2 会偶

 竜、という生き物がいる。

 馬よりふたまわりほども大きく四つ足で、鱗があり、翼と長い尻尾を持つ。獰猛で、怒ると前脚や尻尾で攻撃してきたり、口から光の弾を吐いたりする。天と地、水の中、世界の全てが彼らの生きる場であり、それゆえに神々の間の伝令であるとされ、敬われていた。

 人間の中には時折、そんな竜と心を通じ合わせる能力を持つ者が生まれることがある。そんな人間は、神と人、竜と人とを繋ぐ存在――竜騎士となって生きることが定められていた。


 そして、サーデット王国の片隅で暮らす農民の娘に過ぎなかった私には、その能力があったのだ。


 竜の幼体が生まれると、騎士も増員しなくてはならない。

 魔法神官は竜騎士を探すため、幼竜を連れて国内を巡る。そして、十二、三歳くらいまでの少年少女と触れ合わせる。

 当時十二歳だった私を見るなり、幼竜は魔法のかかった檻から鼻先を出してキューキューと鳴いた。呼ばれた私はつい笑顔になり、近寄って、自分の鼻を幼竜の鼻にくっつけた。

 そして、そばにいた若い魔法神官に言ったのだ。

「水の壺が空だって。喉が渇いたって言ってる。持ってきましょうか?」

 魔法神官があわてて檻の中を確認すると、確かに水の壺の中身はほとんど飲み干されていた。

 魔法神官は、私が井戸で汲んできた水を壺に入れると、向き直る。

「君、名前は?」

「ん? アディリル」


 私が答えると、彼――ローブのフードから覗く顔はまだ若く、十代の後半のようだった――は、懐に手を入れた。取り出したのは、手のひら大の円盤で、白い石でできている。

 彼は何かつぶやきながら、右の人差し指を石盤の上にかざした。その指には金属製のつけ爪のようなものがすっぽりとはまっている。

 爪が、緑色に光り始めた。


 彼は、その爪で石盤をなぞりながら、淡々と言う。

「アスキス歴二百四十三年、ヤプラの月、六日。幼竜キャステリット、騎士アディリルを見い出したことを報告する」

 すると不思議なことに、石盤に文字が刻まれ始めた。魔法文字だ。対して力を入れているように見えないのに、まるで彫刻をするように深く、文字が彫り込まれていく。

 やがて彼が爪を離すと、光は消えた。


 私は我に返って聞く。

「何? 今、何をしたの?」

「……神殿にいる魔法神官に連絡。向こうにもこの文字が届いているはずだ。別に地面に書いたっていいけど、記録保管用に石盤に書いた」

「これが魔法文字? あなたも魔法で、ひとっ飛びで帰るの?」

「空間を移動する魔法は、魔法文字で巨大な陣を書いた上、発動に人数も必要だから……主要な場所にしか作られていないよ。一人で操れるのはこのくらいが限度」

 魔法神官は答えながら石盤を懐にしまうと、私に告げた。

「僕は魔法神官ルード。アディリル、君は竜騎士になるんだ。ウズンの月には迎えが来るから、準備をしておくように」

「……竜騎士ぃ?」

 私は自分を指さして、ポカンとなった。


 こうして、私は竜騎士見習いになった。

 基礎訓練や、武器を扱うための訓練は厳しく、私は何度もへこたれそうになった。そのたびに、私は神殿の外でルードを待ちかまえ、故郷に戻せと泣きついた。

 ルードは私をなだめすかし、落ち着かせ、そして最後には言う。

「竜とは、離れたくないんだろう?」

 それを言われると、私はいつも我に返る。


 幼竜キャステリット――私は縮めてキャシーと呼んでいるけれど――は、可愛い。竜と騎士はみんな、どの組み合わせでも意志の疎通ができるけれど、キャシーは私に特別なついている。離れたくない。

 それに、私が竜騎士になったことで、両親も恩恵を得ている。竜に認められた存在である騎士は、神と人間の中間の存在だ。そんな私を子に持った親もまた、国に生活費を保障され、労働をせずとも暮らせるようになっている。

 今さら辞められるわけがないと、わかっている。


「……じゃあ、今年の終わりまで頑張ってみる。無理だったら本当にやめるから!」

 絶対だから! と涙目の私の頭を、ルードは苦笑しながらぽんぽんと叩くのが常だった。



 なんだかんだ言いつつも、私はめきめき力を付けていき――

 ――十七歳で、竜騎士団の正騎士になった。

 キャシーも、見事な成体になっていた。青緑色の鱗は、金粉を含んだかのようにキラキラと輝き、私を乗せて悠々と飛ぶこともできる。

 訓練や仕事がきつくてルードに泣きつくことは減ったけど、上司がムカつくとか、彼氏が二股かけてたとか、規律を破って怒られたとか、そういうこまごました愚痴を聞いてもらってはいた。ルードは静かに話を聞いてくれるし、上から目線で助言とかしないので、私にとってはありがたい存在だったのだ。

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