五話:嘆きの納骨堂



 視界が切り替わり、辺りは鬱蒼とした森。


 目の前には扉の無い石造りの小さな神殿があった。


 ここは『なげきの納骨堂のうこつどう』という難易度二等級の地下型ダンジョン。

 出現するのは不死アンデッド種の骨系スケルトンのみ。


 この世界に来て初のダンジョン――そう思うと無性に愉しくなってくる……のだが、最初はどうも獣型や人型の魔物を殺す気にはなれなかったので骨を砕くことにした。


 骨系は打撃に弱く、火属性や光属性の魔法に弱い。

 そのためゼムの<大槌>スキルや俺の<聖騎士パラディン>スキルがぶっ刺さるここに来た。

 

 さて、死=死のこの世界でどこまで行ける?

 目標は元クランメンバーかつての友人達と行くことの出来なかったダンジョンだ。


 全て踏破してやる……待っとれよ。


 俺は決意を固め、インベントリから四つの装備を取り出す。

 

 大盾と胸当ては強度重視で魔鉄製。

 次に魔物の素材と魔鉄で作られた細槍スピア

 最後にスキルの威力を少し上げる魔鉄の腕輪。


 魔鉄とはMPを流す事で強度が上がる加工金属である。


 装備が整った所で、次はポーチの準備に取り掛かった。

 念には念を入れてなのだが、万が一にも俺が対処できなかった時のために、治癒ヒールポーションと魔力マナポーションをポーチに詰めてゼムに渡す。


 するとゼムは呆れたような表情でため息を吐いた。


「どうした?」

「お前さん……いや、何もないわい」

「?」


 準備も終わったので『嘆きの納骨堂』内部へと伸びる階段を降りた。



 ――地下一階。


 階段を降りた先は薄暗い通路が真っ直ぐと伸びた一本道だった。

 俺はインベントリから一本の“小さな笛”を取り出す。

 その様子を見たゼムは不思議そうに問いかけてきた。


「ん? なんじゃ? それは」

魔呼笛まこぶえってアイテムだ。これを吹いたら範囲内に居る魔物がワラワラ寄ってくる」

「はぁ!? ちょっと待――」

『ピィーーーーー』


 俺はゼムの制止も聞かず、問答無用で笛を吹いた。

 すると薄暗い通路の奥からカラカラと足音がし始める。

 

 いよいよ初戦闘だ。

 ……いかん。

 もうダメだ。

 我慢できん。


「行くぞ!」


 俺は猪の如く猛進した。


 後ろからはゼムのため息が聞こえる。

 同時に覚悟を決めたのか、少し後ろから距離をあけてついてくる足音が聞こえた。


 数秒走っていると通路前方から、人型の骨が群れを成し、走ってきているのが見えた。

 その手には錆びた剣を握っており、殺気すら感じる。


 ああ……ゾクッとする。

 これはいい。

 今、俺は生きている!!


 俺は骨の群れを視界に入れ、大盾を構える。

 そして――。


 <守護者ガーディアン>スキル『チャレンジハウル』:視界内全ての敵意ヘイト値を大幅上昇させる。


 <重騎士ヘヴィ・ナイト>スキル『オートカウンター』:三割の確率で攻撃を反射する。


 <暗黒騎士ダーク・ナイト>スキル『ハウンドチェイン』:術者の正面以外から攻撃しようとした場合、黒鎖が巻き付き妨害する。


 ――同時発動。

 『チャレンジハウル』の効果で攻撃が全て俺に向き、それを大盾で防ぐ。

 その時に受けるハズだったダメージを『オートカウンター』でそっくりそのまま返し、横や後ろに回り込もうとした敵を『ハウンドチェイン』の黒鎖が捉える。


 IDO時代から俺の好きだったコンボの一つだ。


 数分もしないうちに正面から攻撃してきていた骨たちは『オートカウンター』で徐々に蝕まれ、ボロボロと崩れていく。

 黒鎖に捕らわれていた骨も、ゼムが<槌術>スキルを使いながらゴリゴリと数を減らしていった。


 そうこうしていると最初に使った『チャレンジハウル』のリキャストタイムもあけたので、再び発動させ敵意ヘイトを俺に集中させる。

 

