百十四話:お世話になりました

 


 『ドンッドンッドンッドンッドンッ』


 ロマーナが上位職に昇格した次の日。

 朝っぱらからノックの音が響き渡る。

 俺は舌打ちをしながら起き上がり、扉開けた。

 扉の先には満面の笑みを浮かべたロマーナが居り、答えの解り切った問いを投げかけてくる。


「おはよう、タスク。気分はどうだ?」

「最悪だ」

「ふふっ。それなら上々」

「馬鹿にしてんのか?まだ夜中の四時だぞ」

「何を言っている?四時は朝だ」

「ババアかよ」

「人種基準で言えばそうなるな」

「雑談もいいが、さっさと本題に入れよ」


 まだ眠いんだぞ。

 睡眠のいらない屍人と一緒にするな。

 毎回、こんな時間から長い井戸端会議に付き合わされる身にもなってみろ、この野郎。


 何を隠そう、日も昇ってない時間に訪ねて来たのはコレが初めてではない。

 俺が屋敷に居る時は、基本毎日来る。

 そして新薬がどうのレシピがどうのと一通り話して帰っていくのだ。


 ただでさえ睡眠時間短いのに……ちくせう。


「そうだな。今回は頼みがあって来た」

「錬金術に関する事か?」


 それなら俺は専門外だ。

 レシピくらいなら教えられるが、この世界では鍛冶一つとってもIDO時代とはやり方が違う。

 そんなガチな錬金術を聞かれても困る。


「それも聞きたいところだが、違うんだ」

「ん?じゃあ、何だ?」

「ダンジョンに連れて行ってくれ」

「は?」


 一瞬で目が覚めた。

 研究、研究、と毎日引きこもり生活を送っているロマーナがダンジョンだと?

 どういう風の吹き回しだ。


「だから、ダン――」

「いや、言い直さなくても聞こえてる。いきなりどうしたんだ?」

「<錬金術師>という職のスキルを使用して、夜中に古書を細部まで読み込んだのだが……<錬金術師>とは良いものだな。知識として無かった物ですら『ソレ』が何なのか判る。一例として出せば“毒”だが、毒の中には自然毒と人工毒の二つ分類があったのは知っていたが、更にその先の先、細かく枝別れした部分まで判るようになった。この毒には――……」


 『スヤァ』


「…………ク」


 『ズズズッ』


「……スク」


 『パァン!』


「タスク!」

「なんだよ」

「人の話の途中で寝ないでくれるか?」

「無理だろ。知らねえだろうから教えといてやるよ。睡魔ってのは<MEN異常耐性>A+をも貫くんだ」

「な、なんだと」

「本当だぞ。恐らく睡魔だけは<MEN異常耐性>がSあっても無理だな」

「よし。ならば不眠不休で動けるようになるポーションを作ってやる」


 何それ。

 ちょっと欲しいかもしれん。

 が、怪しすぎるからNGだ。


「やめとけ。睡眠が必要な種族は多く居るんだよ」

「不便なものだな」

「で?結局、なんでダンジョンに行きたいの?」

「魔物を毒殺してみたいんだ」


 こいつ、危なくね?

 その内、寝てる間に毒を盛ったりしないだろうな。

 まあ、まだ“ダンジョンの魔物”なだけマシか。

 それがフィールド魔物になり、そして人になってきたら、いよいよヤバいが。


「それなら丁度いい所があるぞ」

「ッ!それは本当か?」

「ああ。明日、フェイが<軽騎士>の昇格スクロールを取りに行くらしい。それに同行したらどうだ?」

「ほう。難易度は?」

「五等級だ」

「ふふっ。そうか。では、今から――」

「待て。時間を考えろ」

「何故だ?善は急げと言うだろう」

「それはそれ。これはこれ、だ。朝食の時にでも話せ」

「……わかった」


 哀愁を漂わせながら部屋へと帰っていくロマーナを扉の前で見送り、俺は再度眠りに着いた。



 翌朝、俺がダイニングに降りると、鬼気迫る表情を浮かべながらフェイに近付くロマーナの姿が目に入る。

 俺はそれをスルーしていつもの席に着くと、タタタっと足音を立てながらフェイが逃げてきた。

 それに続いてカトル、ポル、ロマーナの三人まで付いてくると、四人同時に口を開く。


「タスクサン!」

「「タスク兄!」」

「タスク!」

「ん。みんな、おはよ。どしたの?」

「ロマーナさんが『ほとばし球獣きゅうじゅう』について来るって――」


 『ほとばし球獣きゅうじゅう』とは難易度五等級の洞窟型ダンジョンだ。

 そして、<軽騎士>の昇格スクロールがボスからドロップするダンジョンでもある。


「あー、それね。俺が薦めた」

「「「!?」」」

「まだパーティ揃ってないだろ?臨時メンバーだよ。因みにヘススも入れて五人で行ってもらうつもりだから」

「タスク兄。我儘かもしれないけど三人で行きたいんだ」

「ダメ」

「なーんで?」

「少なくともヒーラーは居ないと何かあった時に危ない。それに、まだポルと破壊蜂だけじゃ火力が足りないと思う。だから、毒を主軸に戦えるロマーナを入れたら倒せるんじゃないかなと思って」


