雑話:インフレ



「だーかーらー!!」


 冒険者ギルドの受付カウンターで、人相の悪い冒険者を相手にフランカさんが声を荒げる。


「これ以上の金額では買い取れません!!」

「ふざけんな! 昨日まではもう少し高かっただろ!」

「昨日は昨日、今日は今日です! その金額で納得が出来ないのなら売って頂かなくて結構ですのでお帰り下さい!」


 堂々とした態度で一歩も引かないフランカさんにイラついたのか、人相の悪い冒険者は受付カウンターに右拳を勢いよく叩きつけながらフランカさんを睨む。


 最近、俺たちが治癒士を探しに冒険者ギルドに来ると、魔物の魔石や素材の査定内容で冒険者たちと受付嬢たちが言い争っている光景をよく見かけるようになった。

 というのも、終戦後、タスク兄が各国の王様たちと各大陸の冒険者ギルド本部にダンジョンの攻略法をばら撒き、魔物の魔石や素材の流通が多くなったことで売価が大幅に下がったのが原因だ。


 俺は売価が下がった事が悪い事とはどうしても思えない。

 それどころか、魔道具の燃料である魔石の流通が増えて国の人たちはが助かってるから良い事だと思う。


 確かに魔石や素材を売って生計を立てていた冒険者の人たちは困るかもしれないけど、もっと上のダンジョンでもっと良い魔石や素材を取ってくれば言い争う事も無くなるのに。


「いい加減にしろよ! こっちにも生活が懸かってんだ!」


 人相の悪い冒険者はギルド内に響き渡るほどの怒声を上げながら、掴み掛かりそうな勢いでフランカさんに迫る。

 余りにも見ていられなくなった俺は、激昂している人相の悪い冒険者へと近寄っていき、背後から肩を叩いた。


 すると人相の悪い冒険者は勢い良く振り返りながら――。


「あ゛!? ガキが、何の用……で……すか?」


 怒鳴った……のだが、俺の顔を見た途端、徐々にその怒声は尻すぼみになっていき、終いには敬語になっていった。


「どうかしたの?」


 首を傾げながら聞く俺に、人相の悪い冒険者は「何もないです」とだけ答えると、カウンターの上に置かれていた魔石を持ち、逃げるようにして帰っていった。

 俺がその後ろ姿を眺めていると、フランカさんが受付カウンターから出て来て頭を下げる。

 

