雑話:貴族の追憶


 

 数日前―――。

 私は今、『夜照の密林』に来ている。

 すぐ後ろにはヘススさんとゼムさんが居る。

 着いてすぐに後ろから笛の音が鳴り響く。


『ブゥゥゥン』


 大量の翅音と共に光蟲が大量に飛んでくる。


 え?

 笛の音?

 魔物が来た?

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


 初めての魔物に初めての戦闘。

 手足が震える。 


 …………でも、強くなるんだッ!!!

 

 震える足を無理やり前に踏み出しスキルを使う。

 『ナイトハウル』!


「サア!ワタシにこい!!!」

 


 ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼


 

 私の名前はフェイ。

 十年前、ベルアナ魔帝都のリィンデラ伯爵家に生まれた一人娘だ。

 両親は私と同じ、魔人種の粘体族。

 お母様は私を生んで直ぐに亡くなったので、お父様と二人で暮らしていた。

 とても優しく、仕事熱心な自慢のお父様だった。


「フェイ、お前は自由に生きなさい」


 毎日のように聞いていた父の言葉。

 お父様は私に貴族を継がせる気はないと言っていた。

 優しく微笑むお父様からは想像できない程、貴族社会とは息苦しいらしい。


「わかりマシた!おとーサマ!」

 

 私は粘体族は体の構造上、上手く語尾を発音しづらい。

 お父様は上手く発音しているので私も早く出来るようになりたかった。

 なので一生懸命練習していたりする。


 そんなある日、私はいつものように本を読みながら発音の練習をしていると、外から轟音がした。

 私は屋敷のテラスから外を見てみると、いつも見えていた綺麗な海に数隻の船が泊まっており、次々と人が降りてきているのが見えた。

 すると、勢いよく私の部屋の扉が開き、お父様と一人のメイドが入ってくる。


「フェイ!人間が攻めてきた!すぐに逃げなさい!」


 何が起きているのか私には理解できなかった。

 数年前から人間と戦争をしている事は知っていたが、詳しいことまでは知らなかった。


「おとーサマはどうするのデスか?」

「私は民を守らねばならない。すぐに追いつく。だから先に行っててくれ」


 私を撫でながら優しく笑う、お父様。


「わかりマシた!」

「お嬢様、こちらへ」


 私はメイドに手を引かれ屋敷を後にした。


 屋敷を出た私たちは魔帝都の奥、海とは反対側にあるお城の方へと向かっていた。

 ベルアナ魔帝都のお城は高い丘の上に建っており、急事の際には逃げ込む事になっていたからだ。

 だが不運にも、お母様が海好きという事もあって、私の住んでいた屋敷は海に近く、お城まで距離があった。


 子供の私は足が遅く、すぐに十数人の人間に追いつかれた。

 私の手を引いていたメイドは戦闘態勢に入り、十数人の男を相手にして戦っていたが、敵う訳もなくすぐに捕まってしまった。


 怖くなって逃げた。

 一生懸命走った。

 だが、すぐに追いつかれる。

 私も捕まり、縄で縛られそうになった時。


「フェイ!」

「おとーサマ!」


 息を切らしながらお父様が来てくれた。

 片手にはお父様が得意としていた武器である金属の長棒が握られており、所々に血が付着していた。


「私の娘を返してもらおうか」


 そう言うと数人の男たちに怯みもせずに向かっていった。

 

 私はその光景を忘れない。

 何度切られても、何度殴られても、倒れないお父様の姿。

 そして、十数人いた男たちは地面に倒れ、残り二人になった時。


 私の首元に冷たい物が当たった。


「あんまり調子に乗るなよ化物。武器を捨てな?こいつがどうなってもいいのか?」


 男の一人が私の首元に剣を突きつけていた。

 

