雑話:受付嬢

 


 私の名前はフランカ。


 今日も白いリボンで肩まである赤い髪を結び、私のトレードマークであるポニーテールを作る。

 そして冒険者ギルドの制服を着た後、変な所が無いかを姿見で確認してから受付に立つ。


 今日は“あの人”……来てくれるかな?



 ――数日前。


 いつもと変わらない風景に小さなため息が出る。

 私たち受付嬢の居る受付から見て右側のテーブルでは、依頼も受けずに真昼間から冒険者たちがお酒を呷っていた。


 お願いだから仕事をして。

 仕事しないなら帰ればいいのに。


 そんな事を心の中で呟きながらも私は受付の水晶板に届く新しい依頼を依頼用紙に書き写していると、見慣れない二人組がギルドに入って来た。


 見たことない人たちだな。

 もしかして……新人さんかな?


 なんて思っていると、その二人組は一直線に私の前まで来たのでいつものように笑顔を作り、元気よく話しかけた。


「こんにちは! 冒険者ギルドへ、ようこそ!」

「ギルドの登録が二人分とパーティメンバーの募集をしたいんだけど」


 そう言う黒い髪に黒い瞳の男の子は冒険者の恰好をしておらず、明らかに私服というような恰好をしている。

 それも「今買ったばかりです」と言われても納得できてしまうほど綺麗な服を着ていた。


 私は少し大丈夫かなと心配しつつも、三枚の紙と二本の羽ペンをカウンターに置く。


「それでは、こちらのご記入をお願いします!」


 私は目の前で書き始めた二人の名前をチラリと覗く。

 どうやら黒髪黒目の男の子がタスクさん、ドワーフ族の人がゼムさんというらしい。


 書き終えた登録用紙を渡された時は残念だった。

 何故かと言えば守護者と鍛冶師と書いてあるからだ。


 というのも冒険者ギルドの登録証であるギルドカードは身分証としても使えるため、登録だけする人も少なくない。


「しゅごしゃ? と鍛冶師……ですか」


 声に出してしまった。

 ハッと登録用紙から顔を上げ、タスクさんの顔を見る。


守護者ガーディアンだ。問題あるのか?」


 さも当然かのように言うタスクさん。


 守護者ガーディアンなんて職は聞いた事がない。

 でも、まあ、いいか。

 どうせカードに魔力を流せばは出るんだし。


「い、いえ!大丈夫ですっ!」


 ギルドカードの登録準備をしてタスクさんとゼムさんにそれぞれ手渡す。


「カードに魔力を籠めてください!」


 そう言うとタスクさんがポカンとした表情をしていた。


 どうしたのかな? もしかして本当の職がバレたくないとか?


 タスクさんはチラッとゼムさんを一瞥した後、スッと目を閉じる。

 するとタスクさんのギルドカードが薄っすらと発光し、出来上がった。


「パーティ登録もしといてくれ」


 パーティ登録? って言うことは依頼を受けてくれるって事? の本当の職はアタッカーだったのかな?


「はい! ではギルドカードをお預かりします!」


 え? 嘘? 守護者ガーディアン……だ。

 ゼムさんの方は本当に鍛冶師スミスだ。


 ……聞いた事のない職と生産職のパーティ。


 どうしよう。

 って言っても断ったりは出来ないし。


 仕方なく水晶板でパーティ登録を済ませ二人にギルドカードを返す。


 一度やってみて無理そうだったら諦めてくれるよね。


「依頼受注の際と完了の際にギルドカードの提示をお願いしますね!」


 私はいつも通りの言葉をかける。


「わかった。メンバー募集の記入は飯を食べた後でもいいか? 昨日から何も食べてないんだ」

「はい! 大丈夫ですよ!」


 加入者なんて来る訳がない。

 ただでさえ異色のパーティなのに。


 募集用紙を書き終わったタスクさんは私のところに持って来た。

 頼みごとのおまけつきで。


 加入希望者と話してみたいって。

 来ないですよ。


 そんな事を思いながらも、私は仕事の続きである依頼の整理をしていた。

 ある程度片付いた所でタスクさんの渡してきた募集用紙を確認する。


 え……? レベル・種族・性別が不問。

 職業に関してはいい。

 備考が異常。


 ダンジョンメイン!? 固定パーティ!? レアドロップを使う!? 何を考えてるの!?


