百三十話:鉱山竜アダマスドラゴン(下)

 


 振り下ろされた大太刀が止まる。


 水晶には細く小さな傷が付いており、そこからサラサラと粒子が漏れ出していた。


「ふっ、フハハハハ! 斬れた! 斬れたぞカトル!」


 虎鐵さんはニィと片方の口角を上げ、大太刀を持っていない方の拳を俺に向ける。


「虎鐵さん、ナイスです!」


 俺は前に拳を突き出し、それに応えた。

 そして俺は水晶に付いた傷を指さし叫ぶ。


「ミャオ姉! あそこにパワーショット!」

「任せるッスよ!」


 ミャオ姉は即座に弓を構え、矢を放つ。

 放たれた矢は吸い込まれるようにして傷に当たり、鏃の部分が水晶に突き刺さった。


「刺さったッスけど、なんか虎鐵さんに負けた気分ッス」

「ふっ、某でも斬れたんだ。お主もすぐ射貫ける」

「……。次は負けねーッス」


 ミャオ姉は目を細め悔しそうに虎鐵さんを見る。


 その時、俺の心の中で“嬉しい”という感情が込み上げてきた。


 決してミャオ姉が悔しがってるのが嬉しかった訳じゃない。

 俺は、いや……俺たちはタスク兄たちをどこか遠くに感じていた。

 タスク兄たちは強くって、かっこよくって、頼りになって……すごく遠かった。


 だけど今、俺が指示を出し、フェイが攻撃を引き付け、虎鐵さんがミャオ姉やヴィク姉ですら傷付けられなかった水晶に傷を付けた。


 たった、それだけ。

 それだけ……なんだけど、すごく嬉しい。


 ……タスク兄、俺、愉しいよ。

 もっともっと戦いたい。

 タスクさんたちと一緒に。


「ヴィク姉!! マグナム・メドゥラ!!」


 俺がそう言う時には既にヴィク姉は突き刺さった矢の目の前まで移動しており、拳を大きく振りかぶっていた。


 ヴィク姉は横目で俺を見ながらクスッと笑うと、矢筈を目掛けて拳を前に突き出す。



 拳は矢を押し込み、深々と刺さった。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 『グオオオオオオオオオオ』


