竜に愛された罪人が聖女になるまで
遊森謡子
プロローグ 烙印の聖女
悲鳴を上げ続けた喉が、枯れるころ――
剥き出しになった私の肩から、ようやく焼きごてが離された。
「……あ」
肩が熱い。皮膚の焼ける臭い、そして私の乱れた赤毛も一緒に数本は焼けたのか、左の耳元でチリチリという音がする。
後ろ手に縛られた状態で地面に転がっていた私は、かろうじて首だけをひねり、すぐそばに立つ人を見上げた。
「……ルード……!」
霞む視界に映ったのは、魔導神官の白のローブを着た男だ。彼は紫の瞳で無表情に私を見下ろすと、焼きごてを持ったまま後ろに下がった。
遠くで声が聞こえる。
「罪人の烙印は押された。聖女騎士のお役目を悪用し、謀反の大罪を犯したアディリル・スフォートを、これより異界追放処分とする!」
「違う……私じゃないって、何度も……っ」
うめくように言ったけれど、声はかすれて、強風に吹き散らされた。
両側から誰かに腕を捕まれ、無理矢理立たされる。焼かれた肩は燃えるように痛み、口から勝手にうめき声が漏れる。
肩からずり落ちた聖女の衣装もそのままに引っ立てられながら、私は朦朧と視線を巡らせた。荒野の古代遺跡、誰がどうやって置いたのかもわからない巨石が、ぐるりと等間隔に周りを取り囲んでいる。
私から離れたルードは今、石と石の間にたたずんでいた。
吹きすさぶ風に黒髪とローブをなびかせながら、彼は微動だにしない。紫の瞳は私の方をにらむように見つめている。
(結局、ルード、あなたも周りの言うことをそのまま信じたのね。妻の私じゃなく、他の人の言葉を。私が、王弟殿下とそういう仲だって)
『これくらいさせてもらわなくては、夫の僕も気が済まない』
彼はそう言って、これまで慈しんできたはずの妻の肌を、焼いたのだ。
巨石群は二重の輪になっていて、小さい方の輪の中に私は押し込まれた。私が鳥だとしたら、小さい輪はちょうど鳥籠くらいの大きさだ。
まっすぐ立っていられずに両膝をつき、それでも必死で顔を上げた。
数人の魔法神官たちが、低い声で呪文を唱え始めた。小さい輪の内側が、ぼうっと光りだす。
遺跡は国のあちこちにあり、この世界の汚れを世界の外へと消し去ってくれる神聖なものだ。一方で、世界の汚れが濃くなりすぎると、異界の魔物や妖精がそれに引かれて、逆に遺跡から姿を表すという。だから、我がサーデット王国をなるべく清浄に保たなくてはならない。
汚れである重罪人は、ここから追放される。武器もなしに、どことも知れない世界へ。
魔法神官の声がした。
「せめてもの恩情だ、縄は解いてやる」
ブチッ、と音がして腕の縄が緩むのと同時に、周囲が一際明るく光った。
ふっ、と落下するような感覚とともに、私は意識を失った。
※
絶対……
絶対に、取り戻す。あの日々を。
※
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