 俺の言葉で納得してくれたのか、フェイ、ポル、カトルの三人は顔を見合わせて頷く。


「じゃあ、俺とポルとフェイが最上位職になる時のスクロールは自分たちの力だけで取りに行きたい!」

「良いとは言えない。何度も言うがパーティは五人で一つだ。それまでに後二人、メンバーを見つける事ができたなら、お前たちの力だけで頑張ってこい」

「「「はい!」」」


 そうは言うが、断言できる。

 生半可な奴じゃ、この三人には到底ついて行けない。

 なんせ強化術の化物、集団戦の化物、努力家の化物、が揃っているんだ。

 さて、この三人が連れてくる新人が今から愉しみでしょうがない。

 

 ……あ、新人と言えば。



 俺は朝食を摂り終わると、数少ない転移スクロールを使う。


「転移、ドワルドラ」

 

 そう、ぺオニアのお迎えだ。


 ドワルドラの巨大な門を潜り、歩く事十数分。

 俺はアドルナート商会の本店へとやって来た。

 大きな両開きの扉を開けると、中は多種多様な種族で溢れかえっている。

 人込みって嫌いなんだよな。


「ちわー」


 そこまで大きな声を上げたつもりは無かったのだが、その場に居るほとんどの人が俺の方を振り返り、凝視してくる。

 それと、同時に人込みは二つに割れ、カウンターに続く一直線の道が出来上がった。

 

 んー?

 通って良いのかな?

 よくわからんが……まあ、いいか。

 

 せっかくなので通らせてもらう事にした。

 すると、周りからヒソヒソと『侵犯の塔』や『タスク』と言った声が聞こえる。


 おー。

 有名になって来たもんだ。

 いいね、いいね。


 そんなことを思っていると、カウンターの奥から聞き覚えのある声が二つ聞こえる。


「タスクさんッ!!!」

「何!?タスクだと!?ようやく来たか!」


 奥から出てきたのはぺオニアとゴルドだ。


「ちわ。娘を迎えに来たんだが、序でにコレも渡しとくよ」


 俺はインベントリから『幻惑の花畑』・『哮る枯れ井戸』・『幽寂洞穴』などで手に入れたいらない魔石や素材を取り出し、カウンターの上に置いた。

 それを見たぺオニアとゴルド……いや、その場に居た受付嬢や他の商人までもが目を剥き、体を前のめりにさせながら驚きの表情を浮かべる。


「いきなりこの量か……大量の風と土の魔石にレア素材もちらほら――!?追跡擬態箱の魔核!?」


 あ、そう言えば『追跡擬態箱』とは結局一度しか遭遇しなかったが、奇跡的に魔核をドロップしたんだった。

 いらんけど。


「こんな物まで良いのか……?」

「ん。いいよ。アドルナート商会は『侵犯の塔ウチ』の専属取引先なんだろ?」

「あ、ああ!そうだな!では、ありがたくとしよう!」

「そうしてくれ。後、料金は後日で良い」

「わかった。とは言っても即金と言われても無理だろうしな」


 そう言いながら、山のような素材や魔石を運んでいくゴルド。

 頑張ってくれ、と心の中で応援していると背後から声が掛かる。


「タスクさん……」


 声の主はぺオニアだった。

 俺を呼ぶ声は震え、瞳は潤んでいる。


「すまん。待たせたな」

「いいえ……いいえ!タスクさんはちゃんと来てくれました!私は“遊び人”だから……もういらなくなっちゃったのかと毎日が不安で……。でも、迎えに来てくれた。それだけで、私の不安はどこかへ行っちゃいました。だから、この涙は嬉し涙です!これから、よろしくお願いしますね!!」

「ああ。だが、その言葉は少し早いぞ」

「え?」

「『侵犯の塔』は俺とヴィクトリアの他に十一人居る。そこで初めてよろしくだ」

「はいっ!」

「それじゃあ、行くか」


 俺とぺオニアがアドルナート商会本店を後にしようとした時、背後から声が響いた。

 

「ぺオニアッ!!!!!」

「父さま」

「……応援してる。目一杯、楽しんできなさい」


 微笑むゴルドの言葉にぺオニアは下唇を噛み、深々と頭を下げる。

 


 そして、小さく「お世話になりました」と呟いた。

 

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