番外編:クリスマス



 羊歯状の雪の結晶が降る夜。


 今日はクリスマス。


 人々の行き交う街の中に立ち並ぶ木々はイルミネーションでライトアップされ、心なしかカップルが多い。

 もちろん、この世界にキリストの聖誕祭であるクリスマスなどという文化は無く、イルミネーションはIDO時代からの仕様である。


 そんな綺麗な景色の中を歩く三つの影があった。


「ねえ~? 腹減らなあ~い?」


 そう言う男は黒いローブを身に纏い、気だるげに歩くローパ。

 手元でクルクルと長針を回しながら隣を歩く二人の人物に声を掛ける。


「減った」


 ローパの問いにそう返す男は、身長が二メートルを優に超えている筋骨隆々の大男ドーサ。

 サイズの合っていない今にもはち切れてしまいそうな服の上から腹部を摩っている。


「ローパ、ドーサ。貴方達は我慢と言うものを知らないのですか?食べ物が欲しいと言ったり、着る物が欲しいと言ったり、武器が欲しいと言ったり……。我々はお尋ね者なのですよ?」


 ローパとドーサの二人を呆れ顔で諫める白い祭服を着た男はモーハ。

 片目に付けたモノクルをクイッと持ち上げながら辺りを見渡している。


「元はと言えばあ~? 俺っちたちが捕まったのってえ~、全部モーハっちが原因じゃ~ん?」

「何を言いますか。貴方達が『侵犯の塔』の咎人風情に負けていなければ捕まることは無かったでしょう」

「まあ~ねえ~」


 ローパは両腕を頭の後ろで組み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 その隣を歩くドーサも口角を吊り上げながら「ヴィクトリア」と言う言葉を繰り返し呟いていた。


「クフフッ。いずれまた『侵犯の塔』の方々とは相見える時が来るでしょう。その時は……」

「わかってるよお~。そん時はあのオモチャ二人は俺っちに頂戴ねえ~?」

「俺はヴィクトリアと戦る」

「ええ、ええ。わかっています。わかっていますとも。貴方達の言う咎人共はどうしようが貴方達の勝手です。ただ――」


 モーハは自分の両頬に手を当て、恍惚とした表情を浮かべる。


「タスク様。あの御方に手を出すことだけは貴方達でも許しません。あの御方は男神様に御寵愛を受けたこの私よりも御強い。間違いなくあの御方も男神様の御寵愛を受けている事でしょう。そんな御方が間違った道を進まれているなら、この私が正しき道へと導いて差し上げなければなりません。ああ、タスク様。また相見える時が愉しみです。クフフフフッ」


 不気味に笑う三人は、道行く人々から向けられた視線などどうでもいいと言わんばかりに歩く。

 そして――。


「ねえ~? 腹減らなあ~い?」


 会話がループする。

 


 その後、何度か同じようなやり取りを続けた三人は一軒の家の前に立っていた。


 イルミネーション煌めく大通りから外れた裏通り。

 家の中からはおいしそうな臭いがしている。


「ここでいいかあ~」


 ニヤリと笑うローパはガチャリと家の扉を開けた。

 すると家の中から「いらっしゃいませ!」という子どもの声が響く。


 そこは古くなった長方形のテーブルが三つ、その周りには年季の入った椅子がテーブルを囲むように並べられているだけの小さな食堂だった。


 食堂内に客はおらず、ローパとモーハが適当な椅子に座り、ドーサは近くの地面に座る。

 そして少しすると手に紙と羽ペンを持った十歳前後の女の子がトコトコと三人に近付いてきた。


「ご注文は何にしますかー?」

「ん~。俺っちは魔兎の焼肉でえ~」

「俺は魔猪を頼む」

「貴方達は本当に……。何故、魔物を食べようと思うのか私には理解できません。あ、私は野菜盛りをお願いします」

「はーい! 少々お待ちくださーい」


 注文を聞き終えた女の子は厨房へと走っていく。

 

「だってえ~、肉を食べないと力でないでしょお~? ねえ~、ドーサっち?」

「その通りだ」

「野菜盛りだけで十分でしょう。現に私がそうではありませんか。魔物を食べるのを止めろとまでは言いませんが、せめて獣にしては如何ですか?」


 因みに、『魔物』とは“体内に魔力を持った人と定められていない生物”を一括りにした名称であり、魔力を持たない魔物は魔物にあらず『獣』と呼ばれている。

 

「どっちも変わんないでしょお~?」

「見た目は変わりませんが、魔物風情の魔力が少しでも体内を巡ると考えただけでも吐き気がしますね。もしも、それが原因で人で無くなったら自害しますよ。私」

「モーハっち神経質すぎい~」


 そうこう話していると三人の前に料理が運ばれてくる。

 そのどれもに何やら見慣れない物が載っていた。


「ん~? これは何い~?」

「あ、それは私が焼いたお菓子です!」

「なんでお菓子い~?」

「一年前に来てくれたお客さまから聞いた話なんですけど、くりすますの日に良い子にしているとサンタさんって人がプレゼントをくれるらしいんですよ! それで、今日がそのくりすますの日なのでそのお菓子をサービスで付けてるんです!」