 辺りを見渡すがもうタスクさんの姿は無い。

 私は急いでギルドの三階に走っていった。

 そしてとある扉の前で止まり、ノックをすると中から返事が返ってきたので勢いよく扉を開く。


「失礼します! 至急、お話したいことがあります!」

「あらぁん。そんなに急いでどうしたのぉん?」


 部屋の中に居たのは、二メートルはあろうかというほどの長身の男? で、ギルドの制服がはち切れんばかりに筋肉が隆起している。

 口紅を塗りプルプルとした唇は青髭に覆われ、長い睫毛が羽ばたき大きく開いた瞳は私を見た。


 姿見で自分の姿を見ていた、このひとは王都冒険者シーカーギルドのトップ、ギルドマスターである。


「ギルマス! これをどう思いますか?」

「フランッ! いつも言ってるでしょぉ! ワタシの事はアイちゃんって呼んでってぇ!」


 アイザックさん、ギルドマスターはいつもこれだ……。

 話が進まないので本当にやめてほしい。


「アイちゃん! これをどう思いますか?」

「それでいいのよぉん」


 伸ばした私の手から募集用紙を取る。

 一度サラリと上から下まで目を通したかと思うと、さらに顔を近付け食い入るように再度上から見ていく。

 そして募集用紙から私に視線を移した。


「これは冗談かしらぁん?」

「いいえ。私には本気で募集しているように思えました」

「誰がこんな募集してるのかしらぁん? 有名所のクランの人かしらぁん?」

「それが今日登録した二人組の冒険者なんです」

「あんだって!?」


 地声が出た。

 ドスの利いた野太い男声だ。


 ギルドマスターはゴホンと一度咳払いをして話を続ける。


「因みにですが、守護者と鍛冶師の二人組です」

「がー、でぃあん? 聞いた事ないとはいえギルドカードに虚偽は無理だしねぇん……」

「そう……ですよね」

「とりあえず不備はないようだしぃ、貼り出しちゃいなさぁい」

「わかりました!」


 私は「失礼しました」と一声かけ退出する。

 一階へと降り、カウンター裏の控室で一応他の受付嬢に受付用紙の事とタスクさんに頼まれたことを伝え、ボードに貼りだした。


 私がカウンターに戻った時“小さな白い髪の女の子”が私が貼り出したばかりの募集用紙を凝視していた。



 ――翌朝。


 私が控室に入ると夜勤の先輩受付嬢たち数人が私に駆け寄ってくる。


「ちょっと! フランカ! あの二人何者なの!?」

「え? 二人組? 誰の事ですか?」


 嘘だ。

 心当たりはあった。


 多分……たちだ。


「タスクさん、だっけ? あの人たち昨日の夜、大きな麻袋に魔石と素材をパンパンに詰めて持ってきたのよ!?」

「どこかで買ってきたり……?」

「なんで買ってきたものをギルド売るのよ! それに骨竜の魔石が二つも入ってたの!嘆きの納骨堂のボスよ!?」

「……え? 嘆きの納骨堂って、あの?」


 あり得ない。

 早馬で二日はかかる距離だ。

 それを昼間に出て行って、夜に戻ってくる? 


 不可能だ。

 でも……それが出来た。


 守護者ガーディアンという謎の職を持った人物だ。

 私の知らない何かを持っていてもおかしくない。


 私は先輩受付嬢に昨日の話を聞き、夜に来た加入希望者の用紙を渡された。

 カウンターで立っていると昨日の話を聞いたとかで何人かの冒険者が加入希望用紙を持ってくる。 


 その後、タスクさんが約束通り、ギルドに顔を出したので加入希望用紙を渡した。

 すると面接用に部屋を一室借りたいとの事だったので料金を頂いて、部屋に案内する。


 そして一時間ほどすると、二階に三人だけを連れて行き、他の人は帰っていった。

 タスクさんに連れて行かれたのは、小さな猫人の女の子、大きな竜人の男の人、そして貼り出したばかりの募集用紙を凝視していた白い髪の小さな女の子。


 三十分ほどして、タスクさんはパーティ申請のために降りてきた時に知ったが、新しいタスクさんの仲間はミャオさん、ヘススさん、リヴィさんというらしい。


 職を見るにタスクさんはタンクなのかな?



 ――四日後。


 私たち受付嬢の前には、山のような素材と魔石が置かれていた。

 『ましらの穴倉』の洞窟猿ケーブモンキーの素材と洞窟大猩々ケーブコングの魔石だ。


「じゃあ、これよろしく」


 それだけ言ってテーブルの方へ歩いていくタスクさん。


「こんなにどうやって……」

「洞窟大猩々の魔石まであるわよ……」

「嘘でしょ……」

「ましらの穴倉って……」

「時間的に……」


 他の受付嬢が寄ってきてブツブツと言っていた。


 しかし、私はもうそんな事はどうでもよかった。


 『なげきの納骨堂のうこつどう』の話は半信半疑だったが、この目で見て、確信した。


 この人たちは――強い冒険者シーカーだ。


 私は素材や魔石を換金したお金の袋を持ってタスクさんに近付いて行く。


「お待たせしました!」

「ん。ありがと」

「いえいえ!」


 私の笑みにタスクは微笑で応えてくれた。



 これからも……よろしくお願いしますっ!


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