02 β.

 夜。


 車に備え付けられた無線を取って、話しかける。


「ハードボイルド作品の主人公ってさ、無職だよね」


 私たち、みたいに。


 言葉には出さないけど、そう思っている。


 彼がアルファで、私がベータ。組織があった頃の、仕事用暗号個人名フォネティックネーム


 組織にも隠れて、私たちは、恋仲にあった。組織内での恋愛は御法度。片方が捕まって尋問されれば、もう片方が裏切る確率が跳ね上がる。当然のことだったけど、それでも、彼と私は、愛し合った。


『そんな馬鹿な話があるか。何を読んだ』


 彼の声。


 会えなくなってから、もう三年が経つ。


 組織がなくなって、三年。私も彼も、組織の崩壊を誰にも悟らせないために、三年という期限を作って任務を続けてきた。彼の発案。どうでもいい組織だが、なくなって抑止力の箍が外れるのは避けたい。そう言っていた。


 彼に会いたい。声を聞きたい一心で、無線をつけて、こうやって話している。


「ええと」


 彼の知っていて、それでいて主人公が無職である作品を挙げていった。


 彼の好きな漫画家の作品は、みんな主人公が無職。それに、ハードボイルドという括りは、狭いようで広い。男性が主人公で、女性が保護の対象で、闘う描写がある。それは、読む側が勝手に決めた理屈だった。実際には、歴史作品でもハードボイルドな作風は存在する。


『同じ作者のものばかりじゃないか』


 というか、主人公が無職じゃないハードボイルドを探すほうが、難しかった。組織の構成員やヒットマンが主人公の作品なら、それらは全て、区分上無職ということになる。


『こんど良い奴貸してやるから』


「え、やった」


 貸してくれるだろうか。歴史もののハードボイルドを。その作者の作品は私も好きだった。私にとってのハードボイルドと、合致する。


 ハードボイルドに必要なのは、索漠。文体でも暴力でもシリアスでもない。索漠とした、何か。


『さあ、仕事だ』


 月の明かりに照らされて。わるい奴がふたり。倉庫に入っていく。


「こちらからも確認した」


 そう。こういう気分。


 私たちも、ハードボイルドの中にいる。絶対に交わらない、線の上。その交わらない線の中で、愛し合う。


『ベータは裏口を。俺は、正面と上を』


「裏口了解」


 車を出る。


 この任務が終われば、私は、用済みになる。


 たぶん、彼が殺しに来るだろう。そのときに、やっと会える。

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