「へえ~。じゃあ~、サンタって人からプレゼントをもらえるといいねえ~」

「はい!」


 ニコッと笑う女の子がサンタのお菓子が載せられた料理をせっせと並べていた――その時。

 大きな音を立てて食堂の扉が開かれた。


「随分シケてんなー? ええー?」


 そう言いながら入って来たのは後ろに九人の取り巻きを連れている、見るからにガラの悪そうな大柄の男だった。

 大柄とはいえ身長二メートルを優に超えたドーサには届かない。

 あってせいぜい百九十センチそこらだろう。


 男たちはズカズカと食堂内に入り、ドカッと椅子に座る。

 そこへ料理を並べ終わった女の子は恐る恐る近付いて行った。


「い、いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか?」

「酒」

「何のお酒にしますか?」

「あ゛!? 酒は酒だ! この店にある酒を全部持ってこいや!」

「こ、困ります。他にもお客さまが来るかも――」


 言葉の途中で大柄の男は額に青筋を浮かべ立ち上がると、女の子の胸倉を掴んで持ち上げた。


「ごちゃごちゃとうるせえ。酒と言ったら酒だ。いいから全部持ってこい」


 大柄の男はそう言いながら女の子に顔を近付け凄む。

 女の子が目尻に涙を浮かべる中、周りで見ていた取り巻きはゲラゲラと下品に笑っていた。


 その時――ドーサがスッと立ち上がり口を開く。

 

「離せ」

「あ゛!? 誰に向かって……ッ!?」

 

 ドーサを見た大柄の男とその取り巻きは一様に驚いたような表情を浮かべた。

 先ほどまで座っていたため、ドーサの常人離れしたデカさに気付かなかったのだろう。


「離せ」

「わ、わかった」


 大柄の男が女の子を離すと、女の子は逃げるように厨房へと駆けて行った。

 それを横目にズンズンとドーサは大柄の男に近付く。


「な、なんだよ? もう離したからいいだろ? なっ?」

 

 ビビっている大柄の男の目の前までドーサが近付いた――その隣でコッソリと取り巻きAが武器を抜く。


「それは見過ごせないねえ~」


 刹那、気配を『メルトエア』で消していたローパが武器を抜いた取り巻きAの首に長針を刺した。

 長針は取り巻きAの首を貫通し一撃で絶命する。


『ッ!?』


 その一瞬の出来事に他の取り巻きたちと大柄の男は目を丸くして驚く。

 と、同時にグシャッという何かが潰れる音がした。


 音がした方へと大柄の男と取り巻きたちが視線を向ける。

 そこには『マグナム・メドゥラ』を発動させた拳を振り下ろしたドーサと、頭部が潰れたトマトのように成り果てた取り巻きBの姿があった。


 言葉を失う大柄の男とその取り巻き七人。


 そんな中、モーハが大粒の涙を流しながら立ち上がる。


「ああ、男神様。私めをお許しください。このが人間である女児の胸倉を掴むなどという蛮行を許してしまった。どうか! どうか、お許しくださいませ!」


 そう、大柄の男とその取り巻き九人はモーハの言う咎人、獣人だったのだ。


 ただでさえ人種以外を殺したいほど嫌っているモーハだが、お尋ね者である今、問題を起こすまいと自我を抑えていた。

 しかし、この獣人である大柄の男は選りにも選ってモーハの目の前で人間種である従業員の女の子に手を上げてしまったのだ。


「ローパ、ドーサ。その咎人共をさっさと“お救い”して差し上げますよ」


 <空属性魔法>スキル『エアリアルカッター』:強力な風の刃を飛ばす。


 ――発動。

 モーハの周りで『エアリアルカッター』がヒュンヒュンと音を立てて舞う。

 その隣ではドーサが『ファスト・ステージ』を発動させた。


「あ~あ~。ドーサっちとモーハっちが居たらすぐ終わっちゃって愉しめないんだよなあ~」


 愚痴をこぼしながら『ジールケイト』を発動させたローパはニヤァと笑う。



 ………………。

 …………。

 ……。



 数分後、厨房へと逃げ出した女の子が店主である父親を連れて戻って来ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。


 先程までは薄茶色だった木製の壁は鮮血で真っ赤に染まり、古いテーブルの上には獣人と思われる生首が七つ並べられている。

 生首の主であろう首の無い体が地面に転がっている中、返り血に塗れたままの三人が料理を食べていた。


 あまりの光景に父親は嘔吐する。

 しかし、隣に居た女の子は三人の方へと駆け寄った。


「あのっ!」

「「「?」」」


 料理を頬張りながら振り返る三人。


「助けてくれてありがとうございました! ……その、もしかして、サンタさんですか?」


 血で真っ赤に染まったモーハの祭服を見て、女の子はそう問いかけた。

 するとローパは爆笑しながら女の子の頭の上にポンと手を置く。


「あはははは~。それじゃあ~、プレゼントあげないとねえ~」


 ローパは立ち上がり女の子に大きな袋を渡す。

 受け取った女の子が袋を開くと、中には大量のお金が入っていた。

 

「ごちそうさまあ~。お菓子、美味しかったよお~」



 料理を食べ終えた『殺人一家』の三人は闇の中へと姿を消した。


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