 うーん……意外と余裕がある。

 まあ、二等級はこんなもんか。

 少し退屈だな。

 攻撃も織り交ぜるか。


 <聖騎士パラディン>スキル『ホーリー』:光属性の範囲攻撃魔法。


 ――発動。

 俺の<INT知力>はD+と低いので火力こそ出ないが、骨系の弱点であるため既にダメージを受けていた個体や当たり所が悪かった個体は絶命する。


 にしても、長いな。

 いつまで続くんだ? 魔呼笛まこぶえを使ったせいか? それともあまり人が出入りしないせいか? 何にせよ、骨の群れが止まらないんだけど。


 まあ、経験値になるからいいんだけどね。


 そんなことを思っていると、急に足がふらつく。


「おっと……MP切れか」


 俺はインベントリから魔力マナポーションを取り出し、栓を親指で弾く。

 そして一気に中身を呷った。


 ッ!? 美味い!

 濃い栄養ドリンクのような味がする。

 嫌いじゃない。

 逆に好きなくらいだ。


「うし。元気出た。行くぞオラァ!」

 


 ――数十分後。

 

 やっと骨共を一掃した。

 俺は地面に座り、MPポーションを呷っていると、ゼムが額に青筋を浮かべながら真っ赤な顔で近寄ってくる。


「何をヘラヘラと笑っとるんじゃ!?」


 ゼムが肩で息をしながら怒鳴る。

 俺も肩で息をしてはいるものの、無意識に微笑んでいたようだ。


「ん? 危なかったか?」

「ワシは攻撃されておらん!」

「なら良いだろ」

「お前さんが良いなら、もう良いわい!」


 そう言いながら俺の隣に腰を下ろし、革水筒を豪快に呷る。


「それにしても……何匹居ったんじゃ? これ」


 俺とゼムの周りには骨のドロップ品が散乱していた。


 ダンジョン内の魔物はダンジョンの魔力で生み出された偽物つくりもので、倒すと霧散し魔石や素材などをドロップする仕様となっている。


 中には稀に、武器・防具・各種スクロール・魔核と呼ばれる強化素材をドロップする魔物もおり、それは総じてレアドロップと呼ばれている。


 そんなドロップ品がどこから来ているのかは知らん。

 そういう世界の決まり事なのだろう。

 そこを深く考えていても答えは出ない。


 因みに魔石の用途だが、生活必需品である魔道具の燃料で使われることが多く、素材に関しては様々な用途がありすぎるほどあるため、どちらもギルドで売れる。


 ドロップ品を回収後、マッピングしつつ進んでいく。

 魔呼笛が効いたのか、以降骨と遭遇することなく地下二階への階段を見つけることが出来た。



 ――地下二階~地下九階。


 同様に笛で呼び、難なく殲滅完了。

 途中、人型だけでなく獣型の骨も出現したが大した差は無いので割愛。


 そして俺たちは今、地下十階へと続く階段に座って休憩していた。


「……普通はこんなペースで進めないんじゃが」

「そうなのか?」

「お前さんと居ると、常識が吹き飛ぶわい」

「褒めるなよ」

「褒めとらんわ!」


 けらけら笑う俺を見て、ゼムは大きなため息を吐く。


「んじゃ、ラスト行くか!」


 そう言って最後の階段を降りる。


 長い階段の先にあったのは骨で装飾された両開きの扉。

 中からは小さく呻き声のような声が漏れ出している。

 

