第89話「将来のことはわからない②」

「このままダンジョンに行くのか? それとも着替えてからにするのか?」


 ウルスラの問いかけは常識的だった。

 言われて初めて気づいた俺が悪い。


「いつも着替えてなかったな、そう言えば」


「だよね」


 俺はポンと手を叩いたが、アインは疲れた顔でうなずく。


「それがしからすれば着替えようが大差ないので」


 蛍はそれがどうかしたの? という表情で話す。

 蛍はそうなんだろうな。


「マジかよ……授業じゃ着替えてるだろ?」


 ウルスラの反応はいたってまっとうである。

 授業じゃ着替えるのに何で放課後は忘れるのかと言われると、返す言葉が見つからない。


「てへっ」


 ごまかそうと頭をかくが、


「ごまかすなよ。それにかわいくねーぞ」


 ウルスラからツッコミと同時に白眼を向けられる。


「お、おう。容赦ないな」


 不愉快じゃないが。

 彼女にツッコミを食らうのはアリかもしれない。


 もっともウルスラはすぐに俺から蛍へ視線を移す。


「あんた、スカートのままで戦えるのか?」


「ええ。それにスパッツをはいてますし」


 スパッツなら見えても気にならないと蛍は言い切る。

 そもそも蛍のスカートはヒラヒラしてないけどな。

 

 動きが速すぎて俺の目には認識できないだけかもしれないが。


「あんたけっこう男らしいところあるんだな」


「そうでしょうか?」


 ほへーと感心するウルスラと、大したことではないという態度を見せる蛍は対照的に見える。


「ウルスラが着替えるというなら待つけど?」


 ここで俺は会話に復帰した。


「んんー、ボクもスパッツはいてるし別にいいや」


 彼女はあっさりと決断する。

 どちらかと言えば蛍と同じタイプだもんな。


「部活に所属してないから、更衣室使うのはちょいとめんどうだしねー」


 とウルスラは頭の後ろで手を組みながら言う。

 そしてアインを見た。


「あんたらはどっかに所属してんの?」


「錬成部だよ」


 彼が回答すると彼女は目を見開く。


「んん? あんた、戦士じゃなかったっけ?」


「そうだけど、まだまだ弱いから戦闘系の部活に入る勇気がなくてね」

 

 アインはごまかし笑いで対応する。


「何だ、アインのことは調べてなかったのか?」


 と俺が聞く。

 まあ調べたって特筆すべき情報なんて出てこないだろうな。


 世界を救う勇者ってのはメタ情報に分類されるんだろうし。


「ああ。あんたと風連坂のことならある程度情報は出てきたんだけどよ。最後の一人は何も出てこなかった」


 とウルスラは言ってじーっとアインを観察する。


「ぼ、僕は今のところ二人におんぶ抱っこ状態だからね。よくないと思ってはいるんだけど」


 アインはごまかさず正直に打ち明けた。


「ふーん」


 ウルスラは簡素な反応を返すが、ばかにした態度にはならない。


「……笑わないんだね?」


 アインにとっては意外な態度だったようだ。


「今大したことないからって将来はわからねーじゃんか? 見たところ、このままでいいとは思ってなさそうだし?」


 ウルスラは探るような目で彼を見る。


「もちろんだよ。時間はかかっても二人にはいつか恩を返すつもりだ。できれば二倍くらいにして」

 

 アインはちょっと弱気な決意を示す。


「いいねえ。そういうのきらいじゃないぜ、ボクは」


 ウルスラは笑って彼の肩をぽんと叩いた。


「とりあえず今日のところはよろしくな。末永くなるかどうかは、今日の結果次第としか言えねーんだが」


「それは仕方ないよ」


 アインも笑顔を返す。

 苦笑ではなく、自然と出たものだ。

 

 どうやら彼女との会話はリラックスしておこなえているらしい。

 いい傾向だなと思う。


 ちらりと蛍を見ると彼女と目が合った。

 彼女はこっちを見てこくりとうなずく。


 そして微笑ましそうな表情で少し先を歩くアインたちを見る。

 今のところ彼女も賛成らしいな。


 ゲームの時は仲良かったがここじゃどうかと思っていたんだが、いらん心配だったかな。

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