招魂師
@HighTaka
第1話 最初の弟子入り
母が死んだ時、あたしはたったの十でひとりぼっちになってしまった。あたしたちは領主様から与えられた家のある村で親子ふたりでくらしていた。母の父親は帝都にいるそうだけど、母に手紙の一本もよこしたことはない。祖母は大分まえに死んだそうだ。そしてあたしに「父親」はいない。だからあたしは天涯孤独になってしまった。男手のない家に薪はすくなく、母は次の春をむかえることなく冷たくなった。
今おもえば、母はわけありだった。母の父はきっと貴族で、祖母はその手のついた使用人だったのだろう。母もまた貴族の手のついた使用人で、私が産まれたのでここに手当つきで囲われたのだ。
村の男たちは母にいいよろうとしなかった。いや、もしかしたら一人くらいといい仲になってたかもしれない。だが、領主のお手つきに堂々と手を出すのは勇気のいることだったろう。
あのままなら、あたしも同じようにどこかの家に行儀見習いかねて奉公に出されたかもしれない。
そして母や祖母のように逆らうことのできない貴族の慰みものになるか、実父の有力だが身分の低い家臣の嫁に出されたかもそしれない。
でも十かそこらだった当時のあたしにはそんな大人の事情はわからなかった。母の最後をみとってくれた治療師の老婆がくれた選択肢を選んだだけだった。
母との思い出のある家を老婆のものとし、あたしを弟子とすることでここに住み続けるか、領主様の執事様に引き取られ、どこか遠くに奉公にでるか。
治療師の老婆、ネイ師匠のことは嫌いではなかったので、あたしの返事はきまっていた。まんまと家を乗っ取られ、下働きにされたと気付いたのは師匠のもとをはなれる十三の年のことだった。
師匠は歳でいろいろおっくうになっていて、若い働き手がほしかったのだ。それと弟子をとるかどこかから若い治療師をよんで村に不安を与えないように求められていたんだと思う。
几帳面な母がこぎれいにしていたあたしのうちは、あっという間に様変わりしてしまった。師匠は片付けの苦手な人で、とにかくものを散らかす。母との思い出の家はすっかり別物になってしまった。ただかわらないのはあたしの寝室だけ。
ものがなくなると怒られるので、師匠が散らかしたものを片付けるのはあたしの仕事になった。
ものぐさな師匠に代わってあたしは薬種を乳鉢ですったりお湯で煎じたり、でんぷんで練って丸薬にしたりするようになった。
この世界は魔力とものがとても近しい関係にある。魔力をたくさんあつめればものを作り出すこともできるし、逆もできる。でもそれは偉い魔法使いくらいしかできない。治療師は魔法を使うが症状に応じて薬の効果を高めたり回復力に手をかしたり、出血をおさえるために興奮をおさえたりするときに少しだけ魔力で補助するだけだ。
「だから、よく見て、よく聞いて、察して確かめる事が肝心なんだよ」
師匠は弟子をそだてるのに熱心な人だったと思う。動機は自分が楽をするためだとしても、だ。
あたしには豊富な魔力がそなわっていたらしい。そういう人は貴族の家によく産まれるという。
いまいましいことに、あたしの血の半分以上は貴族のものだ。祖父から四分の一、父から半分。
簡単な処置は師匠の代行ができるようになったのはほんの十二のときだった。治療師の弟子としてはかなり早いらしい。師匠は見ていて、間違うと杖でつついてくる。腹がたったが、指摘はもっともなものだった。
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