「本当はこんなことはしたくないんだがなァ?こんな状況なんだ、仕方ないよなァ?」


 男は辺りに倒れている人間たちを見渡しながら言う。

 お父様は見た事の無いような表情で男を睨みつけていた。

 そして、手に持っていた長棒を地面に捨てた。


「おとーサマ!?」

「大丈夫だよ、フェイ。大人しくしてなさい」


 先ほどまでとは違う、いつもの優しい表情をしたお父様。

 そしてお父様に近付くニタニタとした二人の男。

 一人の男が殴り、蹴りの暴行をお父様に加え、もう一人が倒れてる人間を起こす。

 立ち上がった人間もお父様に暴行を加え始める。


 だが、それでも、お父様は絶対に倒れなかった。

 最期まで倒れることなく私に笑いかけていた。


 私は弱かった……。

 その光景を眺ている事しかできなかった。

 私がその時どんな表情をしていたかも覚えていない。

 それから、私は縛られ運ばれた。

 

 

 

 船に揺られて数日、私は人間の国に連れてこられた。

 船の中で聞いた話では売られてしまうらしい。

 港に着き下ろされた後、馬車に乗せられた。


 数日間、馬車に揺られ、首には魔道具を嵌められ、着いた場所はシャンドラ王国の王都シャンドラという場所だった。

 初めて見る人間の国だが魔帝都とほとんど文明も建物も変わらない。

 ほとんど違いなんてなかった。


 外を眺めていると、馬車が停まった。

 そこは奴隷商の前だった。

 小太りの男が両手を擦りながら馬車から降ろされた私に近付いてくると、私を縛った縄の先を握り、奴隷商の中へと連れて行く。


 奴隷商の薄暗い部屋。

 連れてこられてから何日経ったかわからない頃。

 小太りの男が入ってくるとオークションに出されると伝えられた。

 

 オークション当日。

 私を買った人は、タスクという人だった。

 連れてこられた屋敷は私の住んでいた屋敷と変わらないくらい大きかった。

 だけど貴族などではなく、ただの冒険者だという。

 

 少し話したタスクさんはとても優しい人だった。

 私みたいな魔人種だけでなく、思念体のバトラさんやアンちゃんやキラちゃんにも優しい人だった。

 人間の中にも他人種に優しく接する人が居る事を知って、少しうれしくなった。

 

 そんな人に、帰りたいか?と聞かれたが答えられなかった。

 帰った所で私に居場所なんてない。

 嘘だ、ただ怖かっただけだ。

 現実を見てしまうのが。

 

 そう思うと、いろんな感情が襲ってくる。

 なぜか今までは冷静でいられた。

 だが、この屋敷に来てからは……。

 ここは―――温かいんだ。

 

 タスクさんに与えられた部屋で初めて泣いた。

 お父様の事を思い。

 そして、私自身の無力さに。

 

 数日後、私は奴隷商に連れてこられた。

 私は売られると思い、泣きそうになる。

 ここ数日間、タスクさんは居なかったけどアンちゃんやキラちゃんに凄く優しくしてもらった。

 失いたくない。

 だけど私は奴隷。

 我儘は言えない。


 と、思っていたら奴隷から解放された。

 夢?

 私を開放するのは罪になると、前に小太りの男は言っていた。

 だけどタスクさんはなぜか私を解放した。

 それどころか数日前が誕生日だったことを知って神殿にまで連れて行ってくれた。


 神殿で見た、タスクさんはかっこよかった。

 一瞬で何人もの人を気絶させて、堂々としていて。

 いいなぁ……。

 あんな風に強かったらお父様を守れたのかな?

 

 強くなりたいな。

 誰かを守れる強さが欲しい。

 弱い私はもう嫌だ。

 タスクさんみたいになりたい。


 そうすれば、魔帝都にも帰れるかな……。


 私はステータスを見て、歓喜した。

 タスクさんと同じ<騎士>。

 そして、タスクさんは言った。

 私の努力次第では強くなれると。


 それならいくらでも努力する。

 絶対に強くなって―――――。

  


 ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼



 光蟲の大群を殲滅した後、ヘススさんが近付いてくる。


「お疲れさまデス」

「休むであるか?」

「まだまだいけマス!次お願いしマス!!!」


 休んでる暇なんかない。

 努力して、努力して、努力して……。



 ―――誰かを守れる<騎士>になるんだ!



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