7 召還

 イトさんのいない日々が続いていく。

 あの男性が手配してくれたのか、ハツデンキの燃料が定期的に届いていて、こんな山奥でもデンキには困らない。

 私は野菜を育て、近くの川で魚を釣り、朝晩には祭壇に向かって手を合わせた。ペンダントは肌身離さず身につけている。

 洗濯物を取り込んだ後に、物干し竿を武器に見立てて棒術の訓練もしていた。


 冬が過ぎ、春が来て、また夏になって。


 そうして五年が過ぎた、緑の美しい初夏のこと。

 天気のいい日で、私は機械で洗ったシーツを庭の物干し竿のところまで持って行った。

(私がこちらに来たのも、ちょうどこんな季節の頃だったな)

 思い出しながら竿にシーツを干し、竿上げ棒で物干しの高い位置に上げる。銀色の物干し竿が陽光を受けて光り、私は眩しさに目を細めた。


 その時――

 左の肩がチリッと痛んだと思うと、急に私の全身が強く光り始めた。


 ぞわっ、と全身の産毛がそそけ立つ。

(魔法!)

 追放されたときの記憶が、脳内をものすごい勢いでよぎっていく。

 ガランッ、と音を立てて落ちた物干し竿をとっさに握り、構えつつその場から逃げ出そうとしたけれど、逃れようもなかった。


 

 次の瞬間には、私は深い森の中に立っていた。

 息が止まるほど驚いて、急いで周囲をぐるりと見回す。

 石だ。私の身長よりも大きな縦長の石が点々と、周囲を二重に取り囲んでいる。


(古代遺跡! 私が追放された荒野の遺跡とは違うけど、ここもその一つ……じゃあ、ここはサーデット王国!?)


 おそるおそる、内側の円の間から外に出る。

 同時に、外側の円の間から何人もの人間が現れた。とっさに物干し竿を構える。ずっと訓練は続けていたのだ、そう簡単にやられはしない。

 現れた人間たちのうち、三人は魔法神官の白いローブ姿だ。

 反射的に、ルードの紫の瞳を探したけれど、いない。知らない神官たちだ。残りの数人は、竜騎士団の制服を着ている。


「アディリルか!?」

 進み出たのは、竜騎士団の制服をまとった若い男性だった。短い金髪、茶色の瞳に見覚えがある。

「ニューバル!?」

 思わず声を上げた。


 竜騎士仲間のニューバルは、まじまじと私を見つめた。

「幽霊じゃないよな? 本当に生きてたのか……! 異界から無事に戻るなんて、聞いたことがない」

「何よ、これ……。まさか、追放処分が取り消されたとかじゃないよね」

 私は警戒を緩めず、周囲を見回す。


 もちろん、処分が取り消されたなんて都合のいいこと、本気で考えてなどいない。

 魔法神官たちは、私に魔法陣の彫り込まれた小さな円盤を向けていた。何かあればすぐに魔法を発動できる姿勢だ。とても友好的とは思えない。


 ニューバルは、言いにくそうに言う。

「神殿がお前を探し、“召還術”を行ったんだ」

「だから、どうしてよ?」

「お前の力が、必要になった」


「……は?」

 私はカッとなった。銀色の物干し竿で威嚇しながら、人々をねめつける。

「無実の罪で追放しておいて、必要になったから呼び戻した? 何の冗談?」

 鋭く言うと、ニューバルは私をなだめるように軽く両手を上げた。

「お前が怒るのも当然だ。しかし、この件にはキャステリットがかかわっている」


 どきっ、と、心臓が一つ大きく打つ。

 私に懐いてくれて、私の心を敏感に察してくれたキャシー。私が捕らえられた時の悲痛な鳴き声が、耳によみがえった。

「……キャシーは、元気にしてるの?」

「ああ、元気だよ。今や、竜騎士団の“女王”だ」

「えっ! キャシーが」

 私は目を見張る。


 竜たちの中でも上下関係があって、団体で動く時などにはリーダー格――竜たちの“王”の動きに他の竜は従う。

 今まではエミルトゥールという雄の老竜が“王”で、エミルトゥールには団長が乗っていた。おそらく、とうとう死んだのだろう。

 その次にリーダー格として竜たちに認められたのが、キャシーだったのだ。


 ニューバルは続ける。

「実は、前団長も病気で引退されたんだ。今は俺が団長をやってる」

「えっ!? それじゃあ、キャシーには今、ニューバルが乗って……?」

「まあ、そうだ」

 ニューバルは歯切れ悪く言い、そして付け加えた。

「ここは、サーデットの西の森だ。キャシーは竜騎士団の西支部にいる。会いたくないか? 道々説明してやるから、おとなしくついてきてくれ。お前を害したりはしない」


 私はまだ棒を降ろさないまま、考える。

 彼らが私を“召還”――呼び戻したのだから、私が状況を把握する前に、魔法で捕らえたり気絶させたりすることもできたはずだ。でも、そうしなかった。

(私が、自分の意志で行動することが、彼らにとって必要なの……?)


 私はゆっくりと構えを解き、棒を立てた。

「わかった。でも、誰も私に触れないで。それなら、おとなしくついて行く」

 すると、魔法神官のひとりが一歩前に出た。

「武器は預かる」

「嫌。これは渡さない」

 私は棒を身体に引きつける。

 ペンダントと物干し竿は、イトさんのよすがだ。せめてこの二つは手放したくない。

 何より、イトさんのものを、この国の人間に渡したくはなかった。


 三人の魔法神官たちはひそひそと相談していたけれど、やがて黙って動き出した。先導するように、一列になって歩き出す。

 ニューバルに促され、私も後に続いた。

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