二十九話:訪問者

 


「お会いしたかったですッ! タスク様ッ!」


 テアと名乗る少女は俺の両手を握り、そんな事を言う。


 会いたかった? 俺に? 何故? グロースの血縁なのはわかるが、この子の事は知らないんだけど。

 っていうかグイグイくるな、この子。


「申し訳ありませんが……人違いでは?」

「タスク様はわたくしの命の恩人なのですから、わたくしに敬語などおやめください」


 はあ? 命の恩人? 益々わからん。


 首を傾げる俺の顔をテアは上目遣いで覗き込んでくる。

 俺は逃げるように顔を逸らすと、いつの間にかフェイだけを残してゼムとミャオが消えていた。


 あいつら……絶対、許さねえ。


「不敬になりますので、敬語なのは許してください」


 テアはプクーッと頬膨らませた可愛い顔で俺を睨む。


 ……仕方ないだろ。

 手を握られたあたりから、ずっと近衛が睨んでんだよ。


 俺がチラチラと近衛の方を見ていると、テアはフッと真剣な面持ちに戻り、口を開く。


「お願いします。わたくしに敬語などおやめください。タスク様たちには返しても返しきれないほどの恩があるのです。わたくしのためにわざわざ危険を冒してまでを採ってきて頂きました。なので、どうか……」


 テアは握った俺の両手を離し、深々と頭を下げる。


 後ろの近衛とフェイがギョッとした表情を浮かべる中、俺は自分でも分かるほど納得がいったという表情をしていた。


 なるほどな。

 病に罹ってたのはグロースじゃなくてテアだったのか。

 グロースがピンピンしてる訳だわ。

 娘は大事だもんな。


 独身だったから知らんけど。


「わかった。やめるから、頭を上げてくれ」

「ありがとうございます!」


 頭を上げ、ニコッと綺麗な顔で笑うテア。


「ところで……何か用?」

「はい。直接、お礼を申し上げたくて居ても立っても居られずに……いきなりお邪魔して申し訳ございません」


 俺がテアの後ろに居る近衛を一瞥すると、意図を理解してくれたのか首を横に振る。


 グロースの許可なし、と。

 だが来てしまったものは仕方がない。


 俺はテアと近衛の二人をダイニングへと案内する。

 そこへバトラが紅茶を淹れて、持ってきてくれた。


 その刹那、近衛のうち一人は武器を抜いて構え、もう一人はテアをテーブルの下へと避難させる。

 バトラたちの事を伝え忘れていた俺は慌てて止めに入り、この屋敷の執事だということ説明して納得してもらった。


「で? 姫様は――」

「テア、とお呼びください!」


 紅茶を飲みながら、テアはニコッと笑顔で言ってくる。


 どうしようかと悩んだ挙句、俺がチラッと近衛の一人に視線を送ると、テアがその近衛を睨みつける。

 近衛は諦めたような表情で頷くのを確認した後、テアの方に視線を戻すとテアは満面の笑みを浮かべ俺を見ていた。


「で? テア様は――」

「テア、とお呼びください!」

「……。テアはお礼を言いに来ただけなの?」

「はい!」


 よぉし……。

 これは俺だけの問題じゃないよなあ?


