百十九話:モジャモジャ



 『ドンッドンッドンッ』


 朝っぱらからノックの音が響き渡る。


 チッ。

 またかよ。


「うるせえ!何時だと思ってんだコラ!」

 

 俺は勢いよく扉を開けて叫んだ。

 しかし扉を開けた先には誰も居らず、頭の上に疑問符が浮かべて首を傾げる。

 その時、足元から小さく「うぅ」と聞こえたので下を向くと、デコを押さえながら涙目をしたフェイが蹲っていた。


「ごめん?」

「ハイ。こちらこそ、朝早くからごめんなサイ」

「いや、大丈夫だ。またロマーナかと思って勢いよく開けちまった」

「エ?また?」

「いや、なんでもない。気にするな。それで?どうしたんだ?」

「お客様デス」

「は?」


 こんなに朝早く?

 もしかして俺が寝坊した?

 

 窓の外を見るが朝日はまだ出ておらず薄暗い。

 こんな時間から誰だと思いながらも玄関ホールに向かうと、目がチカチカするほど派手な色をした私服姿のアイザックが立っていた。


 ……クッソ。

 一発で目が覚めた。

 頬を思いきりぶん殴られた気分だ。


「……いらっしゃい」

「あらぁん。寝衣姿のタスクちゃんも良いわねぇん。眼福ぅ~」


 体をクネクネさせるな。


「で?」

「あぁんっ!素っ気ないわねぇん。まぁ、いいわぁん。最近、噂になってるモジャモジャの話は聞いてるかしらぁん?」

「モジャモジャ?何だそれ?」

「聞いてないのねぇん。いいわぁ、お姉さんが教えてア・ゲ・ルッ」



 『フォース・オブ・オーバーデス』発動。



 いかん。

 無意識に発動してしまった。

 ――ッ!?

 なんで恍惚とした表情をしてんだコイツ!?


「最近、ビファの街近辺で、ハア。見た事も無いモジャモジャっていう、ハア。魔物が出るらしいのよぉん。ハア」


 そのまま喋り続けるのかよ。

 どんな胆力してんだ。

 マジで怖いわ。

 

「悪いが興味ない。フィールドは専門外――」

「最後まで聞きなさいよぉん。ハア。全くぅ、せっかちさんなんだ・か・らっ!ハア」

「……ちょっと黙ってくれ」


 もう駄目だ。

 自分でやっといて何だが、ハアハアうるさい。


「すまん、フェイ。ヘススを呼んできてくれ」


 フェイはジト目で俺を見た後、ヘススを呼びに二階へ駆けて行く。


 数分後、ヘススを連れて戻って来た。

 表情を見るに、寝ている所を起こされたのだろう。

 こんな時間に何事か!?という表情をしていた。

 本当にごめんなさい。


 俺は今起きた事を説明してアイザックに数回『ハイキュア』を掛けて貰う。

 その際、「ワタシはあのままでも良かった」などとフザけた事を抜かしていたが、話が進まないので完全スルーを決め込んでいたら逆に喜んでいた。

 ……俺はどうすれば良かったんだろう。


「で?」

「どこまで話したかしらぁん?」

「ビファの街近辺でモジャモジャが出るとしか聞いてない」

「そうだったわねぇん。そのモジャモジャなんだけどぉ、こんな外見らしいのよぉん」


 そう言ってアイザックは魔法鞄から一枚の紙を取り出し俺に見せてきた。

 どうやらモジャモジャを実際に見たという人が描いたイラストだったようで、細部までしっかりと描かている。

 

 頭部の八割が長い毛で覆われた人型。

 なるほど、モジャモジャってそういう意味か。

 頭部だけ見たら痩せこけたサンタクロースに見える。


 そんなことよりも……だ。

 目につく物が二つある。


 一つは着ている物だ。

 何処からどう見ても派手な模様の“着物”にしか見えない。

 そして、もう一つが武器だ。

 レオンとラシュムが知らないと言っていた“刀”を持っている。

 それも身の丈ほどもある“大太刀”だ。


「へえ」

「どう思うかしらぁん?」

「どうも思わねえが、一つ聞きたい」

「何かしらぁん?」

「こいつがどんな噂になってるんだ?」


 俺の質問にアイザックは珍しく真剣な表情をして答える。


「死人こそ出てはいないけど、この見た事も無い剣で数人斬られているらしいわ。なんでも、話しかけたら斬られたって証言してるみたいなの。話が通じない辺り、新種の魔物だって事で片付けられてるわ」

