六十九話:黒いローブの男

 


 <暗殺者>スキル『クイックスロー』:速度重視の投擲。


 ローブの男が飛ばしてきたのは細い針。

 『イーグルアイ』を発動させていたので辛うじて見えた。

 アタシは咄嗟に首を傾け、回避する。


「あはっ!避けるんだあ~!じゃあ~、これはあ~?」


 再度、『クイックスロー』で針を投げてくる。

 同じように回避しようとした時、飛んでくる針の横でキラリと何かが光る。


「ッ!?」


 嫌な予感がしたアタシは首だけで避けるのをやめ、真横に飛ぶ。

 すると、アタシが居た場所にはの針が刺さっていた。

 キラリと光ったのは一本目よりも細い針。


 『クイックスロー』はリキャストタイムが短いとはいえ早すぎる。

 ほぼ二本同時に刺さったように聞こえた。

 別の投擲系<暗殺者>スキル?

 だが、スキルを発動させた気配はなかった。


 アレコレ考えてもわかんないッス。


 ローブから覗く口はニヤニヤとしながら舌を出している。

 アタシは短剣を構え、隙を探していると声を掛けられた。


「なあ~?やる気あんのお~?反撃してきなよお~?」

「生憎ッスけど、人を切る趣味は持ち合わせてないんッスよ」


 男の口元から笑みが消え、一度舌打ちが聞こえる。


「はああああああああああ!?それじゃあ愉しくないじゃ~ん?殺し合いってのはもっと愉しまなきゃだろお~?脳汁がドバドバ出てよお~?……もういいやあ~」


 寒気に近い殺気を感じた。

 刹那、男が数本の針を投げてくる。

 飛んでくる針を全て躱し終えたと同時に、腹部に鈍痛が走りアタシの体が浮き上がる。

 見ると男の蹴りがアタシのお腹に直撃していた。


「あはっ!針ばっか見てたら俺っチが見えないだろお~?」


 軽く噎せながらも距離をとる。

 が駄目、すぐに追いつかれる。


 どうするッスかね?


 不意に視線が低くなり、頭がクラクラする。

 気付けばアタシは両膝を付いていた。


 え……?

 あれ……?


「毒だよお~?気づかなかったのお~?」


 男はニヤニヤしながら足を上げ、告げてくる。

 上げられた靴の先には細く短い針がついており、アタシの血で赤く染まっている。

 足を下ろした男は短剣を舐めながら、ゆっくりと近付いてくる。


 ……殺される。

 少しなら動けるが、今まで通りに戦う事など出来ない。

 膝を付いた状態でも出来ることを考える。


 魔法鞄から弓を取り出す?

 それが出来ているなら、転移スクロールを取り出して既に逃げている。

 

 このまま短剣で戦う?

 無理だ、力じゃ絶対に敵わない。


 アタシも<暗殺者>スキルを使って短剣を投げる?

 今持っている唯一の武器を手放す訳にはいかない。


 考えている間に男は、既に目の前に居た。

 

 あー、ごねなきゃよかったッス。

 タスクさん、怒りそうッスねー。

 やだなー……。


 ……ゴメン。

 リヴィ。


 『ドオオオオオン』


 目の前に何かが落ちてきた。


「ミャオ!!!」


 赤いウサギの背に乗ったリヴィが目の前に降り立った―――。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