 俺は顔に不敵な笑みを貼り付け、バトラに視線を送るとコクリと頷き、ダイニングを出ていく。


「少し待って。すぐ来るから」

「はい?」


 テアは首を傾げながら返事をする。


 ――数分後。


 ダイニングの扉が開きミャオ・リヴィ・ゼム・ヘススの四人を連れて、呼び脅しに行ってくれたバトラが戻ってくる。


 入ってきた四人を見るとテアの顔にパッと花が咲き、勢いよく立ち上がった。


「ゼム様、ミャオ様、リヴィ様、ヘスス様ですね! わたくし、第二王女のテア・フォン・シュロスと申します!」


 椅子から立ち上がったテアは入ってきた四人の目の前まで行くと、両手でスカートの裾を摘み、少し上げながら片足を引き、少しだけ頭を下げる。


 その様子を見た四人は、顔を引き攣らせていたり、ポカンとしていたり、真っ青になっていたり、無表情だったり、と様々な反応を示していた。


「この度は、わたくしのためにルング草を採ってきて頂き、誠にありがとうございました」


 頭を下げたテアを見て、ヘスス以外の三人は先ほどの近衛やフェイと全く同じ表情をする。

 一瞬、フリーズしていた三人は慌てて口を開いた。


「いやいやいやッ! アタシらは国王様に頼まれただけッスから、お礼なんてしなくて良いッスよ!」

「そうじゃな。王女様ともあろう御方がワシらみたいなモンに簡単に頭を下げちゃいかんです」

「……頭を上げてください。……お願いします。」


 ミャオは慌てふためきながら、リヴィは逆に深々と頭を下げながら、ゼムはボリボリと頭を掻きながら言う。


 テアは頭を上げると、四人に俺と同じように“テア”と呼び、敬語をやめるように言っていた。

 俺とは違い、へスス以外の三人は大分ごねていたが結局、押し切られ、あのリヴィですら強請された。



 『キーン、コーン』


 その後、テアとその近衛を含め十二人がダイニングでそれぞれ話していると、玄関の呼び鈴が鳴った。


 アンとキラと話していた俺が立ち上がると、テアと話していたミャオとフェイも立ち上がる。

 俺は片手を挙げて二人を制止し「来なくていいよ」とだけ告げて、玄関ホールへと向かった。


 その途中、俺はインベントリから“鍋の蓋”を取り出して背中に忍ばせる。


 何故か。


 敵意剥き出しで玄関まで来るお馬鹿さんが居るからだ。


 俺が玄関を開けると、豪華な装飾のある祭服を着た太った男と、普通の祭服を着た二人の男の計三人が立っていた。

 そして太った男は皿のような目を俺に向けて言い放つ。


を匿っているのはここかね?」

「あ?」

「んー。これだから下民はいかんなー。を匿うだけあって、教養も品もないらしい」

「小言を言いに来ただけ? 用がないなら帰ってくんね?」


 俺の全く動じない態度にイラついたのか、太った男の額に青筋が浮かぶ――が、すぐにニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべ、後ろに居た祭服の男を横目に見る。


「昨日、神殿で暴挙に出たのはこの男で間違いないかね?」

「はい。この男で間違い御座いません。私がこの目でしっかりと見ました」

「御同行願えますかな?もちろんも一緒に……ね」


 さーて、どうしようかね。

 また意識をぶっ飛ばしてもいいんだけど、また次が来て云々って無限ループが始まっちゃうだけだしな。

 うーん……困った。


 俺が頭を捻っていた――その時、物凄い勢いで走ってきた豪華な馬車が屋敷の前に停まり、勢いよく馬車の扉が開かれたかと思うと、中から血相を変えたグロースが降りてきた。


 勢いよく鉄柵が開く音で、祭服三人組は後ろを向く。

 突然のグロース出現に祭服三人組は驚きの表情を浮かべながらも、片膝を地面に付き、頭を垂れる。


「タスクッ! 城の何処を探しても娘がおらんのだッ! お主の所に来てはおらんかッ!?」

「ええ。来てますよ。今、ダイニングに居ます」


 テアが居るとわかった瞬間、グロースは安堵し、気が抜けた表情へと変わる。

 するとようやく視界に入ったのか、祭服三人組を見下ろしながらグロースは口を開いた。


「お主ら、タスクに何の用なのだ?」

「ハッ! この男が昨日、と共謀し、信徒数名に暴行を加えましたので、御同行を要していた所でございます」


 太った男がそう言うとグロースは俺の方を見る。

 その時のグロースは「何言ってんだこいつ?」といわんばかりの表情をしていた。


「俺は襲われたから、やり返しただけですよ。それに――」


 俺はさせながら、視線を祭服三人組に移すと、顔を真っ青にしながら歯をガタガタと鳴らす。

 その隣に居たグロースまでもが顔を青くし、ダイニングに居た十一人が勢いよく扉を開け、何事かと姿を現した。


 <守護者>伝説レジェンドスキル『フォース・オブ・オーバーデス』:周囲ヘイト値を極大上昇+『死の恐怖』の付与。


 この『フォース・オブ・オーバーデス』はIDO時代の期間限定イベントの報酬で<守護者ガーディアン>専用のスキルだ。


 『死の恐怖』は『恐怖』という状態異常の最上位互換で、視線を外した瞬間、“死ぬ”とさせられる。


「さっきから聞いてりゃ、俺の仲間を異端者、異端者と……いい加減、黙らねえとお前……殺すぞ? あ゛?」


 辺りの空気が凍りつき、静寂が訪れる。

 その静寂を破ったのはグロースだった。


「た、タスク。や、やりすぎなのだ。この十日間で調べはついた。こやつは既に司教位を剥奪される運びになっておる。これでようやくヘススの“お願い”も叶うのだ」

「そうですか」


 へたり込み、放心状態だった祭服三人組は、グロースと一緒に来ていた近衛に連れられて屋敷から出ていく。


「あ、グロース王。お昼ご飯食べていきます?」

「……遠慮するのだ」

「そうですか。では、俺はこれで」


 俺は何事も無かったかのようにダイニングから顔を出した十一人の横を通り過ぎ、そそくさとキッチンへと向かう。

 というのも、俺は先程、少しキレていた事もあり、『フォース・オブ・オーバーデス』の加減をミスっていた。



 ミスってグロースやダイニングに居た面々にまで恐怖を与えるとか……ダッサ。


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