愛しき信者に捧げる真相
長月瓦礫
前編
とにもかくにも、その日は俺にとって特別だったらしい。
俺の誕生日でもなければ、何かの賞を取ったわけじゃない。
何でもない日だ。それと同時に、人生最悪の日となった。
その日はいつものように家族が揃って、夕飯を囲んでいた。いつも見ているテレビ番組を見て、学校であったことを話して、楽しく過ごしていた。
いつもと違ったのは、俺の前にだけ泥団子が入った小鉢が置かれていた。
弟も不思議に思ったらしく、母に聞いていた。
何でも、俺にとって特別な日だからだそうだ。
その理由はよく分からなかった。
ただ、この泥団子はメッタクソまずかった。
そこら辺にあったゴミをこねて作っただけなんじゃねえのって本気で思った。
マジでまずかったから素直に「まずい」と口に出したし、吐きそうになった。
その様子を見て、弟はかなり驚いていた。
母はどうしても俺に食べさせたがっていた。
あと少しなんだから頑張れとか言ってたけど、どう頑張っても無理だって。
だから、弟に協力を仰いだ。両親も何やら話し込んでいたし、こちらを見ていない。
俺は一緒に食べてくれないかと提案した。
最初は渋っていたものの、二人の様子を見て誘いに乗ってくれた。
見た目だけなら、本当にただの泥団子なんだけどなあ。
切り分けてご飯の上にのせると、恐る恐る口に運んだ。
激臭に耐え切れず白ご飯をかっ込んで、のどを詰まらせた。
麦茶をすかさず渡し、飲み終わるころには肩で息をしていた。
「何これ、人間の食べ物じゃない!」
半泣きになりながら、小さい声で訴えた。
「だろ? こんなん食って俺大丈夫なんかなー……」
ついこの間、磨りガラス越しに両親の話を聞いていた。
『きゅうしはいしゃ』について、話し合っていた。
二人の話は難しかったし、聞き取れない言葉もあったから内容は全然理解できなかった。ただ、俺を差し出したくないと母は何度も訴えていた。
父は難色を示しつつも、葛藤しているようだった。
ここで俺が飛び出して拒否のサインを示せたら、今後の展開も変わっていたのだろうか。どこか遠い場所へ引っ越す未来もあったのだろうか。
今となっては、もう分からないことだ。
選ばれてしまったからには、どうすることもできない。
夕飯が終わった後、両親に呼び出された。
弟は風呂に入っている。
俺だけが呼び出されることなんて滅多にないからか、二人の間には変な緊張感が漂っていた。俺と弟の部屋は二階にあって、廊下をはさむように配置されている。
廊下は行き止まりのはずなのに、今は新たな階段が出現していた。
うちに三階があるなんて聞いたことがない。
学校から帰って来たときは二階建ての家だった。
「何、あれ」
「ただの階段よ。気にすることないわ」
そう答えた母の声は、震えていたように思う。
二人に無理やり手を引っ張られ、歩かされた。
一階と二階を繋ぐ階段と全く同じつくりだった。
一段ずつ登った先に、また扉があった。
「ほら、開けてみなさい」
「……やだ」
首を振って母にしがみつく。
戻ろうとしても父がそれを許さなかった。
後ろにずっと立っていて、戻れなかったのだ。
ついには背をどんと押され、扉の先に押し出された。
すぐに扉は閉められた。
「ちょっと! 開けてよ! ねえ!」
どれだけ叩いても反応は返ってこなかった。
二人の冷たい態度に涙が出てきた。弟は何をしているのだろう。
俺が急にいなくなって驚かないだろうか。
しばらくしたら、ここに連れて来られるのだろうか。
「かわいそうだな、少年」
後ろを振り向くと、男の人が立っていた。
「なあに、心配しなくても大丈夫だよ。
どうせ、すぐに迎えが来るさ」
両手をだらりとぶら下げて、低い声でぼそぼそと喋る。
背丈は父よりあるように思えた。
そのときは涙で周りがよく見えなかったから、その人のことはよく見えなかった。
