雑話:武器の名前
『キンッ、キンッ、キンッ』
アダマント鉱石を叩く音が響く。
アダマスドラゴン戦後、屋敷に戻るや否や俺はゼムに手を引かれ鍛冶場へと連行されていた。
その時のゼムは新しいオモチャを買って貰った子どものような目をしており、とてもじゃないが断れる雰囲気ではなかったのだ。
まあ、気持ちはわからんでもない。
俺もIDO時代のサブキャラは鍛冶職だったからな。
新たな素材を手に入れたら、とりあえず使ってみたくなるんだよなあ。
などとIDO時代の事を思い出していると、一つ気になる事が頭に浮かんだ。
「なあ、ゼム」
「…………」
「おーい!」
「…………」
うん、ダメだね。
聞こえちゃいない。
俺はゼムを放って鍛冶場を後にしようとした。
丁度その時、アダマントを叩く音が止んだ。
「呼んだか?」
「ああ」
「なんじゃい」
「ゼムってさ、名前つけないの?」
「名前?」
「ああ。製作者は武器や防具に名前を付けられるだろ?」
これはIDO時代からの仕様で、自分が作った武器や防具には好きな名前を付けられる。
特段、何が変わったりするわけではないのだが、中には好きなキャラクターの名前や厨二チックな名前を武器に付ける者が居た。
……俺じゃないよ? 俺の元クランメンバーだよ。
「付けられはするが……付けた方が良いのか?」
「俺はどっちでも良いけど、今使ってる【オレカルの大盾】がまんまだったから聞いてみただけだ」
「なるほどな。ワシは名前を付けたりするのは苦手なんじゃ。もし名前を付けて欲しい奴が居れば、お前さんが言っといてくれ。聞いた通りの名前で仕上げてやるわい」
「ん。わかった」
俺は鍛冶場を後にして、ダイニングへと足を運ぶ。
扉を開くとそこにはミャオ・リヴィ・ヴィクトリア・ヘススの四人が居た。
「なあ、聞きたい事があるんだが新しい武器に名前を付けたい奴は居るか?」
「名前ッスか?」
「ああ」
「はいッ! アタシはカッコいいのが良いッス!」
ミャオは勢いよく手を上げて答える。
「……私は何でも良い。」
「私も特に拘りは無いですわ」
「拙僧もである」
ミャオとは裏腹に三人は特にといった様子で答えた。
「了解。ミャオ、ゼムに言ったら好きな名前を付けてくれるらしいぞ」
「本当ッスか? 行ってくるッス!」
「……あ、待って。」
リヴィの制止も聞かずミャオはダイニングの扉を開け、駆け出していった。
それを追いかけるようにリヴィも出て行く。
二人が出て行った後、残った二人と雑談をしながら少し書き物をしているとダイニングの扉が開き、外で遊んでいたフェイ・ポル・カトルの三人が入って来た。
三人は災害蜂を相手に戦っていたようで、一方的にボコられたのかテンションが低い。
そらそうだ。
恐らくだが、災害蜂は難易度七等級~八等級のボスくらいの強さはある。
そんな奴に良く挑もうと思った物だ。
俺も戦りてえな。
「おかえり」
「「「ただいま(デス)……」」」
「丁度良かった。三人は武器に名前付けたいか?」
「武器に名前デスか?」
「そ。名前」
「付けられるの?」
「ゼムに言ったら好きな名前を付けてくれるってよ」
「ほんとー?」
「ああ」
俺が頷くと三人は顔を見合わせて「行こうぜ!」と言いながらダイニングを出ていった。
それと入れ違いでボロボロの泥まみれ状態で虎鐵がダイニングに入ってくる。
「只今、帰った」
「おかえ――って、汚ッ! お前、風呂行けよ。アンとキラに怒られるぞ」
「む? こんなに汚れていたとは気付かなかった。やはり地べたで昼寝はいかんな」
「そんなだから寄生蠕虫に体ん中食われるんだよ」
「フハハハハ。もっともだ」
「学習しろよ。あ、そうだ。虎鐵は新しい武器に名前付けたいか?」
「無論」
「じゃあ、風呂あがったらゼムのとこ行けよ。武器に名前を付けてくれるってよ」
「誠か? では、今から行くとしよう」
「人の話聞いてたか? 風呂あがってから行け」
「あい、わかった」
虎鐵がダイニングから出て行ってすぐ、廊下からアンとキラの怒声が響いてきた。
完全に自業自得である。
それにしても武器の名前の件は後回しで良いかな、とも思ってたが聞いてないのはロマーナとぺオニアだけになったな。
もう先に済ませとくか。
俺は書き物をインベントリ内に仕舞い、ロマーナの部屋へと向かう。
