第弍章 直参・三池組との死闘
地獄まで続いているのかと思わせるほど梯子は長く、底も見えぬ闇があったがトロイとってそれが救いとなる。
クシモを背負う枢機卿に急かされながら下降している内は何も考えずに済んだからだ。
しかし何事にも終わりはあるようで、終点に辿り着くとそこはやはり闇の中であった。
そして足がつくと先程の嫌な胸騒ぎが甦る。怖いとは違うと思う。強いて云えば忌まわしいと云うべきか。
枢機卿の、しばし待てと云う言葉の後、パチリという乾いた音が続き、数瞬後、光に包まれる。
長い闇に慣らされた後での突然の光に目が痛み、トロイは思わず目を覆うがそれにもすぐに慣れた。
「こ、ここは……」
おそらく緊急の避難場所に繋がっているだろうと想像はしていたが、トロイの予想では洞窟であったのに対し、現実は意外にもよく整備された通路であった。
しかも通路内は等間隔に光の棒と表現しようがない物が並び、昼間のようにとは云い過ぎだが、足元まで充分に照らされて歩行に問題はない。
「ここはな、万が一を想定してワシが叔父貴にさえも秘密にして造った脱出路よ。あってはならぬ万が一であったが、やはり使う事になったか」
枢機卿が背中のクシモを降ろしながら苦虫を噛み潰したような顔で云った。
秘密といったか? 否、違う。自分はここに来た事はないだろうか。
赤煉瓦で舗装された酷く寒々しい通路に見覚えがあるような気がしてならない。
ああ、そうだ。この通路は明る過ぎるのだ。あの時は心許ないランプの灯りだけが頼りだった。
「ああっ?!」
突然、脳裏に大勢の子供達の泣き声が響く。
それだけではない。赤い。煉瓦の色では無い事は確かだ。
臭いも酷い。鉄錆の臭い。それに混じる糞尿の臭いもする。
「さあ、行くぞ。隠し扉の取っ手こそ外してきたが、叔父貴の手の者はいつまでもそれに気付かぬような間抜けではない。時を置けばすぐに追い付かれようぞ」
老枢機卿に肩を掴まれてトロイは我に返る。
「大丈夫か? しっかりせいよ?」
「も、申し訳ありません。大丈夫です」
自分を気遣う言葉に返事をした後、トロイは頭を振った。
意識を保つ為ではない。未だ耳にこびりつく泣き声を振り払いたかった。
「まあ良い。それよりこれを持て」
枢機卿はトロイに普段は自分が使っている豪奢な杖を手渡し、自らは刀を手にした。
「す、枢機卿さま?!」
「そなたは武術より魔法が得意だそうだな。それは僅かながらも使用者の魔力を高め、いざという時は槍にも棒にも
そう云って枢機卿はトロイにクシモの背後を護らせ、自分は前に出る。
「さあ、気を引き締めよ。叔父貴は底が知れぬ。秘密の脱出路といえども安全とは云い切れぬのが叔父貴の怖いところよ」
『案ずるな。この余も九分九厘死しておる身とはいえ、ある程度は自衛が出来る。目的を果たすまでは死にはせぬ』
クシモの右手の爪が瞬時に伸びて剣のようになる。
『ただこの力を愛するミーケに向けねばならぬのが無念よ』
「悔いるのは後ぞ。今はこの死地からいかに脱するかを考えよ。トロイもな、混乱しておるであろうが今は生き延びる事を、な?」
枢機卿の言葉に二人は頷く。
三者は枢機卿を先頭に通路を進んでいくが、彼が懸念していた刺客の気配は無い。
ならば少し休憩をして、クシモの治療をすべきではないかとトロイが進言しようとしたその時である。
枢機卿が二人を手で制した。
「何かが近づいてきておる……」
「まさかもう隠し扉に気付かれたのですか?」
狼狽するトロイにクシモが
『違うぞ。臭いは前から来ておる。それも鉄と油の臭いだ』
そこで漸くトロイの耳にも金属同士を擦り合わせるような不快な音が聞こえてきた。
一つや二つではない。耳障りな音が怒濤のように前から押し寄せてきている。
そしてトロイは見た、通路の奥から順に光が消えていくのを。
「こ、これは」
「叔父貴のヤツ、選りにも選って
通路の床といわず壁といわず天井といわず、無数の少年少女が生まれたままの姿で四つん這いになって押し寄せてくる。
その
何より異様なのは、よくよく見ると関節という関節が球体で繋がっている。
「人形?!」
「驚いておる暇はない! 構えよ、襲って来るぞ」
枢機卿の声を合図にしたわけではないだろうが、先頭の数体が跳んだ。
その狙いは全てクシモに向いていたが、何かが光ったと思った時には人形が全て斬り伏せられていた。
枢機卿が目にもとまらぬ、否、目にも映らぬ早さで刀を抜き付けて迎撃したのだ。
しかし枢機卿の動きは止まらない。獣の様な勢いで人形の群れに突っ込むと瞬く間に幾体もの人形を破壊してのけた。
『あの素早い寄り身はまさに稲妻のトラよな。老いて益々とはあやつの為にある言葉よ』
だが――まだ甘いとクシモは云う。
見れば彼女の爪には三体の人形が田楽刺しとなっていた。
『仕留め損ないがあやつの背後を取ろうとしておった。相手は人形ゆえに犠牲を恐れぬ。半壊されながらも破壊された仲間に紛れてあやつを遣り過ごし、トラの背後に回っておったのよ』
それこそ何も見えなかった。この御方は本当に瀕死なのかとトロイは信じられなかった。
「あっ?!」
火球が一つ真上に向かって撃ち出され、天井からクシモを襲おうとしていた四体の人形を貫通して屠る。
トロイであった。杖を上に向けて火球を撃ち出す『プロミネンススフィア』を放ったのだ。
「流石は枢機卿さまの杖! よし! 行けるぞ!」
それで勢いが付いたのか、すぐさま枢機卿を援護するように風の刃を飛ばして次々と人形を斬り裂いていく。
『おいおい、威力も申し分ないが発動までが早いな? しかも詠唱をしていないと来たか。トラめ、見所があるどころではない。魔法だけならミーケにも迫る末恐ろしい才を持っておるわ』
枢機卿が不意に前のめりに倒れ、左手を床につきながら刀を一閃させれば前列の人形達の足が破壊されて転倒すると後続の人形達がソレに脚を取られてドミノ倒しとなる。
ソレを見逃さずトロイは突風を大砲のように飛ばす『ゲイルミサイル』で体勢の崩れた人形達を吹き飛ばす。
なんと枢機卿は突風が過ぎ去るやその低姿勢のまま突進し、生き残りの人形を次々と屠っていく。
負けじとトロイも獲物に襲いかかる狼の如く動き続ける枢機卿をさけるように火球を連射して人形を的確に撃ち抜いた。
まるで何十年もそうしてきたかのように呼吸を合わせているが、恐ろしいことに二人はほぼ面識が無いに等しくトロイに至っては十代の半ばに過ぎないのだ。
「おっほ! やるのう! まるで叔父貴が
枢機卿が最早数える程度しか残っていない人形の頭部を唐竹割りにしながらトロイを褒める。
「さっきからおっしゃっている叔父貴って誰なんですか?!」
わざとかと思えるほど隙を見せる枢機卿の背後を襲う人形にトドメを刺しつつトロイは問う。
「ケキョケキョ、そりゃあ文字通りトラの兄貴の叔父御さまに当たる
「なっ?!」
瓦礫の山と化した人形達が盛り上がり中から黒衣を纏った小柄な黒髪の少女が現れた。
次いで黒いスーツを来たガタイのいい男まで出現し少女を大事そうに抱え上げる。
「いよいよ姿を見せおったな、マサよ」
「ケキョケキョ、トラの兄貴もご壮健のようで何よりで御座んすよゥ。殺るも殺ったり、いやはやお遊びとは云え人が丹精込めて拵えたオートマタ百体、見事に壊して下さいましたねェ」
袖で口元を隠し、蝶番が軋むような笑い声を上げる少女をトロイは半ば呆然と見ていた。
年の頃は十いくかいかないか、しかし声だけ聞けば年寄りが無理して甲高い声を出しているように聞こえる。
そして、その少女を抱いている男もまた尋常ではない。
顔をのっぺりとした白い仮面で隠しているのも不気味だが、その佇まいからは全く隙を見いだす事ができない。
「貴様がここにおると云う事はだ。この脱出路はとっくの昔に叔父貴にはバレとったワケか」
「ケキョケキョ、トラの兄貴ぃ、オヤジをナメちゃあいけませんよゥ。あの人に隠し事は出来ません。今頃は
「おシンまで来ておるのか?! まさかナオまでおらぬだろうな?」
「ケキョケキョ、あの人は別の
「ああ、ありがたいわい。変わっちまった叔父貴に今でも損得抜きにしてそばにいてくれておるのだからな」
「ケキョケキョ、けど変わっちまったからこそアタシらのような闇の中でしか生きられない人間でも日の目を見る事ができるようになったンで御座んすよゥ。ねぇ、姐さん?」
笑い声は兎に角、仕草は上品に少女はクシモに意識を向ける。
何故このような遠回しな表現をしたかと問われれば、少女の紅い瞳の見る先が左右に開いていてどこを見ているのか分からないからだ。
「ケキョケキョ、クシモの姐さんもまだ生きていてくれて嬉しゅう御座んすよゥ。何せオヤジから仰せ付かったのはアンタの
『ほう、大きく出たな。殺すだけなら簡単であると聞こえたのだが?』
額に脂汗を浮かべつつもクシモは嗤いながら爪を伸ばした両手を前に出すように構える。
それを少女は紅い目をグリングリン回しながら嗤う。
「そちらこそ、くたばり損なったその体でアタシに勝てるとでも? 否、万全であろうともアルウェンの如きペテン師に封印されるような三流魔王に負けるアタシじゃ御座んせんよゥ」
『貴様! 我が宿敵アルウェンをペテン師と抜かすか?!』
「ふん、ペテン師がおイヤなら外面だけのネグレクト女の方が宜しゅう御座んすか? 炊事洗濯まるでダメ、食べる事なら三人前ってどっかの歌じゃあるまいし、それで子供ほっぽってエルフやドワーフ助ける為に東奔西走ってそりゃ無いでしょうよ」
少女は肩を竦める。
『エルフとドワーフの和解はあやつの親の代からの宿願、そして帰還は許されずとも自らの存在を両種族から認められる事はアルウェン一生の願い、それは子供達も理解していた』
すると少女は手を叩きながら下品に爆笑した。
『な、何が可笑しい?!』
「そりゃ可笑しい、嗤うに決まってるでしょうよ。エルフとドワーフの和解? はん、事実その両者を取り持ったのは誰で御座んすかねェ?」
『それはミーケの手柄だ。七十年前、エルフとドワーフが慈母豊穣会の盟に加わり和解した時は、流石はミーケよ、勇者アルウェンの子よ、三代に渡る悲願を見事成し遂げたか、と膝を打ったものだ』
何百年から続く軋轢からくる諍いを納め、和解を成立させた教皇ミーケの功績は世界を平和に導くと賞賛された。
トロイも数多いミーケの伝説の中にあって武勇伝よりその偉業にこそ感動し憧憬を覚えたものだ。
「それが可笑しいってんで御座んすよゥ。元々アルウェン自身が両種族から門前払いを喰っていたんですよゥ? オヤジからすりゃあネグレクトの原因であるあの連中がどうなろうが知った事じゃなかったんですよゥ」
むしろ――少女はニンマリと嗤ってみせた。
「オヤジはねェ、両者を煽って煽って徹底的に戦わせたンで御座んす。それこそ物資を提供までしてねェ?」
『貴様、何を云っている?』
「エルフやドワーフの若いのをちょいちょいやっつけてお互いを疑うような状態にしておいてからおシン得意の目眩しでエルフやらドワーフやらに化けましてねェ、“相手は孫に当たる教皇ミーケを頼って貴方達を滅ぼそうとしている。私はそれを阻止したいのです”って武器やら兵糧やらたんまりと寄越したんですよゥ」
焚き付けるだけ焚き付けておシンが姿を消す頃には、アルウェンはおろかその時にはハイエルフの王となっていた父、ドワーフの新たな族長の妻となっていた母がいくら諭そうと止める事は叶わず、ついに戦争が起こってしまう。
まさに血で血を洗う酸鼻極まる大戦争であり、純血を重んじるあまり只でさえ少なくなりつつあった数を致命的なまでに減らしていったのだ。
初めて聞くエルフとドワーフの間で起こった戦争の絡繰りにトロイは言葉が無かった。
「頃合いを見計らってエルフの王様とドワーフの族長を暗殺しちまえば残るは烏合の衆、後はオヤジが、この
『そんな莫迦な、あの『最後の種族間戦争』と呼ばれた大戦はミーケが絵を描いていたと?』
「まあ、途中、その絵をアルウェンに気付かれた時は胆を冷やしましたが、流石はオヤジ、ビクともしなかったねェ」
感慨深げに何度も頷く少女をクシモは睨みつけた。
『おい、正直に答えろ。貴様ら、否、ミーケはアルウェンをどうした? 思い返せば最後にあやつと会ったのは七十年程前だった。まさかそんな事しておらぬよな? ただ、あやつが余を嫌って疎遠になっておるだけよな?』
「何、“エルフとドワーフの血を引く者として、勇者として、何より母として貴様を許す訳にはいかない”ってイキってましたがねェ。勝てるワケが無いンですよゥ、アンタを殺し切れず封印するのが関の山の能無しにはねェ」
『貴様、先程から極まっておるぞ。余をこれ以上怒らせるな』
クシモの三白眼が少女を射抜くが彼女には暖簾に腕押し、糠に釘である。
少女は両手を水平にして指先を合わせると、その上に顎をちょこんと乗せウインクをしながら続けた。
「ま、最期の最期で役には立ちましたか。協議のテーブルの上にこうデンと置いてね、“これが復讐の為、アンタらを殺し合わせる今回の戦争を仕組んでいたんだ。息子として慙愧に堪えない。だが、これを怨念の塊にしたのはアンタらだ。許せとは云わないが、少しでもこれを哀れと思うならもうこれ以上争うな”ってね。いやはやオヤジも役者で御座んすよゥ」
『そこまで堕ちたか……母を殺し、罪を被せ、自分はそれで手柄を立てて名声を得たと云うのか』
「エルフといえども頭がいなけりゃ何も出来やしない。唯一のよすがであるプライドもアルウェンの最期を見てもう完全に砕けちまった。すっかりオヤジにビビってましたねェ。ドワーフ族長の嫁? アレ見て卒倒した後は物狂いになっちまってましたよゥ」
それまで黙って聞いていたトロイだったが口を開いた。聞かずにはおれなかった。
縋りたかったのだ、これまで信じてきたものに、ミーケに残された最後の良心に。
「教えて下さい。アルウェン様の亡骸はどうされたのですか? 僕達信徒はアルウェン様が御隠れになったという話を知りません。手厚くご供養なさった話も聞きません。どこにお墓があるのか存じていないのです」
「そんなのアタシらには常套の方法で御座んすよゥ。薬品でドロドロに溶かして下水に流すンです。優秀な警察のいる日本じゃ足がついちまいますが、文明が中世レベルのこの世界なら安心安全確実で御座んすよゥ」
杖を握る右手が熱い。もう限界だった。
全身から魔力が湧き上がり、その魔力に反応して枢機卿の杖が発光を始める。
「許せない。慈母豊穣会を隠れ蓑にして悪事を重ね、挙げ句に勇者アルウェン様を裏切りムシケラのように殺しただけでなく、その死を貶め利用した貴方達を」
「青臭い事を云うモンじゃないですよゥ。アタシらが裏で稼いだカネでアンタら慈母豊穣会の神官はおまんまが食えてるンだ。感謝されこそ怒られる筋合いは無いですよゥ」
「そうですね。貴方達、三池組が養って下さっていた事は感謝しています。けど同時に親を、それも母親を殺して平然としているミーケさまを許せないんですよ!」
トロイの叫びに今まで嗤っていた少女から表情が消えた。
同時に白仮面の男が少女を抱えたまま腰を少し落とす。
「誰が誰を許さないって?」
明らかに少女の出すような声ではない。
地の底から響くような胴間声でトロイを威圧しているのは白仮面の男だ。
男は少女を右手だけで宙吊りにして自らの顔の横に掲げ、左手を半開きの形で前に出す。
善く見れば少女の黒衣の背中に穴が開いており、右手はその中に入っていた。
「なあ、確認するがお前がオヤジを許さないって事で良いんだな?」
「あ、当たり前です! 子が親を殺すなんてそんな」
「もういい」
男から溢れ出す威圧に気圧されつつも何とか言葉を紡ごうとするが遮られてしまう。
「分かった。今の話を聞いてそんな言葉が出るようではな……思うところが無いと云うことだろう。救えん」
「救えない? あ、貴方は何を云って」
「もういい、と云った。せめてもの情けだ。おシンが来る前に楽にしてやろう」
杖を構えたものトロイは混乱の極みにあった。
白仮面の男は明らかに怒っている。それは分かるがその理由が分からない。
教皇ミーケを許さないと云ったから――それが切っ掛けである事は間違いないであろうが、新米神官が教皇さまに盾付いたからという単純な話ではなさそうだ。
いったい自分の何がこの男を怒らせた? 子が策謀の為に母殺しをしたと聞いて義憤を覚える事の何が悪い。
天涯孤独の孤児院育ちの自分は家族、取り分け母親という存在には強い憧憬を抱いていたのだ。それを殺めるなんてあってはならない事だ。
「それが救えないと云っている」
「あ、貴方には人としての情けは無いのか?! 孤児の僕が母親に憧れて何が悪い!!」
「これでもまだ思い出せないのか?」
男が少女――の人形をトロイの鼻先につきつけるや少女の首がコキリと音を立てて右に捻られた。
そして黒衣の袖からパラパラと何十枚もの小さな紙片が舞い落ちる。
トロイにはその紙片に描かれているものに見覚えがあった。
「い、一万円?」
「や、やめとくれよゥ……これはとても大切なおカネなんだよゥ」
少女の黒髪が頭部に吸い込まれて禿頭になったかと思えば、今度はまばらに白い髪が生えて老婆へと変貌を遂げる。
それが憐れみを乞うように訴えかけるのだ、カネを持っていかないでくれと。首を捻れたままにして。
「ああ、嫌だ。そんな」
首の折れた老婆、散らばるカネ、黒い着物。
知らない。知らないはずだが見覚えがあった。
「安心せい。トロイよ」
「す、枢機卿さま?」
ああ、そうだ。これは幻覚に違いない。この白仮面の男が人形を使って幻惑しているのだ。
今に枢機卿さまが活を入れてこんな幻覚なんて吹き飛ばしてくれる事だろう。
「我ら、この事については罪に問わぬ。何故ならそなたは既に償っているのだからな」
シャラン。
「えっ?」
枢機卿さまは何をおっしゃっているのか?
トロイは枢機卿を見るが、彼の自分を見る目はゾッとするほど冷たい。
「だが、そなたがここでしてきた事については話が別である」
シャラン。
「枢機卿……さ、ま?」
その時、後退るトロイの足を何者かが掴んだ。
シャラン。
見れば裸の少年少女達が這いずっている。
「ま、まだ人形が!」
シャラン、シャラン。
「痛いよぉ……やめてよぉ……」
「また幻覚か?!」
トロイに縋る子供達の関節は球体ではない。生身の人間のソレである。
無惨に服を奪われ、嬲られた幼子達が苦痛と絶望に顔を歪めながら泣いているのだ。
「は、離せ!」
トロイは子供達を引き剥がそうとするが彼らの力は見かけよりも強く振りほどけない。
子供達は少しずつトロイの服を脱がしていく。
「お願いだよ、お兄ちゃん……今度こそ気持ち良くするから……苛めないでぇ」
シャラン、シャラン、シャラン。
「ヒッ?!」
トロイに纏わり付く子供達の皮膚が爛れ、肉が腐り落ちる。
唇がとろけ、舌がダラリと垂れ下がり発声が困難になっても彼らはトロイに許しを乞う事をやめない。
「ほら、お兄ちゃんがくれたおもちゃもあるよぉ」
子供達は鞭や鎖のついた枷だけではなく、他にも語るもおぞましい拷問器具を手にしている。
恐怖に駆られているトロイはいつの間にか下品に露出の多いボンテージファッションに身を包んでいた。
シャラン、シャラン、シャランシャランシャラン。
「お兄ちゃぁ…ん。僕、こんな事が出来るようになったよぉ……痛いけど我慢したよぉ……だからお家に帰してぇ……」
トロイの腰までも届かないような幼い少年がペンチで自分の生爪を剥がす。
ああ、そうだ。褒めなきゃ……自分が教えた通りにした偉い子を褒めなくちゃ……
「うん、偉いね。えらいぎぃっ?!」
シャラン。
突然の太腿の激痛に見てみれば勝ち気そうな少女が千枚通しを突き立てていた。
「この変態!! みんなの仇を討ってやる!!」
腐り濁りながらもしっかりと憎悪を込められた瞳に睨まれたトロイは激情に駆られ、少女から千枚通しを奪い取ると何度も彼女の顔面に突き刺した。
「この餓鬼!!」
シャラン。
『これが貴様の本性か。なるほど確かにマサの云う通り救いがないな』
「え…あ…地母神さま?」
トロイは呆然とクシモを見る。
自らの足ですっくと立ちこちらを睥睨する様は先程まで瀕死の状態であったとは思えない。
しかも地母神は枢機卿や敵であるはずのマサと並んでいたのだ。
否、もう一人いる。黒い小袖を着た少女が脇に錫杖を挟んで腕組みしている。
シャラン。
錫杖の先に付いている小さな輪が澄んだ音を鳴らす。
「トロイさん、貴方様に無惨に殺された子供達の怨みはまだまだこんなものじゃありやせんぜ。そぅら見てみなせぇ。子供達も貴方様と遊ぶのが待ちきれねぇ様子。さあ、始まり始まり」
手に手に拷問器具を取った子供達が腐り蕩けた足を引き摺ってトロイに躙り寄る。
「お兄ちゃん……遊ぼぉ……」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
トロイは半狂乱に陥り、杖を振り回しながら逃げ出した。
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