三十話:ヘススの感謝

 


 グロースとテアの二人が帰った後。


 俺たちはダイニングで昼食を食べていた。

 テアはもう少し居たかったみたいだったが、グロースが病み上がりだからと引き摺って帰っていった。


 先程の祭服三人組の事もあってか、みんなが黙々と昼食を食べている中、へススが口を開く。


みな、感謝するのである」


 突然の感謝にみんなの視線がへスス集まる。


みなには話していなかったであるが、拙僧は以前、王都の神殿に勤めていたのである。しかし、あの司教が来て以来、王都の神殿で教義が変わった。曰く、人種でない者……混じり者は皆、異端者である、と。何人もの信徒が謂れのない理由で教会を、神殿を追われたのである」


 へススの言葉を聞いたゼムとバトラは眉間に皺を寄せ、ミャオとリヴィは口を開けて絶句し、アン・キラ・フェイは悲しそうな表情を浮かべる。


 そう、ここに居る者は俺以外、人種ではない。

 故に俺以外の全員が“異端者”に当てはまるのだ。


「神殿を追われた拙僧は行く宛ても無く、冒険者となり依頼を受けては無為な時間を送っていた。そんな時、見かけたのがタスクの募集だったのである。種族“不問”。たった二文字がは拙僧にとっては大きかったのである。実際にタスクは拙僧を色眼鏡無しに見てくれた」


 へススが真剣に話している中、俺は心の中で謝っていた。


 というのも割と差別意識はあった。

 差別とは言っても、良い意味でだ。

 実際に“竜人”という種族のステータスが決め手だったし。


「そしてこのパーティに加入した後も、拙僧は神殿内の教義が王国全体に影響するのではと危惧していた。この事をタスクに予め話しておいたのである。その時、タスクは拙僧が困った時は力を貸すから心配するな、と言ってくれた」


 確かに聞いていたし、言った。

 たしか『ましらの穴倉』の野営中だったか。


 因みに、ゼムも居たが隣で爆睡していた。


「そんな時、都合よくタスクと国王様とで繋がりが出来たのである。正直に言えば、拙僧がタスクについて行ったのは下心があったからである」


 最初は普通に護衛くらいの心積りだったけど、グロースと話しているうちに俺はへススの思惑に気が付いた。

 だからという訳ではないが、フェイの『従属の輪』の事もあったので、依頼料としてお願いを持ち掛けたのだ。


 案の定、ヘススのお願いは神殿の司教の事だった。

 途中、断ろうかなと思ったけど断ってないからセーフ。


「偶然とはいえ国王様に依頼をされ、タスクが普段は断るであろう内容の依頼を受け、その礼として拙僧が危惧していた事もは、片付けてくれたのである。タスク、そして、みなにも本当に感謝している」


