結論から言うと、俺は嫁を召喚しました

現状思考

前夜

 色のある人生を送りたい。

 青春を謳歌する。

 多くの友を作り、勉学に励み、スポーツに打ち込み、そして、最高の恋をしてーーー可愛い彼女ときゃっきゃウフフする!

 嗚呼。

 彩られた青春を過ごしたい。


 カチカチカチカチ。


 俺こと、神林一輝かんばやし かずきは心から憧れていた。

 しかし、現実はそう上手くはいかないもの。

 高校に上がったからといって自身のパラメーターが突然変異することはない。

 変わるのは、環境と人間関係。そして、授業の難易度。

 クラス内での俺のカーストランクは中の下。いや、下の上だろうか。友人は少なく、クラスメイトは知人に等しい。勉学は苦手で得意科目はない。スポーツに至っては壊滅的ときていた。ははは、そんな俺に恋のクソもあったもんじゃない。

 恋愛?何それ美味しいの?青春を謳歌って、楽譜はどこ?歌詞は何語ですか?


 カチカチカチカチカチカチカチカチ。


 入学から三ヶ月が経った今、俺は友達と青春を謳歌することなく、自宅の自室で家庭用ゲーム機を無心でプレイしていた。

 既にクリアしているゲームだ。

 今更、何が楽しいというわけでもない。しかし、暇つぶしにはもってこい。

 俺は学校が終わって家に着くなり、自室で早々に筐体を起動しコントローラーのボタンを頻りに連打していた。

 だが、それももう飽きてきていた。


「首痛え」


 コントローラーを机に置き、凝った肩を回す。

 時刻は18時半を少し過ぎたところか。

 テレビ画面の横にある置き時計を見ると俺は徐にスマホを取り出した。

 そろそろアプリゲームのサーバーメンテナンスが終わったはずである。


「さてさて、今回のイベントは何が来るのかなあ〜」


 今は6月の下旬。

 期末テストが一週間後に迫っているとは思えない怠惰な姿と言えようが、何と言われようと俺は構わない。

 青春なんてのはパリピでウェイな奴らだけの特権であって、平々凡々のオタク属性の俺には縁のないものだと知っている。

 第一に、はっちゃけている自分が想像できない。

 漫画やラノベの新刊発売に、ソシャゲの新規イベントに邁進し、イベントガチャに一喜一憂するのが俺だ。少女漫画に出てくるような、ぽわっぽわな青春なんぞ現実にあるはずがない。少なくとも俺の中では幻想で夢物語で、さらに言えば御伽噺なのである。神話の時代は既にない。


「う〜わ。まだメンテ終わってないし。こりゃ詫び石、十連分もらわないとクレームもんだな」


 画面には『メンテナンスにつき、しばらくお待ち下さい。』と短いメッセージがポップアップしていた。

 仕方なく俺はアプリを落とし、ネットで公式サイトに飛ぶとメンテの最新情報を確認していった。しかし、そこには先ほどポップアップしていたメッセージが掲示されているのみで、メンテ終了の見込み時間については何も記載されていなかった。

 やる事がなくなってしまった。

 オンラインゲームでもやるか?それとも、積み本を読むか?うーん、今はその気分じゃないんだよなあ。

 真面目な学生なら確実にテスト勉強をしているところだろうが、生憎と俺はそうではない。ここでペンを握り、教科書片手にノートを開くほど出来た学生ではないのだ。分厚い本を開いたならザケルと叫ぶのが礼儀と心得ているくらいだ。

 そもそも。

 一週間もあるのだろう?

