いいなり物語

トーカ

振り向きさえされない

王様は一言だけ、寂しそうにこう言った。


 


「勇者よ。世界を脅かす存在である魔の王を討ち取るのだ」


 


と。


思えば、長い道のりだった。


何人もの犠牲者という極悪人のような所業により召された勇者。


 


曰く、英雄は大量殺戮の象徴である


故に、大量の死体を対価として成長速度を上げることができる


 


曰く、英雄は正義である


故に、英雄のために身をささげることは誉である


 


 


勇者という英雄は、こうして誕生するにいたる。


 


勇者は、一言返事をしたのちに旅立った。


 


本当は勇者なんて呼びたくなかった。


誰だって奴を必要としている訳が無かった。


 


人間と魔族は共存できていたのだ。


むしろ、魔族なんて言わずに、同じ人間として一括りにして。


仲良くやってきた。


 


もちろん、結婚もするし。


人間と魔族で一緒に国を作った者もいたのだ。


 


それほど仲が良く。


ずっと平和が続くのだろうと思っていたのだ。


 


 


 


なのに。


 


あるとき、神殿に女神からのお言葉が降りた。


 


 


曰く。


あの魔族どもはこの世界の膿である。


よって、これより勇者を召喚し、魔の王を打ち滅ぼせ。


 


 


と伝えられたそうだ。


 


 


もちろん、神官には魔族の方もいた。


その場で縄で身動きを取れなくさせられた彼らは、地下牢に閉じ込められた。


 


 


その報告は、すぐに王である私にも届いた。


 


何を言っているのか私には分からなかった。


何が起きているのか私には分かってしまった。


 


あぁ。この平和な世界になんて酷なことをするのだろうか。


 


だが、私たちではとうてい敵わない存在である神々に反抗できる者などいない。


 


 


魔族と話し合うことになった。


既に、皆は同じ人間として生活していたのに。


いきなり魔族と言われ始め、彼らは差別をされていると自覚していた。


 


会談では、女神のお言葉に対して話し合いが行われた。


 


魔族として生きるしかなくなってしまった彼らは、寂しそうに決められた魔族領に送られたいった。


 


ほとぼりが冷め、女神から滅ぼすという内容の言葉が変わりさえすれば、誠心誠意謝罪してまた仲良くなれるために頑張ろうと私たちは話し合った。


 


魔族領に送られる人間の手紙。


 


恋文や、夫婦のものが多い。


 


あぁ。なんて酷なことをするのだろうか。


 


 


 


 


それから、女神からは内容を撤回するものではなく、彼ら全てを滅ぼせとのお言葉を頂戴した。


 


 


 


勇者の召喚が始まった瞬間である。


 


勇者の召喚のために身をささげるものなどいなかった。


 


 


仕方ないので犯罪者を全て生贄とし、その他は借金を払えなくなって奴隷に落ちたものを生贄とした。


 


 


それでも足りなかった。


 


人間同士の戦争が始まり、多くの犠牲が出た。


その犠牲さえも生贄に捧げる。


 


私たちは何をしたいのか分からなくなる中、ただただ盲目的に勇者の召喚を行った。


 


 


 


ここで冒頭に至る。


 


私は勇者の召喚に成功した。


 


殺すように命じ、あとは待つだけだった。


 


 


 


半年が過ぎたころ、勇者とその一行はこの王城に帰還する。


 


勇者の目は生き生きとしている。


しかし、他の一行は目が死んでいて生気が無かった。


 


料理を出せば吐いてしまう。


話しかければ耳をふさいでうずくまる。


 


精神がやられてしまったのだ。


 


勇者はどのように魔族を滅ぼしていったのかを事細かに私に報告する。


 


頑張ったという一言。


人殺しを頑張った彼。


 


だが、私は何も言えない。


 


 


だってそうだろう。


 


ー私たちが彼をこの世界に呼んだのだからー

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