 感謝される事自体は悪い気持ちはしない。

 だが言ってしまえば、偶然も偶然だ。


 グロースからの依頼も出来そうだったから受けただけだし、司教もただただイラついたから脅してやっただけだ。


 だから、ヘススがそんなに気にする事はない。

 だが……。


「教会に戻んのか?」


 俺が唯一気になっていた事を聞いた瞬間、空気が凍った。

 ミャオとリヴィは真っ青になり、ゼムとバトラは真っ直ぐとヘススを見つめ、アン・キラ・フェイは俯いている。


 これだけは聞かないといけない。

 ヘススが教会に戻りたいなら止めはしない。

 嘘だ……やっぱ少し止めるかもしれない。


 でも、ミャオ説得の時と同じで無理強いはしない。

 “一先ず”って事は教義の根源を危惧してるって事だしな。 


「拙僧は……戻った方が良いのであるか?」

「「そんなことないッス(です)!」」


 我慢できなくなったのかミャオとリヴィが声を荒げる。

 二人は先程とは打って変わり顔を真っ赤にしていた。


「だってよ?」


 俺は片方の口角を上げながらヘススの顔を見る。

 するとへススはフッと笑った後、口を開いた。


ぬしは揺がないのであるな」

「まあな。俺は湿っぽいのとかは嫌いなんだよ。来るか、来ないか。そのどっちかでだけでいいんだよ」

「行くのである」

「それでいい」


 良かったあああああ。

 戻る、なんて言われてたら泣いてた自信ある。


「この際だから言っとくぞ。他にも困った事があるやつは遠慮せず言え。言わなくてもいいが、力になれる事なら何でもやってやる。俺の事情にだけ付き合わせるのも悪いしな」


 みんなが頷いたのを確認した俺は、アンとキラの二人と一緒にみんなの食べ終わった食器を片付け始める。


 一人だけ表情を曇らせた奴が居たが、話は聞いてない。

 だからといって、無理に聞こうとは思わない。

 アイツが話したくなった時でいい。



 食器を片付け終わった俺は、ミャオ・リヴィ・ゼム・ゼム・フェイを集めてダイニングに座っていた。


 そろそろヤバい。

 禁断症状が出そうだ。


「ダンジョンに行こう」

「そんなことだろうと思ったッス! 行くッス!」

「……うん。……行きたい。」

「今回はどこに行くんじゃ?」


 ふっふっふー。

 聞いて驚けい。


「夜照の密林だ!」

「この前お前さんらが、二人で行った場所じゃな? また行くのか? お前さんと嬢ちゃんらは経験値入らんじゃろ?」

「行くのはフェイ、ゼム、ヘススの三人だけだぞ」

「「「「「!?」」」」」


 もれなく驚いてくれて、ありがとう。


 ようやくフェイは、自分がダイニングに呼ばれた理由がわかったのかオロオロとしていた。

 『夜照やしょう密林みつりん』ならヘスス居るしフェイも大丈夫だろう。


「もちろん、ミャオとリヴィは俺と別のダンジョンだ」

「はいッス! アタシとリヴィで敵を倒すッスよ! 一緒に頑張るッス!」

「……がんばろ!」


 おー、二人一緒なら強気なのな。

 いいね、いいねぇ。


 だが、残念だったな……こっちはだ。



 その後、屋敷を出た俺たちは冒険者ギルドに行き、パーティ変更を終わらせてから、各パーティで買い物に出かける。

 一時的にだが、パーティを二つに分けたので、インベントリ内のテントや食料なども半分はヘススに渡しておいた。


 ――翌朝。


 俺たちは玄関ホールに集まっていた。

 行きと帰り用に二巻ずつゼム・ヘスス・フェイの三人に転移スクロールを手渡していく。


「レベルを上げる事だけ考えてくれ。無理や無茶は厳禁だ」

「わかっとるわい」

「承知した」

「わかりマシた。頑張りマス」


 俺は頷き、転移していく三人を見送る。

 文言を唱えた三人は一瞬にして消えた。


「へー! こんな感じで転移して行くんッスね! ずっと転移する側だったから、何気に初めて見たッスよ」

「……一体、どうなってるんだろ?」


 そんなことを話しながら二人は、三人が先程まで居た場所の空中を手で確認している。


「遊んでないで俺たちも行くぞ?」

「聞き忘れてたッスけど、どこ行くんッスか?」


 俺の顔を見てくるミャオとリヴィはどこか楽しそうにしていた。


 まあ、二人の気持ちはわからんでもない。

 というのも、二人はもうすぐ昇格できるのだ。

 楽しみなんだろう。


 が、しかし……。


「堕落した隠れ里だ」

「「ッ!?」」


 さすがに二人共が知っていたか。

 そりゃそうか。

 だろうしな。


 俺たちは今から海を渡る。

 転移で……だが。


 俺たちが今居る場所は人種が主に暮らしている東の大陸で、今回行く予定の『堕落だらくしたかくざと』は獣人種と亜人種が主に暮らしている西の大陸にある。


 『堕落だらくしたかくざと』は難易度五等級と、俺たちが行ったダンジョンの中では、最も難易度が高い。


 二人が難易度で驚いているのかと言えばそうではない。

 ダンジョン内にポップする魔物を知っているのだろう。


 反応を見るに、やはりで間違いなかったようだ。


「他の所じゃ……ダメッスか?」

「……私も……変えて欲しいです。」


 ミャオは眉を八の字にし、リヴィは下を向いている。

 正直、俺もあまり好きなダンジョンではない。


 だが、必要な事だ! と、俺は心を鬼にする。


「ダメだ」

「……わかったッス」

「……わかりました。」



 『堕落だらくしたかくざと』――今回の相手はエルフだ。


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