地下への階段を降り、扉の前に立つと“立ち入り禁止”の張り紙が貼られていた。
俺はその扉を鬼のようにノックする。
すると扉が勢いよく開き、如何にも不機嫌そうなロマーナが顔を出した。
「五月蠅い。誰だ?」
「俺だ」
「……仕返しか?」
「そうだが、そうじゃない。用があって来た」
「何だ?」
「ゼムが新しい武器に名前を付けてくれるそうだぞ」
「何か特別な効果でもあるのか?」
「ある」
「何だ?」
「愛着が湧く」
「他には?」
「無い」
「…………」
ロマーナは何も言わず、バタンと勢いよく扉を閉める。
まあ、予想通りの反応だな。
聞きに来ないという選択肢もあったのだが、いつも夜中に興味の無いことで叩き起こされるのだ。
偶には仕返しをしてもいいだろう。
俺は階段を上がり、玄関から外へ出る。
そして庭にあるぺオニア専用の家の扉をノックした。
すると中から「はいはーい」と声がした後、ガチャリと扉が開く。
「どうしました?」
「今、大丈夫か?」
「はい! 丁度、一段落付いたところだったので」
「なら良かった。ぺオニアは武器に名前を付けたいと思うか?」
「うーん。そうですねー……どちらでもいいですけど、可愛いかったら付けてあげたいです!」
「なるほどな。って言うかぺオニアの武器って結局何にしたんだ?」
「私はグローブにしましたよ!」
拳主体で戦うヴィクトリアやぺオニアには武器の選択肢が多い。
グローブを始め、指輪・クロー・メリケン・腕輪・ドリル・手甲・素手などなど。
まあ、戦闘スタイルや職業に合わせて武器の性能は自由に作る事ができるため、見た目で装備を決める人が殆どなのだが。
しかーし中には例外があり、ぺオニアはその例外だ。
「へえ。ヴィクトリアと一緒にしなかったんだな」
「一緒にしたかったのは山々なんですけど……」
「あー、そうか。無理なのか」
「そうなんですよ! ヴィクトリアさんは<拳闘士>のパッシブスキルで拳が強化されていますけど、私は素手なので殴ると痛いんです!」
そう、ぺオニアは拳で戦いはするが<拳闘士>のようにスキルで拳を強化が出来ない。
よって武器で拳を守るしかないので、見た目で武器を決められないのだ。
「タスクさん! 何とかなりませんか?」
「無理だろうな。痛み止めとか飲んで殴ってみる?」
「……諦めます」
「だよな。で? どうする? 武器に名前を付けたいならゼムに言っとくぞ?」
「いえ、今回は大丈夫です!」
「そうか」
用事も済んだので、俺は屋敷の中に戻る。
そしてダイニングの扉を開けて中に入ると、ミャオ・カトル・ポル・虎鐵の四人が満面の笑みを浮かべていた。
「お前ら、頼んできたの?」
「もちのろんッス!」
「頼んできたよ!」
「たのんだ!」
「無論」
その時――フッと嫌な予感がした。
この世界には“厨二病”という概念が無い。
無いが故に……怖い。
こいつらが一体どんな名前を付けたのか、気になって気になって仕方がない。
もし武器の名前や独自の技名をダンジョン内で叫んだりする痛い子になってしまったら……。
もし奇跡的に厨二病が発症したりしたら……。
……ミャオと虎鐵はどうでも良いが、カトルとポルだけは許容できない。
我慢できん。
聞きに行こう。
自分で武器に名前が付けられると言っといて何だが、これはカトルとポルのこの先に関わる問題だ。
俺は書き物をテーブルに広げていたが、それを仕舞い立ち上がる。
すると、俺が着ている上着の裾をミャオが掴んだ。
「どこ行くッスか?」
「トイレだ」
「嘘ッスね」
こいつ。
「ええい! 離せえい!」
俺がミャオの腕を振りほどく。
刹那、ミャオが消えた。
「逃がさないッスよ」
声がした方を向くと、ミャオはダイニングの扉を背にして立っていた。
「お前、俺を止められると思ってんのか?」
「悔しいッスけど止められないッス…………アタシ一人ならの話ッスけどね!」
そう言うと、ガタッとカトル・ポル・虎鐵の三人が立ち上がり、ミャオの隣へと移動した。
「お前らまで……上等だコラ! 力尽くで通してもらうぞオラ!」
「行くッスよお!」
「タスク兄! 勝負!」
「おいでっ! デスビィくん!」
「参る!」
その後、アンとキラにめちゃくちゃ怒られた。
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