 アダマスドラゴンが悲鳴にも似た声を上げる。

 恐らくだが、アタッカー組の誰かがクリスタルに傷でも付けたのだろう。


 にしても、早かったな。

 背中のクリスタルはアダマスドラゴンの中でも一番硬い部位だ。

 みんなが装備しているオレカル製の武器で傷を付けるのは簡単な事じゃない。

 最悪、傷付けられなかった時のためのプランも用意していたんだが……必要なさそうだな。


「お前の相手は俺だぞ」


 背中のクリスタルの方へと首を回そうとしたアダマスドラゴンに向け『フォース・オブ・オーバーデス』を放ち、敵意ヘイトを俺に向けさせる。

 するとアダマスドラゴンはギロリと俺を睨み、大きく息を吸い込むと青いブレスを吐いた。


 俺は大盾に体を密着させて腰を落とし、『グランドプロテクシールド』・『オーバーガード』・『イージス』を同時に発動させる。

 そしてブレスが被弾するタイミングに合わせて『インパクト』を発動させ、ブレスの勢いを弱めた。


 しかし、まあ、これだけスキルを発動させてもダメージが通ってんだけどね。


 今のようにブレスを食らえば熱で火傷する。

 首を縦に振り下ろされれば足が地面に埋まり、どこか骨にヒビが入る。

 首を横に振られれば吹っ飛ばされた挙句、どこかの骨が折れる。

 その他にも首を突き出して突進してきたり、引っ掻いてきたり、噛みついてきたり、長い尻尾を振り回してきたり、といくつか攻撃方法があるが、そのどれも怪我を負う。


 うーん、さすがレイドボスって所か。

 アタッカー様、早く倒しちゃってください。

 自業自得とはいえ、フェイが居ない今スイッチ出来る人が居ないんでお願いします。


 懇願する俺を無慈悲な横薙ぎが襲う。

 先ほど使ったスキルのリキャストタイムが開けていないため、アダマスドラゴンの足元へと大盾をぶん投げ『シールドアトラクト』を使って横薙ぎを回避。


 しかし、足元へ避難した俺を前脚の鉤爪が襲う。

 引っ掻かれる瞬間にタイミングを合わせ『パワーバッシュ』を発動させパリィ。


 勢いは殺せたが、相も変わらず俺は吹っ飛ばされた。

 そこへ叩き潰さんとばかりに首を振り下ろしてくる。


 『オーバーガード』のリキャストがあと一秒ちょい。

 間に合う……か? あ、無理。


 俺は咄嗟に『シールドバッシュ』を発動させ、迫ってくるアダマスドラゴンの頭部をかち上げる。

 初撃時同様、俺の足が地面の細砂に埋まり腕の骨にヒビが入った。

 しかし同時にヘススの『ハイヒール』が俺に掛かり傷が癒える。


 ほんとありがてえ……。

 回復のタイミングが完璧だよ。

 最初の面接でヘススを選んどいてよかったわ。


 アダマスドラゴンの攻撃を防ぎながら、そんなことを思っていると遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。


「タスクさーん!」


 声のした方を一瞥すると、ぺオニアが立っていた。

 攻撃範囲外だけあって結構距離が離れているので俺は大声で返す。


「ん? どしたー?」

「背中の水晶がもうすぐ割れるかもだそうでーす!」


 うし! ……と喜びたい所だが、そうはいかないのがアダマスドラゴンだ。

 コイツはHPが一割以下――つまり瀕死になると馬鹿みたいに暴れまわる。

 それも、ただ暴れまわるだけじゃない。


 ブレスを無作為にながら暴れまわる。 

 先ほど『グランドプロテクシールド』・『オーバーガード』・『イージス』・『インパクト』の四スキルを使ってたったを防いだブレスをだ。


「わかったー! じゃあ、背中に乗ってない組は遠くまで退避しとけー! ヘススはアダマスドラゴンが吠えたら退避だー!」

「わかりましたー!」


 ぺオニアが走り去っていくのをチラッと確認しながらリキャスト開けの『フォース・オブ・オーバーデス』を発動させた――その時。


 え? もうッスか?


 アダマスドラゴンが首をグググッと起こし始める。


 早くない? それともぺオニアが報告しに来た時、既にボロボロだったとか? とにかく、今は――。


「ヘスス!! 逃げろ!!」


 俺が叫んだと同時にアダマスドラゴンの首は空に向けピンと伸び切った。



 『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 うるさッ!


 俺はあまりの音量に両耳を塞ぐ。

 その時、俺の手に生暖かい物がヌチャッと付いた。

 何かと思い、両手を見てみると血液で真っ赤に染まっている。


 ……ハハハ。

 マジかよ。


 俺はヘススの居た方を見てみると――離れた場所で倒れていた。


 やっぱり『サウンドブレス』か。

 IDO時代は使えなかっただろ、お前……。

 それは反則では……?


 『サウンドブレス』とは音を飛ばして聴覚器官や脳にダメージを与えたり、物体を破壊する事が出来る一部竜種の固有スキルだ。


 受ける側は<RES抵抗力>依存。

 ヘススの<RES抵抗力>はC-……。

 多分、背中に乗ってる全員が気絶してる。



 控えめに言って、最悪だ。

 知らなかったとはいえ、完全に俺のミスだ。



 先ほどまでのゆったりとした動きが嘘だったかのようにアダマスドラゴンはドンッ、ドンッ、と短い脚で地面を何度も踏み、口からブレスを吐き散らす。

 すると吐き散らすブレスの一本が俺の方へ飛んできた。


 『グランドプロテクシールド』・『オーバーガード』・『イージス』発動。


「あっぢィ!」


 クッソ。

 咄嗟の事で『インパクト』までスキルが回らなかった。

 ……やべえな。

 このままじゃジリ貧だ。


 俺はブレスが飛んでこないことをお祈りしながらインベントリに手を突っ込み、治癒のポーションを取り出すと一気に中身を呷る。

 ヘススの『ハイヒール』より回復は格段に遅いが無いよりマシだ。


 さて……ここからどうするかね。



 1.背中のみんなが気絶しておらず、このまま倒してくれる事を信じる。


 2.攻撃を防ぎつつ、ヘススを起こしてアタッカー組と合流させる。


 3.とりあえず瀕死だろうし俺が攻撃してみる。


 4.祈る。


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