十四話:覚悟

 


 ――おお、速い。


 でも……相手が悪かったな。


 俺がこれまでどれだけのPVPを経験してきたことか。


 IDOでは建築型のダンジョンを攻略した時、ボス部屋にあるダンジョンコアを操作し購入するとクランホームに設定することが出来る。


 もしその購入したダンジョンを他のプレイヤーたちが狙っていた場合は基本的にプレイヤー同士で戦って奪い合う仕様となっていたため、『いにしえの皇城』で嫌と言うほど戦ってきた。


 ただでさえ俺の所属していた『流レ星』の全盛期は知らない人がほとんど居ないほど有名なクランだったので、俺たちが所持しているダンジョンではなく、俺たちが目的で戦いを挑んでくるものさえいたくらいだ。


 だからこそ初老の男がどれだけ速く強かろうと、どれだけ立ち向かって来ようと、俺には関係ない。

 俺は人の心を、戦意を折る方法を知っている。


 それは圧倒的な力でねじ伏せるのみ。

 それが一番早くて、一番わかりやすい。

 シンプル・イズ・ベスト! だ。


 俺は手に持っていた大盾を投げ捨てる。

 そして――。


 <守護者>スキル『オーバーガード』:30秒間<VIT生命力>と<RES抵抗力>を大幅上昇させる。


 ――発動。

 俺の<VIT生命力>が二段階上昇しAからSに至る。


 今はどんな鉱石よりも俺の体の方が硬い。

 ゼムが鍛冶王キング・スミスになったら俺の体より硬い金属を作り上げることは簡単に出来るだろうが、今は俺が一番硬い。


 Q.そんな俺に短剣が当たればどうなるか。

 A.切っ先から砕け散る。


 剣身が砕け散り、残った柄を見た初老の男はまるで化け物を見るかのような目で俺の顔を見る。


 心外だな。

 そんな顔をされるとは思ってなかったぞ……。


 まあ、良いや。

 終わらせるか。 


 <聖騎士>スキル『ライトフォース』:光属性の付与魔法。


 ――発動

 『ライトフォース』を纏い薄っすらと発光した俺の右手で初老の男の胸部に掌底打ちを叩き込んだ。


 すると初老の男は数メートル後方に吹っ飛び、背中から着地する。

 終わったなと思い『ライトフォース』を解いた――その時、俺は目を疑った。

 初老の男は肘を立て起き上がろうとしていたのだ。


 おお、凄いな。

 まだ折れてないのか? 打撃なんて思念体になってから初めて食らっただろうに。


 そんな事を思いながら俺が初老の男に近付こうとすると、玄関ホールの奥にある通路から二人の少女が駆け出してきて俺と初老の男の間に大の字で立ちはだかる。


「「もうやめてくださいっ!」」


 そして頭の中に似通った女の子の声が二つ響いてきた。


 目尻に涙を浮かべた瓜二つの顔、片方が金髪でもう片方が銀髪の半透明のメイド姿の少女たち。

 金髪の方は左のサイドテール、銀髪のほうは右のサイドテールをふわふわと靡かせている。


「殺さないでくださいっ!」

「お願いしますぅ」


 メイドの二人は俺に向け深々と頭を下げる。


 やべえ。

 どこから見てたんだろ? それによっては俺が初老の男からこの屋敷を奪おうとする極悪人にしか見えない。

 と、とりあえず弁解をば。 


「殺す気はないんだけど。というか死んでもらっちゃ俺が困る」

「「へ?」」

「彼の仰る通りです」


 メイドの二人が顔を上げ、後ろで立ち上がった初老の男を見る。


「私の負けでございます。この二人にはわたくしから説明をさせて頂きたいのですが、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「もちろん」