「……ゴホッ」


 倒れたウサギにポーションを口と傷に流し込み、しばらく横で待っていると咳き込み目を覚ます。


「……起きた?」


 私は声を掛けると、ウサギはキョロキョロと辺りを見渡した後、私を見る。


「リビ、タスケタ?」

「……一応」

「アリガト」


 ウサギは小さな頭をぺこりと下げる。

 頭を上げると、そばに落としていた小さな短剣を握り、立ち上がった。


「デモ、ゴメン」

「……何が?」


 ウサギの可愛らしい顔がふにゃっと笑う。


「イカナキャ」

「……何処へ?」

「ナカマ、タスケル」


 そう言うと、ウサギはメキメキと姿を変え始める。

 小さな体は私と同じくらいの身長になり、毛の色が白から赤になる。

 細かった手足や胴体は筋肉が隆起し、顔に先程までの可愛らしさは欠片も残っていなかった。

 同じ生物だったとは思えないような変化を遂げたウサギは、崖の方へと駆け出す。


「……待って。」


 ウサギは足を止める。

 振り向いた瞳からは知性は既に感じられず、獲物を狩る獣のように感じた。

 だけど、私の声で止まったという事はまだ意識はあるはず。


「……私の仲間は襲わないで?……この位の猫なんだけど。」


 身振り手振りで伝えるとウサギは手を挙げ、指をさす。

 その指は真っ直ぐと遠くに見える神殿を指していた。

 その白く大きな神殿の上で、目立つ小さな黒い点が二つ動いている。


「……ミャオなの?」


 ウサギに問いかけるとコクリと頷く。

 見間違えでなければ、交戦しているようにも見えるその点は右へ左へと動く。


「……ガフッ」

「!?」


 神殿の屋根で動く点を見つめていると、ウサギは隣で吐血した。

 息も荒くなり、目は血走っている。

 ……変化が原因?

 そう思った私はポーションを取り出し栓を抜くが、ウサギは飲もうとはせず首を横に振った。


「……元に戻れる?」


 再度、首を横に振る。

 そっか……。

 その時、意味が分かった。

 先ほど、なぜ謝られたのか。

 

 私は本を開き、全ての『バフ』スキルをウサギに掛ける。


「……ナイ。……私も連れてって。」


 ウサギは私をジッと見ると、背中をこちらに向ける。

 

「……ありがと。」


 私を背に乗せたウサギは勢いよく駆け出し、崖を降りていく。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 ……リヴィ?

 どうしてここに?

 

 リヴィが赤いウサギの背中を離れる。

 ウサギは鼻をピク付かせながら、黒いローブの男から目を離さない。

 すると、黒いローブの男は呆れたように口を開く。


「あれえ~?生き残りが居たのお~?しぶといなあ~」


 その言葉にウサギは雄叫びを上げながら駆けだす。

 男はヒラリと突進を躱すと、針を三本投げる。

 針はウサギの横腹に突き刺さり、口からは鮮血が垂れていた。

 しかし、そんな事はお構いなしと言わんばかりに爪を振るう。


 そんな中、リヴィはアタシの元まで近付き、抱きしめる。


「ミャオ!大丈夫?」

「助かった……ッス。正直、死んだかと……思ったッス」


 全身の力が抜け、リヴィに体を預ける。

 

「……どうしたの?」

「毒みたい……ッス。体が、上手く……動かないッス」


 リヴィはアタシの魔法鞄を漁ると、ポーションを取り出しアタシの口に突っ込む。

 だが、体が良くなった感じはなかった。


「……どう?」

「無駄だよお~。その毒はポーション程度じゃ治んないよお~」


 視線を向けると、ローブの男が赤いウサギを踏みつけ、こちらを見ていた。

 赤いウサギは足の下で、ピクリともせずに横たわっている。

 アタシにはあのウサギが何なのか、わからない。

 

 だけど―――リヴィが怒ってる。

 アタシの視線の先には、男を睨みつけているリヴィの顔があった。


「おお~。こわあ~。これの友達なのお~?」


 男はウサギを蹴る。

 リヴィが立ち上がろうとしたのを、アタシは服を摘み止める。

 今のアタシたちじゃ勝てない。

 すると、リヴィは或る物を渡してくる。

 

「んん~。もう礼拝の時間が終わっちゃうからあ~、本当に時間ないんだよねえ~。そこのエルフ?大人しくしといてくんないかあ~?」

「…………し……て。」

「んん~?なにい~?聞こえないんだけどお~?」

「……覚悟しといて。……絶対許さない。」

「ぷははははははははははあ~……は?」


 余裕をこき、大笑いするローブの男の前でリヴィに渡されたスクロールを開く。


「「転移、王都シャンドラ」」



 私達の姿がその場から消えた。


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