に何か言おうとして――結局、口を閉じた。
そして現れた、彼の左肩を見て、私は息を呑んだ。
「何、これ」
火傷の痕があったのだ。私の肩にあるものと同じ、烙印。
いや、魔法陣だ。最近のものではない。
ルードは言う。
「君に押す前に、自分の身体で試した。焼きつけて、魔法陣として使えるかどうか」
その熱さと痛みを、私は知っている。
彼もあの時すでに、それを知りながら、私に。
「……ルード」
火かき棒が、手から離れて落ちた。
私は、彼の火傷に額を押し当てた。
こらえようとしても涙がこぼれ、彼の肩を濡らす。
「……アディリル」
「悔しい」
「うん」
「私たち……仲良し、だったのに。壊されちゃっ……」
「うん……」
ルードは前を向いたまま、手だけを動かして私の手を探り当てると、そっと握りしめた。
イズナス二世の即位式の日。
私は六年ぶりに、聖女の衣装を身につけていた。今回の衣装は肩のあたりが隠れるようになっていて、火傷は見えない。
神殿前の広場、キャシーと並んで立つ。キャシーは今、竜騎士団の団長ニューバルの相棒であると同時に、聖女騎士である私の特別な相棒にもなっていた。
そんな私たちを、広場の隅に立ったルードが見守っている。白いローブには、神殿の副神官長の印が縫い付けられている。
晴れがましい場にいる私とルードの服の下、その肩には、同じ魔法陣の火傷がある。この国の法に照らせば、それは犯罪の証拠だ。魔法を用いれば少しずつ薄めていけるそうだけど、消えるまでは隠し通さなくてはならない。
キャシーの反対側にいるニューバルが、ひそひそとささやいた。
「ルードと、ヨリを戻したのか?」
私はそっけなくささやき返す。
「さあね。私、ニューバルみたいに単純じゃないから」
「おまっ……」
「でも、ルードに、感謝の気持ちはあるよ。あなたにもね、ニューバル」
私は前を向く。
苦しみに耐えながらも、この国で五年をかけて、私を救うための基礎を築いてくれたルード。ニューバルもまた、私が戻った時に助けになるように、キャシーに「偉くなれ」と言い聞かせてくれて。
私がいない間、私を信じる人々とキャシーは、根気強く頑張ってくれた。
そう、目撃された赤毛の聖女はルードだったそうだ。女装してまで、聖女が蘇ったという噂を流し、何かが起こる兆しだと人々に思わせた。
そんな人々の協力があったから、今、私は本当の聖女騎士になろうと思っている。
(今はまだ、肩書きがそうなっただけだけど)
無意識に、ペンダントに触れる。
(辛い目に遭っている国民を、見て見ぬ振りをしたイズナス一世。私は、おかしいと思ったことから目を逸らさないようにしたい。困っている人を見捨てたら、『心がニコニコ』ではいられないもの。そうでしょう、イトさん)
神殿から、竜騎士団の前団長と一緒に、幼いイズナス二世が出てくる。
キャシーが翼を大きく広げ、一声鳴いた。
私はキャシーの前に進み出て、銀色に光る棒を天高く差し上げ、新しい王を祝福した。
この国の、聖女として。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます