第144話「蛍クラスがあとひとりいれば」
三十もの群れを倒し切ったところで先輩たちはひと息つく。
立ち直りさえすれば二年は充分に戦力になるとはわかったのは収穫だったな。
我ながら偉そうだが冷静に分析しようとするとこうなるんだからやむをえまい。
「一年は……?」
「私たちの退路を確保してくれたみたいね」
とリプレが言う。
グレックはなるほどとうなずく。
「指示しなくてもいい判断してくれるのは楽だな」
彼は吹っ切れたように笑う。
うじうじしてる場合じゃなくなったのが、かえって彼にとってはよかったのかな。
「この後はどうするんですか、先輩がた?」
俺は代表してグレックに問いかける。
最適解はおそらく撤退で、次善の策は原因の調査かな。
「撤退だ」
エドワードが即座に言った。
「俺たちはこの日のために適当に集められたにわかチーム。連携はもちろん、互いの特徴すら把握していない。この状況でできることは他にない」
彼の言葉にグレックが悔しそうにうつむく。
先輩たちから反対の声が出ないことに俺は安心する。
物問いたそうな視線が三対、仲間たちからきたのでうなずいておいた。
ここで撤退以外の道を提案するためには蛍クラスが後一人必要である。
「俺たちに異論はありません。さっさと逃げて学園に報告したいですね」
冗談めかして俺が答えた。
まったく冗談を飛ばせるだけの余裕があるうちに離れたいものである。
「はっ、その通りだな。グルンヴァルトでも連れてこないとな。どうにもならないだろう」
エドワードは笑ってすぐに表情を引きしめた。
うん、蛍クラスってぶっちゃけシェラかフィーネだよな。
「しんがりは三年が受け持つ。先方は二年と言いたいところだが、すまないが風連坂に頼んでもいいか?」
エドワードが蛍をじっと見つめた。
「はっ。血路を開く役目、しかと承りました」
蛍は勇猛な戦士の笑顔で応じる。
「一応聞いておきたい。俺たちは足手まといになるか? お前が全力で戦う場合」
「……失礼ながら」
俺の問いに彼女は目を伏せて認めた。
「だろうな」
今さら驚いたりはしないさ。
俺はもちろん、アインとウルスラもな。
「いつか足手まといを卒業してやるからな。覚悟しろよ」
さらっと宣言しておく。
遠くてけわしい道のりになることは確実だが、そんな目標も一つくらいあったほうが人生に張り合いが出る。
アインとウルスラはポカーンとしていて、蛍ですら一瞬虚を突かれたようだった。
しかし彼女はすぐに我に返ってそっと微笑む。
「はい。楽しみにしていますね」
馬鹿にしたのではなく喜んでくれたのだろう。
風に揺られる桜の花のような笑みだった。
せっかくのいいシーンだったが、虫たちは待ってくれなかった。
しかし蛍に不意打ちなど通用しない。
「風光一刀流に不意打ちなど効かぬ。虫どもに言っても詮無きことであろうがな」
急に古風な話し方をはじめた蛍は人を斬った後の真剣のようなすごみを放ちながら、あっさりと虫たちを切り捨てる。
素材はもったいないよなぁ……そんなこと言ってる場合じゃないが、一つ賭けてみよう。
「ウルスラ」
「何だよ?」
手招きして一人の少女を呼んで小声でたずねる。
「お前、散らばる虫の死体、どれくらい回収できる?」
「移動しなくてもいいならそこそこいけるが……マジかよ?」
正気かこいつという目で見られた。
彼女の言いたいとはわかると言うか、反応としてはまっとうである。
どう考えてもここで虫の死体を集めようとする俺がおかしい。
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