敵意は感じなかったから、怖くなかったのもあるかもしれない。
「すみません。ここを開けてくれませんか?」
「無理だ。お前は旧支配者の生贄になったんだ。
そのうち、すべてを忘れて楽になれるさ」
「それ、何なんですか! 誰も教えてくれないんです!」
誰に聞いても、「子どもは知らなくていい」とはぐらかしてばかりだった。
そのくせ、生贄となる俺よりビビっていたのを見た時は笑ってしまった。
男はうなりながら、首をかしげた。
「俺の時は結構はっきり言われたんだけどな。
儀式について、本当に何も聞かされていないのか?」
何度もうなずくと、再度うなりながら頭をかいた。
「そうだな。何も知らされてないんじゃ、さすがにかわいそうか。
こっち来いよ、俺が話してやる」
部屋からハエの飛ぶような低い音がする。
男は楽しそうに手招きをする。
俺を親切にする理由が分からない。
「俺は田嶋という」
「タシマ?」
「田んぼの田に山鳥で嶋だ。
俺もお前みたいな生贄になるつもりで、ここに入れられた」
「山本っていいます。山に紙の本で山本です」
「よし、これで知り合いだな。
ほら、何もしないって。大丈夫だから」
涙を拭いて、彼のもとに向かう。
よく見ると、下半身はタコみたいに何本も分かれている。
「ん、この足が気になるか?
生贄になりかけてる途中だからだよ」
「なりかけ?」
「そう。俺は病弱太郎だったからな。
よりにもよって儀式の日に熱出しちまってさ、あの団子をちゃんと食べられなかったんだよ」
生贄になるために、あの泥団子は欠かせない物だったらしい。
すべて食べさせることで、旧支配者の力を初めて得られる。
それは彼らの仲間になることと同じ意味を持つ。
皮肉にも、田嶋はその団子のおかげで健康になれたらしい。
薬って感じの味でもなかったけど、ちゃんと効果は出ているようだ。
全部食べきれなかったからか、未だに迎えが来ない。
旧支配者の仲間として認めてもらえない。
どのくらいの年月が経っているかも分からないくらい、待たされている。
「そうだ。弟と分けちゃったんですけど……大丈夫かな」
「何でそうなったんだ?」
「だって、メッタクソまずかったし、ひとりじゃ食べきれないと思って」
「親御さんは何をしてたんだ?」
「二人でなんか話してました」
「ははあ、なるほどね。
俺はひとりっ子だったから、そういうのもできなかったなあ」
うらやましそうに俺を見た。
「あの、俺もいつかはそうなっちゃうんですか?」
田嶋のたこ足を見る。
人魚姫に出てくる魔女みたいで、人間の物とは思えない。
まる裸の上半身は人間のままで、腕もちゃんと二本ある。
髪も真夏の雑草みたいに伸びたい放題だ。
顔は仮面で表情は見えないが、声や仕草で何となく様子は分かる。
「そうだ。その時は必ず来る。
けど、お前も全部食べたわけじゃないから、待たされると思うぞ」
「待たされるってどれくらいですか?」
「分からん。けど、俺もひとりで暇してたところだ。
どっちかが迎えられるまで、話し相手になるよ」
田嶋は俺の親族で数十年前、生贄に選ばれたらしい。
当時は儀式と呼ばれ、親族から大喜びされた。
旧支配者と名乗る神様にその身を捧げるなることで、一族は平和に過ごせるらしい。
家族が平和に過ごせるならばと、彼もそれを受けいれた。
彼は旧支配者のことについて、いろいろと話してくれた。
本棚を埋め尽くす本は旧支配者に認めてもらえない限り、永遠に読めない。
気の遠くなる時間を費やして、彼は数冊の本を解読していた。
旧支配者とはある作家が作った神話に登場する神様のことだ。
斬新なその設定はまさに革命と言えるべき作品だった。
その小説に狂うほどハマった先祖が言い始めたことが儀式の始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます