第21話 リベンジマッチ
それからは今まで以上に目まぐるしい日々が続いた。隔日で稽古と実戦を行った。
ここに来てようやくレイノガルトの剣が見えるようになっていた。ある程度反応もできるようになっていて、三回に一回は防ぐことができた。また、痛みにも慣れ始め、失神する回数も減り、一度も失神せずに稽古を終える日もあるくらいだった。
街の外での実戦では、最初はやはりモンスターを殺すことが躊躇われ、何度も怪我をした。
スティラは稽古を再開したことを知って喜んではいたが、同時に怪我が今までよりも多くなったことで心配もするようになった。本人はそのことを頑なに否定しているが。
実戦を重ねるに連れて、殺し続けるに連れて、徐々に感覚が麻痺していく自覚があった。そのうちモンスターを殺しても何も感じなくなった。殺すことに慣れた。
それが良いことなのか悪いことなのか、エイルには分からなかった。けれど、いいことなのだと言い聞かせた。そうすることでスティラが楽になるのなら、と。アルバイトをしなくても生活できるようになれば、スティラも強くなるために時間を使うことができる。
ラインボアを余裕で倒せるようになった。最初は苦戦したものの、次第に剣と身体の扱い方に慣れた。どういう角度でどれくらいの強さで切ればいいか、感覚で分かるようになってきた。それからは戦いが劇的に楽になった。
一定のラインに達したと判断したレイノガルトは稽古をより一層厳しくした。
見えていたレイノガルトの剣速が一段階上がり、霞むようになった。動きにも切れが増していて、反応が遅れるようになった。
それだけではなく稽古の内容も変わり始めた。従来のように攻撃を一方的に受けるだけでなく、反撃も許可された。
失神する回数が増え、身体は毎日ボロ雑巾のようにクタクタになった。
家に帰ってシャワーを浴びて、ご飯を食べてすぐ死んだように眠った。朝はご飯を食べてすぐに家を出た。最近ではスティラとの会話も減り、食事の際に少し話す程度だった。
そんな生活を繰り返していたある日。街外への橋を渡り終えたところでエイルが待っていると、スティラがやって来た。
「どうしたの?」
「私も分かんないわよ。あいつに呼ばれたの」
「あいつって?」
「儂だ」
そう言って現れたレイノガルトは街の中ではなくて、外からやって来た。
不思議に思っていると、レイノガルトが不敵な笑みを浮かべる。
「ついて来い。明日はいよいよ稽古最終日。だがその前に――リベンジマッチと行こうではないか」
エイルとスティラは互いに見合って首を傾げた。
判然としないままレイノガルトについて行くと、言っていた意味がようやく理解できた。
鎖によって草原に繋がれ、身動きが取れない状態のエッジマンティスがそこにいた。エイルたちの姿を見つけるなり奇声を上げ、鎖を揺らす。
「なかなか見つからずに苦労したぞ」
「え、捕まえてきたんですか?」
エイルの驚愕に、レイノガルトは何でもないことのように軽く頷く。
横でスティラが頭を押さえ、ため息を漏らした。
「言わなくても分かると思うが、あれにお前たちは殺されかけた。今日までの努力を測るには絶好の相手だろう? どれだけ実力が上がったか見せてみろ」
エイルは息を呑んだ。無意識に腹部を押さえる。魔法で既に治癒されているので傷すら残っていないはずなのに、疼く。
スティラも表情を険しくする。だが、すぐにいつもの勝ち気な笑みを浮かべた。
「いいわ。やってやろうじゃない。あんた、強くなったんでしょうね?」
「うん……ラインボアなら倒せるようになったよ」
「……それ、前も倒してたじゃない」
「あ、もっと簡単に倒せるようになったよ!」
「……不安なんだけど。ちょっとあんた! 本当に大丈夫なんでしょうね?」
スティラはレイノガルトをピシッと指差して問いかける。
「知らん」
一言で投げ出された。スティラは両肩をわなわなと震わせてレイノガルトに詰め寄る。
「ちょっと! 無責任じゃない? エッジマンティスに勝てるくらい強くなってないなら、挑んでも無駄でしょうが!」
「そんなこと言われてもな……それを今から試そうとしてるんだが」
レイノガルトは後頭部を掻きながら面倒くさそうに答える。その態度にスティラの怒りは限界を迎えようとしていた。
「あんた師範代なら分かるでしょ? こいつがエッジマンティスに勝てる実力があるかくらい」
「いやー、儂はエッジマンティスじゃないから分からん。とりあえずやってみてくれ」
「ああああああああああ」
スティラは頭を抱えて発狂した。
そんなやりとりを苦笑しながら眺めていたエイルはエッジマンティスを見据え、前回戦ったときのことを思い出していた。
あのときはまったく歯が立たなかった。それに比べれば格段に強くなっていることは確かだ。今ならエッジマンティスの鎌も見える気がした。見えてしまえば反応できる自信はある。
前回は鎌の位置から当てずっぽうで防御していたが、今回は違う。動き出しさえ見えれば、その攻撃の軌道も予測できる。軌道が分かれば、どう防御するのが最適か、身体が勝手に反応してくれる――はずだ。
まだ考えてから防御するには至っていないが、見える速度の攻撃であれば反射的に防ぐことはできる。そうなるように文字通り血反吐を吐いて稽古をしてきた。その努力を身体が覚えている。
不思議と渦巻いていた不安が消えていった。
まだ揉めている――一方的にスティラが喚いているだけだが――二人に向けてエイルは口を開いた。
「やれる気がします」
「ふん。小僧、いい顔つきになったな」
「ちょっと、気分でやられても困るんだけど!? また前回みたいに死にかけたらどうするの? 一歩間違えたら、本当に死んじゃうのよ?」
今度はエイルに詰め寄るスティラ。彼女に向けてエイルは自信のみなぎる表情で頷いた。
「大丈夫。レイノガルトさんの攻撃に比べれば速くないはずだから。やばくてもスティラのことは守るから安心して」
怒鳴り散らされると思っていたエイルだったが、意外なことにスティラは不満げに唇を尖らせながらも渋々了承した。すぐにレイノガルトにジト目を向ける。
「あんた、危なくなったらこいつを助けてよね」
「いや、今回儂はまったく手を出さん。お前らが死にそうになってもな。これから先、誰かに助けてもらえることはほとんどない。頼れるのはパーティーメンバーだけだ。分かるな? 小僧が死にそうになったら、小娘が助けてやれ」
「ふんっ! 言われなくたってそうするわよ!」
機嫌を悪くしたスティラはエイルの背中を思い切り叩いて、睨むように視線を交わす。
「いい? 無理だと思ったらすぐに退くのよ? 無理して死んだら意味ないんだからね?」
「うん。ありがとう、スティラ」
「は、は? 急に何言ってんの? 礼を言われるようなことしてないわよ!」
「そうかな? けど、ありがとう、色々と。頑張ろうね!」
色々。プライドの高いスティラのことだ。アルバイトの件は隠しておきたいのだろう。エイルはそれが分かっているからこそ、何に対してかは言わない。ただ、今までの分を少しずつ返していけたらと思った。
「……精々、情けない姿を見せないように頑張りなさい」
ぶすっとした表情で視線を逸し、スティラはもう合わせようとはしなかった。エッジマンティスへその双眸を向け、深呼吸を一度。その表情は冷静を取り戻しており、すでに臨戦態勢に入っていることを示していた。
エイルも腰に携えたブロードソードを抜き払う。
「よし、鎖を解くぞ」
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