「ふうん」

「何か知ってるかしら?」

「いや、知らん」


 だが、間違いない。

 魔物じゃねえな、コイツ。


 まず大太刀なんて使いにくい武器を使う魔物など聞いた事もない。

 俺の知らない魔物という可能性もあるが――まあ、その線は薄いだろう。

 何故か。

 刀系武器の手入れは鬼のように面倒くさいからだ。

 それをフィールドに棲む魔物が出来るとは思えない。


 というのも、IDO時代に刀系武器のみ“切れ味”というシステムが導入されていた。

 手入れを少し怠ればすぐに切れ味が落ち、それと同時に火力も落ちる。

 最悪の状態だと、そこらへんに居る小鬼ゴブリンの皮膚ですら斬れない。

 その上、手入れのために必要な素材は高価で馬鹿ほど維持費がかかる。


 そんな武器、誰も使わないだろうって?

 俺もそう思っていた。

 アップデート前までは。

 

 刀系武器と刀系武器を扱う職業やスキルがアップデートで追加された当時、一パーティに必ず一人は刀系武器を使うプレイヤーが居たほど人気だった。

 理由は単純で“エフェクトがくそカッコいい・ぶっ壊れのステータス値・ぶっ壊れの職業スキル”の三拍子が揃っていたからだ。

 何度、下方修正が入ったことか。

 

 話を戻そう。


 そんな大太刀でとアイザックは言った。

 という事は少なくとも、手入れはしっかりしているハズだ。

 =魔物じゃないと俺は思う。

 にしては恰好が腑に落ちないが。

 顔面モジャモジャで派手な着物って……変わった奴も居たもんだな。

 仙人かよ。


 そんなことを考えていると、アイザックはいつもの表情に戻っていた。


「タスクちゃんなら何か知ってるかと思って仕事の前に来たんだけどぉ、知らないならいいわぁん」

「悪いな」

「良いわよぉん。でぇ~もぉ~、何かわかった事があったら言って頂戴ねぇん」


 ウインクをするな。

 顔が近い。

 人の唇に人差し指を当てるな。

 

「じゃあ、一つだけ」

「あらぁん。何かしらぁん?」

「そいつには近付かない方がいい」

「どぉーしてかしらぁん?」

「そいつが人なら間違いなくだからだ」

「なんだと!?どういう事だ!?」


 俺の答えに驚いたアイザックは野太い男声を出し、その場に居たフェイとヘススまでもが驚いた表情をする。


「そいつが持ってるのは大太刀っていう武器で<刀術>スキルだけじゃ振れない。少なくとも特定の上位職か最上位職に就いている必要があるんだ」


 まあ、俺の知らない職業やスキルがあるかもしれないが、今はそれを考えた所でキリがないので考えない。


「刀術スキル?なんだそれは?」

 

 知らなくて当然か。

 刀が周知されていないこの世界で<刀術>は死にスキルだ。

 そんなスキルを持って生まれた子が冒険者になるとも思えないし、なったとしても使えないだろう。

 

「マイナーなスキルだ。気にするな。ていうか地が出てんぞ」

「あ、ごめんなさいねぇん。でもぉ、こっちが地よぉん」

「お、そうだな?まあ、俺が知ってんのはそれくらいだ。モジャモジャについては本当に何も知らん」

「わかったわぁん。武器の件と忠告の件はしっかり本部に伝えとくわぁん」

「そうしてくれ」

「それじゃあ、ワタシは仕事にいくわねぇん。んちゅー」

「!?」


 刹那、俺は全てがスローモーションに見える“タキサイキア現象”に陥り、今までに出したことが無いほどの力で地面を蹴りながら限界まで上体を捻ることでその攻撃を回避した。


「なんで避けるのよぉん!」

「ふざけんな!誰でも避けるわ!アホか!」

「酷いわねぇん。まぁ、いいわぁん。じゃあ、またねぇん」


 不服そうな表情でアイザックは帰っていった。



 二度と来るな。


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