 俺は扉に手を当て、ゼムの方を向く。


「準備は良いか?」

「いつでもいいぞ」


 そのまま力を籠め扉の片方を奥へと押し込んだ。


 ギギギと蝶番が音を立て扉が開くと、真っ暗な部屋の壁に埋め込まれた蝋燭に一本、また一本と火が灯っていく。

 そして、その明かりに照らされた『なげきの納骨堂のうこつどう』のボスの姿が露になる。


 全長が五メートル程と小さめで翼はないが、歴とした竜種――全身が骨で構成された、『骨竜スケルトンドラゴン』だ。



 俺は大きく息を吸い込み、突貫した。

 その後ろをゼムが続くと、開いていた扉は再度ギギギと音を立てながら独りでに閉まっていく。


 ボス部屋は例外を除き、内側からは空けられない。


 これで退路は断たれた。


「行くぞオラァ!」


 『チャレンジハウル』を発動しながら骨竜スケルトンドラゴンの振り下ろしてきた鉤爪を真正面から大盾で受け止める。


 おお! 腕がピリッと痺れた。

 IDO時代では感じる事の無かった痛覚を感じる。



 ハハハ。

 愉しい!!!



 次いで『オートカウンター』も発動した所で、骨竜スケルトンドラゴンは大きく息を吸い込んだ。

 

 ドラゴンの代名詞、ブレスの攻撃モーションだ。

 骨竜スケルトンドラゴンのブレスは無数の骨が飛んでくるだけだが、侮れない。

 飛んでくる量が多く、一つ一つが鋭い。

 しっかりと防御しなければ出血多量で死ぬし、当たり所が悪ければ致命傷になりかねないほど強力だ。


 しかし――。


 骨竜スケルトンドラゴンの口から無数の鋭い骨が発射された。

 

『パチッ、パチッ、パチッ、パチッ……』

 

 <VIT>をAまで上げた俺には刺さらないんだけどな。

 まあ、当たるとチクチクするし、服が破れるから防御はしてるんだが。


 俺はブレスが止むのと同時にリキャスト空けの『チャレンジハウル』を放ち、骨竜スケルトンドラゴンをぶん殴っているゼムに敵意ヘイトが飛ばないようにする。


 そして、いよいよ――この世界でも出来るか試したかった事を試す時が来た。


 <軽騎士ライト・ナイト>スキル『シールドバッシュ』:盾を突き出し当てる攻撃。


 骨竜スケルトンドラゴンの突進にタイミング合わせて発動。

 勢いよく大盾を衝突させる。



 結果――弾き飛ぶ。

 骨竜スケルトンドラゴンの首が。



 タイミングは衝突する寸前のコンマ数秒と結構シビアだが、一部のスキルを相手の攻撃にカウンターの要領で発動させると“パリィ”という追加効果が起こり、当たり所にもよるがうまくいけばスタンする。

 まぁ、ミスったら俺が弾き飛ぶんだが。



 パリィされた骨竜スケルトンドラゴンは腹から地面に倒れ伏す。

 圧倒的な体格差など物ともせず、吹っ飛ばしスタンさせる。


 これだよ……これ。


「コレがあるから、タンクはやめられねえよなァ!」


 おっと、思わず叫んでしまった。


 ゼムが驚きの表情を向けてくるので、俺は満面の笑みで返す。

 そして、すかさずスタンした骨竜スケルトンドラゴンに襲い掛かった。

 『ホーリー』を中心に数少ないタンク職の攻撃スキルを多用し骨竜スケルトンドラゴンのHPを削っていく。



 ――数分後。


 骨竜スケルトンドラゴンは霧散し、闇の大魔石に成り果てた。

 同時に部屋の中央にダンジョンの入り口までの転移魔方陣が現れる。


 俺は闇の大魔石を拾った後、ゼムに近付き声を掛ける。


「お疲れ」

「お疲れさん。お前さん、戦っとる時は本当に活き活きしとるの」

「ん? 普段と変わらないと思うが」

「どこがじゃ!」


 そんなことを話しながら、魔方陣の上に乗る。

 すると、一瞬で『なげきの納骨堂のうこつどう』の入口に転移した。



 さて、もう一周いくか。


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