八十八話:イシュトゥラルトの代表
ユミルド連合国を後にした俺とヴィクトリアは、イシュトゥラルト精霊国に転移してきていた。
ぺオニアには悪いが、後から迎えに来ると約束してドワルドラに残ってもらっている。
女の子にこういう言い方はどうかと思うが、四メートルの巨体なのだ。
シャンドラにある屋敷に招いても、住む場所がない。
改築が駄目なら庭にでも家を建てるかなあ。
そんな事を考えながらイシュトゥラルト精霊国の王都であるイシュトゥラリア内を歩いている。
精霊族やエルフ族などが暮らしている国と言うだけあって、イシュトゥラリア周辺は深い森に囲まれており自然が多い。
それだけではなく街の中にも大木が立ち並んでおり、それを避けるようにして民家が建っている。
「神秘的な光景ですわ」
「そうだな。できるだけ自然を壊さないように、家とか建てられてるみたいだしな」
しばらく歩いていると、視界が巨木を捉えた。
IDO時代からあるその巨木は『仙樹』と呼ばれており、木でありながら同時にイシュトゥラルト精霊国の城でもある。
仙樹の根元にある建物のまでやってくると、扉の前に立っていた二十代ほどの男性エルフに話しかけられる。
「なんか用かよ?」
「ガンディ獣王からの手紙をラシュム精霊王に届けに来たんだが」
そう言って懐から一枚の手紙を取り出し、男性エルフに見せる。
もはやこのやり取りがテンプレ化されつつあるんだが。
「手紙だけ置いて帰りな。ラシュムは取り込み中だ」
「一応、確認してきてくれないか?」
「うるせえな。俺も暇じゃねえんだ」
「ルガン、うるさいわよ」
俺と男性エルフが話していると、扉が開き中から二十台ほどの女性エルフが出てくる。
「仙樹様の前でギャアギャアと。見張りもマトモに出来ないのかしら?」
「うるせえよ」
「これだから野蛮人は――って、あら?貴方達は?」
言い合いをしていた女性エルフは俺たちに気付き、話しかけてくる。
「俺は『侵犯の塔』のタスク。ジュラルダラン獣王国の使者だ」
「私、『侵犯の塔』のヴィクトリアと申します」
「ジュラルダラン獣王国からの使者様でしたか。弟のルガンが大変、失礼致しました。私はカナン・ド・シャルニトゥムと申します。それで、使者様がどういったご用件で?」
「ラシュム精霊王に手紙を届けに来た」
「そうでしたか。では、こちらへどうぞ。ご案内します」
大きな舌打ちをしながらルガンは壁に寄り掛かる。
取り込み中じゃなかったのかよ。
こいつ、面倒くさがりやがったな。
ルガンの横を通り過ぎ、カナンに連れられて建物の中を進んでいく。
「失礼致します」
両開きのスライド扉の前で立ち止まったカナンは、一言声掛けをして扉を開けると、中へと入っていく。
扉の先に居たのは、蝶のような翅が背中から生えた人物。
中性的な顔立ちで、ほっそりとした体躯をしているが歴とした男性。
その綺麗な顔には布が両目を隠すように巻かれている。
「一人は人種、ですかね?……変わった
「ラシュム精霊王様、お久しぶりですわ」
驚いた。
ただの人種じゃないって事までわかるのか。
さすがだな。
イシュトゥラルト精霊国の王、ラシュム・ド・ティシュトリア。
「クラン『侵犯の塔』のタスクです。会えて光栄ですよ。ラシュム精霊王」
「ふふふ。似合わない敬語は不要。濁りが視えます」
ラシュム精霊王は音や姿など、全てが“色”で視えているらしい。
故に、虚言や邪念を看破する。
マジで、どんなぶっ壊れ能力だよ。
俺にくれ。
「そうか。なら、遠慮なく」
「綺麗な色に戻りましたね。それで、今日は円卓会議の件ですか?」
「そうだ。手紙を届けに来た」
「私は手紙を読めません。せっかくですので、貴方の口で手紙の内容を話してもらえませんか?」
微笑みながら言う、ラシュム精霊王。
信じられていないのか、それとも何か別の考えがあるのか。
どちらにせよ、ラシュム精霊王の能力なら俺が伝えた方が手っ取り早く信じてくれるだろう。
「それじゃあ、端的に言わせてもらうぞ。明後日、各国の代表が集まり円卓会議を開く。参加国はレヴェリア聖国とウィンスダム共和国を除いた十か国。会議場内の護衛及び付き添いは一人まで。移動手段は俺が渡した転移スクロールを使ってベルアナ魔帝都まで来てほしい。ってとこかな」
「ありがとうございます。カナン、ルガンに用意をさせてください。明日、ルガンを連れてベルアナ魔帝都に向かいます」
「はっ!仰せのままに」
意外だ。
カナンじゃなくて、ルガンを連れて行くんだな。
カナン自身もその事に驚いた様子が全く無かった。
ああ見えてルガンは結構な実力者なのかね?
「カナンは頭こそいいですが、戦闘ではルガンに軍配が上がります」
「心が読めんのか?」
「いいえ。ですが、今のタイミングで
俺がヴィクトリアの方を見るとスッと顔を逸らす。
同じことを考えてたのかよ。
「それよりも、タスク。私は貴方に興味があります」
「俺?」
「ええ。貴方は何者ですか?」
うーん、どうしようか?
ここで未来から来たって言っても嘘だと見抜かれる。
かといって説明も難しいし、簡単にでいいか。
「別の世界から来た」
「虚偽は無し、ですか。変わった色をして居る訳です」
「あら?タスク様は未来からいらっしゃったのでは?」
「説明が難しいから、そう言っただけだ」
その言葉にピクリとラシュム精霊王の眉が動く。
ヴィクトリアはその挙動を見逃さなかった。
「本当ですの?」
「私としても気になる所ですね。言葉が少し濁りましたよ?」
「はぁ。俺が元居た世界には、この世界の知識を知る方法があっただけだ。その方法を説明するのは難しいからここらで勘弁してくれ」
「わかりました。これ以上言及するのはやめておきましょう」
「そうですわね」
ここが娯楽のために造られた世界です、なんて口が裂けても言えるか。
まあ、俺が知っているIDOとは別の歴史を辿っているからゲーム内だとは既に考えていないのだが。
「助かる。それ以外の事なら何でも聞いてくれ」
「では、一つだけ。何も異常が無いにも拘わらず私は目が見えません。治す方法を知っていますか?」
「すまないが、知らない」
「……そうですか」
IDO時代のラシュム精霊王は全てが色で視える事を誇りに思っているように感じた。
だが、目の前に座っているラシュム精霊王は俺の答えを聞いて残念そうにしている。
「何故、治したいと思うんだ?」
「たとえ感情が色で見えたとしても、カナンやルガンの、そして民たちの表情が見えないのは悲しいものですよ」
……やっぱ、生きてんだなあ。
IDO時代にNPCだった連中は。
実際に話してみたらわかる。
運営が設定したNPCとはまるで違う印象を受ける。
ゼムも、グロース国王も、アザレア皇帝も、グレミー皇帝も、ステイブ族王も、クラフト族王も、そしてラシュム精霊王も。
分かってはいたはずなんだが、再認識するなあ。
「どれだけ掛かるかわからんが、治せそうな物を見つけたら持ってくる」
「ッ!?」
「俺たちはいずれ難易度十等級のダンジョンや誰も踏み入れた事のない未開拓地の
俺の言葉が視えたのかラシュム精霊王は頭を下げ、震えた声で言う。
「よろしくお願いします」
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