「助かりました! ありがとうございます!」

「いえいえ。元はといえばタスク兄のせいだし」

「あはは。ところで、今日はカトル君一人なんですか?」

「うん。フェイとポルは屋敷で戦ってるし、虎鐵兄は修行に行って参る! とか言ってどこかに行っちゃったから」

「そ、そうなんですね。あ、これをどうぞ」


 フランカさんは若干顔を引き攣らせながら、三十枚はあろうかという加入申請用紙の束を手渡してくれた。

 俺はそれを受け取ると、ギルド内に設置してあるテーブルの方へと歩いて行き、果汁片手にペラペラと捲っていく。


 うーん……パッとする人が居ない……。

 やっぱりタスク兄の言ってた通り、他のクランからの引き抜きとかの方が良いのかな? でもなあ……。


 加入申請用紙を捲りながらうんうんと唸っていると、俺の座っていたテーブルの椅子が引かれ、隣に誰かが座る。

 俺はその事を気にも留めず、ひたすら加入申請用紙を眺めていると、隣に座った人物に話しかけられた。


「オメーは確か『侵犯の塔』のカトルだったよな?」


 声のした方を向くと、そこには両側を刈上げた長い銀髪の男がテーブルに肘を付き、足を組んで座っていた。


「はい。確か『銀狼』のエドラルドさんでしたよね?」

「おう! 覚えててくれたのか! エドで良いぜ!」

「わかりました」

「それはそうと、最近の『侵犯の塔』は大活躍してるそうじゃねえか! ええ?」

「そうでもないですよ」

「『千年孔』の氾濫を鎮圧して、魔人種との戦争を終わらせた挙句、ダンジョンの攻略法を公開したことのどこがそうでもないんだ?」

「全部、タスク兄たちがした事ですから」

「謙遜すんなって! じゃねえとお前の顔見て、逃げ出す奴が居る訳ねえだろ」

「見てたんですか?」

「おう!」


 それなら止めてくれれば良かったのに。


「そんなに睨むなって。見てたって言っても途中からだ!」

「そうですか」

「それで? 今日はタスクは一緒じゃねえのか?」

「はい。なんか、デカい竜を連れてくるかもとだけ言い残して、昨日出て行きましたから」

「デカい竜? 今度は何をしようとしてんだ?」

「北の大陸に行こうとしてますよ」

「はあ!? 北の大陸だあ!?」


 ギルド内に響き渡るほどの声を上げたエドさんは、座っていた椅子を後ろに倒しながら勢い良く立ち上がる。

 周りでは俺とエドさんの会話を盗み聞きしていたのであろう冒険者たちが目を丸々とさせながらこちらを見ていた。


「本当に行くのか?」

「はい」

「そうか……」


 一瞬、表情を曇らせたエドさんは後ろに倒した椅子を立てて腰を掛けた後、真剣な面持ちで口を開いた。


「カトル。タスクは何か言ってなかったか?」

「何かって、何ですか?」

「あー、その、俺たち『銀狼』の事とか、同盟の事とかさ」

「俺は何も聞いてませんね」

「そうか……。それじゃあ、俺は帰るわ。またな」


 少し残念そうにするエドさんは椅子から立ち上がると、冒険者ギルドを出て行った。

 俺はその背中を見送り、加入申請用紙に視線を落とす。



 その後、加入申請用紙を見終わった俺は屋敷へと帰った。


「「おかえりなさいっ」」


 玄関ホールにはアン姉とキラ姉が立っており、誰かの帰りを待っているように見えた。


「ただいま! 何してるの?」

「タスク様を待ってますっ!」

「断られたら今日帰ってくるって言ってたのでぇ」


 本当にアン姉とキラ姉はタスク兄が好きなんだな。

 タスク兄、かっこいいもんね。


「そうなんだ! 他のみんなは?」

「フェイちゃんと、ポルちゃんと、虎鐵さんは居ますよっ」

「ヘススさんと、ゼムさんと、ロマーナさんと、ぺオニアさんも居ますぅ」

「ミャオ姉たちは?」

「ミャオさんとリヴィさんはシャルマーに行ってますっ」

「ヴィクトリアさんはグランツメア王都に行ってますよぉ」


 シャルマーって、確かミャオ姉の故郷だったはず。

 そっか……みんな里帰りしてるんだ。

 珍しくタスク兄が一週間も休みをくれたからなあ。


「そっか!」

「あ、カトルくんっ! ご飯できてますよっ!」

「ありがとう! 食べる!」

「用意しますねぇ」


 みんなが居ないんだったら何しようか、と考えながらダイニングまで歩いて行き、扉を開ける。

 そこにはフェイ・ポル・虎鐵兄が座っていた。


「おかえりなサイ!」

「おかえりー」

「おかえり!」

「ただいま!」

「「どう(デスか)?」」


 首を傾げながらフェイとポルが今日の成果を聞いてくる。


 俺はそれに答えるように首を横に振ると、フェイとポルはしょんぼりとしていた。

 そこへ虎鐵兄が近付いてくると、フェイとポルの頭の上に手を置きながら、口を開く。


「急ぐことは無い。その内、見つかろう」

「「そうだね(デスね)!」」


 フェイとポルはそう言うと、いつも通りに笑う。

 その時、ふと冒険者ギルドでの出来事を思い出したので、三人に話してみることにした。

 

「あ、そうそう。今日も冒険者ギルドで冒険者とフランカさんが査定で揉めてたんだよね」

「またー?」

「ここ最近、多いデスよね」

「フランカとは……誰だ?」

「赤髪の受付嬢さんだよ! いい加減、覚えてあげなよ!」

「あい、すまん」

「でさ、三人はどう思う?」

「うーん、よくわかんないけど、冒険者がわるい! 気に入らないならもっと上のダンジョンに行けばいーと思う!」

「そうデスね。ワタシもそう思いマス」

「某は事情を知らない故、何も言えん」



 虎鐵兄は別として、やっぱりそう思うよね。


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