 こうして初老の男が今までの話の流れを二人の少女達に説明して貰えることになり、その間に俺は若い職員と話をする。


 俺がインベントリを持っている事やここで起こった事を黙っていてほしいという旨を伝えると、若い職員は快く了承してくれた。


 しばらく玄関ホールにあった階段に腰掛け、待っていると話し終わったのか初老の男が俺に近付いてくる。


 そして突然、頭を下げた。

 初老の男の後ろでは同じようにメイドの二人も頭を下げている。


 何事かと困惑していると初老の男が口を開いた。


わたくしたちは貴方様に仕えさせて頂きたいと思います」

「俺からすればありがたい話だがいいのか? お前は俺が新しいご主人様になるって事を受け入れられるのか?」

「わかりません。ですがこのままではいけないのもまた事実でございます。それに、貴方様は私に仰いましたね? 死なないと」

「ああ。言ったな」

わたくしの攻撃を貴方様は生身で受けてみせた。実体のないわたくしを殴って見せた。今はそれだけで十分にございます。私は貴方様を信じてみようと思います」


 ありがてえ。

 これで使用人問題は解決だな。


 しかし、まあ、心の傷はそう簡単には消えたりしない。

 俺は大切な人がいなくなる寂しさや悲しさは痛いほど知っているつもりだ。


 こいつらは俺と似てる。

 だから俺がその傷を埋めてやろう。

 俺が寿命で死ぬか屋敷が朽ちるまで付き合ってやる。


 ……俺も覚悟を決めなきゃな。

 『流レ星』に……に縋り付くのはもう辞めよう。


 そんなことを考えていると初老の男が話しかけてくる。


「申し訳ございません。差し出がましいとは思いますが、わたくしたちに名前を頂けませんか?」

「は? 名前? なんで?」

わたくしたちは一度死んでおります。生前のわたくしたちの名は元の主様へと贈りたいのでございます」


 へえ。

 いいな、それ。


「わかった。名前のセンスが無くても文句言うなよ? お前はバトラ、そこの金髪メイドはアン、んで銀髪メイドがキラだ」

「ありがとうございます。これからは私はバトラとして生きる事とします」


 バトラは再び頭を下げる。

 その後ろでメイドの二人もまた頭を下げた。


「あ、そうだ。俺の他にあと三人くらい一緒に住むから、そいつらとも仲良くしてやってくれ」

「かしこまりました。これからよろしくお願い致します。主様」

「「よろしくお願いしますっ! ご主人様!」」

「おう。何日か家に帰らない事もあるだろうから、屋敷の事はこれまで通り三人に任せるよ。要る物があるなら俺が買ってくる。あと俺の事は名前で呼べ。俺はタスクだ。これからよろしくな」

「「「かしこまりました。よろしくお願い致します。タスク様」」」


 話がまとまった所で職員にこの屋敷を購入する旨を伝え、書類にサインをする。

 その場で書類に書かれた金額を現金一括で支払うと、若い職員どころかバトラとアンとキラもビックリしていた。


 若い職員が帰った後、俺は屋敷の中を見て回る。


 一階にはお風呂・トイレ・キッチン・ダイニング・倉庫・客間があり、それと決め手の一つである鍛冶場がある。

 鍛冶場はしっかり清掃が行き届いており、道具さえ持ち込めばすぐにでも使えそうだ。


 玄関ホールから登った二階の左側に部屋が四つと書庫、右側に部屋が四つとトイレがある。


 いいね。

 思ってた通りの屋敷だ。

 それに良い執事とメイド付き。

 最高かよ。




 その後、屋敷を後にした俺はとある場所にやって来ていた。


 『流レ星』のクランホーム。

 『いにしえの皇城』の五階、玉座の間。


 俺がこの世界に来た時に居た原点だ。

 ここへ何をしに来たのかと言えば、引越しである。


 ステータスウィンドウの中にはホーム設定というコマンドがある。


 ホーム設定とは、自宅や良く行く場所など一か所だけ設定することができ、転移スクロール使用時に「ホーム」と文言を唱えるとその場に転移できるといったものだ。


 屋敷を買ったのでそちらにホーム設定を移そうと思っているのだが、ここには『流レ星』のメンバーたちの私物が置いてある。

 なのでそれを全て回収するために、既に屋敷の倉庫にインベントリ内の物を仮置きしてきた。


 俺やクランメンバーたちの私室は四階。

 サブキャラクターたちの作業場は一階。


 一部屋ずつ、当時の事を思い出しながら時間を掛けてインベントリに詰めていく。

 飾られた武器や防具はもちろん、課金家具や課金作業台なども残さず回収していった。


 全て仕舞い終わった俺は玉座の前に立つ。


 恐らくでしかないが、クランマスターの俺がホーム設定を屋敷に移してしまうと『いにしえの皇城』はダンジョンへと戻ってしまうだろう。


 ……覚悟はもう決まった。


「なあ、みんな。俺さ、新しい仲間が出来たんだ。ミャオって言う変わった獣人と、リヴィって言う変わったダークエルフと、へススって言う竜人が今のパーティメンバーだ。あ、そうそう、あの武具屋のゼムも今じゃ俺の仲間なんだぞ。凄くね? 他には思念体の使用人も――……」


 みんなとはこれでお別れだ。


 『流レ星』は――解散する。


 その時、薄っすらと仲間たちの姿が玉座の前に浮かぶ。


 とんでもない威力の魔法を連発するアタッカー。 

 一撃の威力だけに特化しきったアタッカー。

 支援効果を決して切らさない完璧主義バッファー。

 過酷な状況下でも死人を出さないヒーラー。


 ずっと一緒に戦ってきた仲間たち。


 ……愉しかったよ。

 今までありがとう。


「待ってろ。また玉座この椅子を獲りに来るから」


 優しい笑顔でタスクは笑う。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 タスクが去った後。



 『いにしえの皇城』玉座の間。



「あーあ。行っちゃった」



 少女は呟く。



「私はずーっと待ってるよ」



 少女は小さく笑う。



「……たすくん……」



 少女は一筋の涙を零す。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る