 ならば、何も焦る時期ではない。むしろ、前日まで焦らないまである。

 てな訳で、俺は暇つぶしにそのままネットサーフィンを始め、やがてウェブで小説やら漫画やらを読んでいった。個人が話や絵を自作して投稿しているサイトにアクセスすると、あれよあれよと二時間ほど読み耽ってしまっていた。


「ふう」


 寝転がっていたベッドで大きく伸びをする。

 やはり二次元は最高だ。

 作り話だと分かっていても、世界がそこにあってしっかりとキャラクターが生きている。読んでいるとどんどん感情移入していって、まるで自分が体験しているかのような気分になる。こんなの書ける人たちは凄いとしか言いようがない。プロアマ関係なく、絶賛しまくりだ。


「良いなあ。こんな冒険してみえ。魔法とか使ってみてえ」


 召喚とかされないかなあ。勉強しないで冒険したいわ。強者相手にジャイアントキリングしてドヤ顔出来たらなお最高。

 そんな考えに浸りながら俺は寝返りを打った。すると、暗くなったスマホの画面に映るアホな表情を浮かべた自分と目が合った。


「…………」


 まったくアホでクソな考えに俺は虚しくなり、天井を無言で眺めた。

 生産性のない無意味な時間。

 それを過ごしている自覚はあった。

 しなければならない事。やった方がいいこと。加えて、こんな風になりたいなどの理想も確かにある。なら、今自分がどうすべきなのが正しいのかも確かに分かっている。

 だが、俺はいつも思って考えるだけで行動出来なかった。

 それは一重に切羽詰まっていないからなのだ、と既に俺は結論付けていた。

 やらなくてもペナルティはなく、死にもしない。必死になるには時間がありすぎるし、目の前のことにさして興味もない。やるべきことはそのうちやるし、やった方がいいことはいつかその時が来たらやるだろう。

 それが全部、今じゃないというだけ。

 気力もなければやる気もない。

 他人から見ればそう見えるだろうし、実際そうであるから別にどう見られようが構わない。

 いつも指を加えて、良いなぁと口にするだけの自分は確かに滑稽だ。

 正直、虚しくないわけがない。

 非現実を羨んでる時点でその虚しさは途方もないレベルだ。他人からしたら可哀想どころか精神科送りであろう。良い医者紹介するよ?ってね。

 でも。

 だからと言って。

 もし行動したところで実力が伴わないことを俺はよく知っていた。

 目標に到達することなく、挫折する事は目に見えている。それこそ掛けてきた時間も努力も全てが徒労に終わるという結末を、だ。

 となると、そっちの方がよっぽど虚しいではないだろうか?

 だったら。

 ーーー望んだ事が、たまたま俺に降ってくるのを待てば良い。

 俺はいつからかそんな、ありもしないラッキーを望むようになっていった。


「なんか面白いことないかなあ」


 そうしてまたスマホを弄り出す。

 俺は本当にクソである。

 もういいのだ。

 なるようになる。


「ぁぁ、チッ……広告押しちゃったよ。ページ飛ばされた。うっざ」


 スマホを持ち直した弾みでウェブページの広告を誤って押してしまったらしく、新しいウィンドウに画面が切り替わってしまった。

 よく分からんURLがロードされていき、そのまま良くある如何わしい感じの絵が画面に写し出されていった。

 何故かこういった広告は大抵、触れた瞬間、見たいわけじゃないのにエロサイトじみたページに飛ばしてくるのだから本当に迷惑である。今は自室だから良いけれど。例えば、家族のいるリビングとか、人の多い学校だったり往来の激しい公衆の面前とかでそれが表示されてしまった暁には、冗談じゃなく居た堪らなくなってしまう。

 マジでムカつく。

 こんなの考えたやつなんなの?男を試してるの?試練なのかい?

 全く、本当に迷惑である。


「こほんっ」


 しかし!

 今は自室。

 俺は男である。

 ラッキースケベさながらに、意図せず開いた如何わしいページを見ることに何の抵抗もない。

 何が悪いことか?

 これは俺のスマホである。映ったものを見る権利は当然、俺にある!

 という訳で、軽やかにスクロールしていった。

 ほら、ピンク色が多いからってエロいとは限らないからさ!!

 わおわおわおわお!

 半裸のエルフ娘のイラストが画面を埋め尽くしておりますな、うへへへへ。下にスクロールするほどエルフ娘の人数もバリエーションも増える増える。これは良い良いーーー。


「うん?」


 と、そこでスクロールしていた手が止まった。

 いやね、このエルフ娘の絵は結構ストライクでドストライクな嫁候補なんですけどね?なんか、……おかしくね?


「下にスクロールしていくほど、絵がどんどんリアルになってく。いや、ふつーにすげえんだけど」


 試しに上へスクロールして戻ってみたが、やはり目の錯覚ではないことを確認する。ページの下に行くほどアニメ調だったエルフ娘の絵がリアルになっていった。

 まるでパラパラ漫画を観ている様で凄い、のだが。

 それはなんだかーーー。


「なんか……こわ、なにこれ」


 やけにリアルだった。

 気持ち悪いほどに現実感のある絵に変わっていったそれを見て、俺は全身に薄寒さを感じた。何か見てはいけないものを見せられているような、そんな感覚だ。

 自分の意思でスクロールしているのだからそれを止めれば良いだけなのだが、それでも俺は画面をなぞる指を止められなかった。

 画像の変化の先がどうしても気になってしまったのである。


「はは、なるほどウェブサイトの悪徳商法はこうして引っかかるのね。馬鹿だなあ〜」


 自身を達観して、ついそんな言葉を吐いてしまう。

 きっと、スクロールした先には架空請求よろしく言われのない金額を不当に請求するような内容なんかが記されているに違いない。確かにこれは凄い。釣られるのも分からないではない。

 しかし、ならばそれが表示されるギリギリを見極めてウィンドウを閉じれば良いだけである。俺はこんな手に引っ掛かりはしない。

 俺は勝手にそうあたりをつけた。

 下から上へと流れ変わっていく絵は、さらにリアルさを増していった。それも、醜悪な方向にである。

 スマホには、最初に写っていたエルフ娘の可愛らしく艶やかな雰囲気は既になくなっていた。煌びやかさが失せ、背景は暗くなり、エルフ娘達の肌や衣服は汚れや切り傷が目立つ様になり、見る見るうちにボロボロになっていった。

 今、画面には牢屋を思わせる部屋に、複数人のエルフの女性がそこへ膝を折って項垂れている状態が映し出されている。

 そこに男子の求めるエロさなど当然、微塵もなかった。


「こんなページに飛ばすとか、あの広告何の意味があんだよ。もう、ホラーっぽいんですけど。テキストが一つも出てこないんですけど」


 こんな手の込んだサイトに飛ばすなんて余程金掛けた詐欺なんだろうな。そんな場違いな感想が内心で漏れる。

 と、そこで気になるものを画面上に見つけてしまう。


「あれ……、奥のってもしかして」


 子供か?

 いつの間に出てきたのだろうか。

 明らかに周りに描かれているエルフ娘たちよりその子は若く、小さかった。遠近法でそう見えるだけかも知れないが、俺はその子が気になってしまった。

 そこで、俺は一度画像を戻し、再度スクロールしていくことにした。


「ここからだ。ここで映り込んできてる」


 先ほどまで誰もいなかった暗い石造りの部屋の隅にボロ布を纏った少女が、そのスクロールの一瞬で現れていた。

 なんの意味があんのこの絵?

 え?

 意………味?

 意味あるのかこの絵?!

(ちょ、ちょっとこええええよこれ……!なんか鳥肌が止まらないんだけど!何見せられてんの俺!?)

 3DCGや最新ゲームグラッフィックの絵じゃない。それは分かる。まぁ、リアルすぎるゲーム画像ってのはあるにはあるんだけど。それでもこれは、もう既に作り物感がなかった。

 言うなれば、実写映画よりも実写じみている。それはもう、見た人全員が直感で写真だと言えるほどであった。

 そんな絵が今、俺のスマホに映り、幼気でボロボロな痛いしい印象のエルフっ子が新しく写り込んできたのである。

 その異変に怖くなるのは心理上仕方のないことではないか。と、俺は誰に言い訳をするでもなく思った。

 でも、恐怖も沸いたが同時に何故という疑問が浮んで思考が忙しなく騒ぐ。


「この子たち、なんなんだろ。みんな表情が死んできてるし。これ、閉じ込められてるってことなのか?誰かに捕まってる絵とか?この後どうなるんだ……」


 と口にしてすいっとスクロールした瞬間ーーー。


「………!?」


 咄嗟に声にならない息が漏れた。

 画面上で一番大きく写っていた赤毛のエルフ娘が唐突に朽ち果てていった。

 それは、膝を抱え込むようにして蹲った彼女からボッと黒い霧が出て、その後に人の形をした黒い炭だけが残されたのである。


「いやいや、何今の?!え?どうしたのこの子!?」


 何が起きたのかをもう一度確認するため、俺は矢継ぎ早にページ上にスクロールしようとした。

 しかし。


「え、なんで!?戻れない!て言うか、絵が動いてる?動画に変わったのか?なんで?GIFでもなさそうだし、って、何これまてまて待て待って!待って消えてくんだけど!え!?女の子が炭になってく!なに?俺に何しろってのこのサイト!?」


 動揺している最中、俺の声は届かず、待った無しにエルフの女性達は人型の炭へと姿を変えていった。

 画面の中ーーーまるで牢獄をそのまま写す窓のようなスマホを俺は考え無しにやたらとタップしていく。しかし、それも甲斐なく黒い炭の塊は増えていき、画面にはコマンドもテキストも何も表示されなかった。


「もしかして、これ、こう言う商法なの!?エルフ全部消えたら多額請求とかそう言うのなの?やばいやばいやばいやばい、それはやばい!親に怒られる!!!」


 そうだ。これは広告から飛んだウェブサイトである。リアルだが、やはり現実には耳長のエルフなんて存在しない。故にそれを利用した悪徳商法サイトなのである。アプリを落として、その後再起動してからアプリのブラウザ消せば、なんとかなるんじゃないだろうか。よしいける!

 と。

 そこまで思ったところで、俺の指はまだ生き残っていたエルフをタップしてしまっていた。それはあの途中で部屋の隅に現れた幼い少女だった。

 すると、小さなテキストウィンドウが一つポップアップしてきた。

 そこには、こう書かれていた。


「彼女を助けますか……?カウント9……8……7っておいおいおいおいとんだ闇サイトだなコレ!」


 カウント付きの選択肢に俺は頭を真っ白にさせながら、そんな悪態を吐いた。

 こんなのどっちを押しても悪い方向になるやつじゃん!多額の架空請求が来るか、それともスマホのデータ抜き取られるかの何かが起こるやつ!あと3……2……っておいいいいい!考える時間くれよくそおおおおお!

 勝手に追い詰められていた俺はやけくそになって二択の選択肢へ指を押し当てた。

 しかも。


「同時押しだ馬鹿野郎メェ」


 何故か江戸っ子口調になった俺は、してやったりな顔を作った。

 しかし、それで終わったと思うほど俺も馬鹿ではない。むしろ選択肢の同時押しなどは、普通は先に触ったどちらかが選ばれているか、もしくは同時押しのためによる無効判定かのどっちかである。

 正直、結果は運任せ。

 俺は恐る恐る目を背けていたスマホの画面を見下ろしていった。

 スマホの電源を落とすとか、他にやりようはいくらでもあったのではなかろうかなどと後悔しながら見ると、俺は今度こそ白目を剥いた。

 なるようになる。

 そんな自論を語っていた自分を俺は酷く恨んだ。



『受領完了。契約成立しました』



 俺はまんまと悪徳商法に引っかかってしまったのであった。

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