一本道

北海ハル

一本道

 砂利とタイヤ痕だけでかろうじて成り立っているであろう道を、おれは辿っている。


 辺りはだだっ広い草原ばかりで、眼前に見えるのは山だけだ。

 おれは車のダッシュボードから新しい煙草を取り出し、ドアのグリップに突っ込んだままの空箱を後部座席に放り投げた。

 がたがたと揺れる車の中で、上手い具合に煙草に火をつける。

 火をつけた瞬間はいつも煙が目にしみる。おれは思わず顔を顰めた。

 車内がみるみる煙につつまれ、まるで雲の中にいるような感覚に陥った。


 子供の頃は煙草なんて吸うまいと、そう決めていた。時の流れと社会の空気はそんな純粋な心も変えてしまうものである。


 休みの日は決まってわけも無く遠出をしている。

 今日もアテもなく街を走っているうち、いつの間にかこんな道に出てしまった。

 いや、今日に関しては少し訳ありなのだが……。


 おれはつい昨日の出来事を思い出し、また顔を顰める。思い出したくない事がいやに頭をよぎった。


 ─────彼女に振られた。


 仕事の多忙さに加え、こうして休みをぶらぶらとほっつき歩くその無神経さが彼女の癇に障ってしまったらしい。昨日の夜、携帯には別れを告げるため飽きるほどの長文が書き連ねられていた。


 気立ての良い女で、おれには勿体ないほどの彼女だと周りは言った。

 その言葉を聞く度に恥ずかしそうにはにかむ彼女を、おれはどうして放っておいてしまったのだろう。


 もちろん悪かったと思っているし、引き留めようともした。だけれど彼女にうんざりしていた部分が無いとも言えず、その嫌な思いが増長してしまい引き留められずにいた。


 そしてそれを忘れるために、今こうして何も無い道をただただ前に進み続けている。野原は続き、眼前の山はまだ遠い。


 このままガソリンが尽きるまで走り続けていたかった。


 少し走っていると、道の左側にベンチが見えてきた。

 おや、と思いそのベンチに目をやると、十一、二歳の少年がベンチに座っている。


 こんなだだっ広い野原にベンチ。しかも少年が一人ぽつりと座っている。

 おれは何だか気になってしまい、ベンチの前で車を停めて少年に声をかけた。

「どうしたんだ、こんなところで」

 その言葉に、少年はちょっと笑ってみせた。

「あの、ちょっと疲れちゃって」

「疲れたって、もしかしてこの道を歩いてきたのかい?随分と頑張り屋だな」

「いや僕はそんな……。でも、もう少ししたらまた出発しようと思ってたところです」

「出発って言ったって、次に休めるところがあるとも限らないよ。曇っているとはいえまだ少し陽射しが出そうだし、良かったら乗るかい?」

 そう言うと少年は少し躊躇いながら、決したようにおれに言う。

「じゃあ、お言葉に甘えて少しだけお願いします」

「うん、じゃあ後ろに乗りな」


 おれは車を降り、煙草の空箱でいっぱいの後部座席の一つをかき分けて空ける。少年はじっと待っていた。

 座席が空いたところで、少年は申し訳なさそうに乗った。

「失礼します」

 随分と丁寧な物言いだ。こっちまで緊張してしまう。

「ああ、それとごめん。煙草の臭いがけっこうするかも……」

「大丈夫です。うちのお父さんもよく吸っているので。自分では吸おうとは思わないんですけど……」

 そう言って少年はドアを閉める。

「まあ、煙草なんて体に毒だし、その方がいいな」そう少年に漏らしつつ、彼がシートベルトを閉めたところでおれは車を出した。


 〇


「なんでまた、こんなところにいたんだい?」

「へへ……お兄さんになら、話してもいいですかね……」

「……?」

「実はぼく、ちょっと家出をしまして」

「家出か……」

「はい。お母さんとお父さん、ここ最近ずっと仲が悪いんです。それでもう、家に居たくなくなっちゃいました」

 言いつつ少年の顔は辛そうだった。無理もない。その歳で親の不仲はかなりのストレスのはずだ。

「そうか……。でもな、きみが家出したことできっとお父さんもお母さんも心配する。きちんと帰るんだよ。その時にまた、一緒に話せばいい。きっと分かってくれるよ。子の心を汲まない親なんていないんだから」

「そういうものですか……?」

「ああ、そうさ。……いや実はね、おれも子供の頃にきみと同じ理由で家出したことがあったんだ。目の前で大声を張り上げる両親を見ていると息が詰まりそうで、苦しくて、本当にしんどかった。それでいてもたってもいられなくなって、家を飛び出したことがある」

「……」

「最初は公園とか、友達の家で何もかも忘れようとうろうろしていた。でも夜が近付くうちに、行けるところなんて無くなっていた。辺りが真っ暗になって、誰もいない公園でベンチに座りながら泣いていたよ。そしたら両親が迎えに来てくれた。二人とも顔をくしゃくしゃにして……。必死におれのことを探してくれていたんだって。喧嘩もやめて、おれのためにずっと」

「嬉しかったですか?」

「そりゃもちろん。自分のことを思ってくれているのに嬉しくないわけがない。二人ともおれを力いっぱい抱きしめてくれて、何度もごめん、ごめんって繰り返して。おれも泣きながら「もう喧嘩しないで」ってずっと言ってたよ」


 何だか話してるうちにこそばゆくなり、おれはそこで口を閉じた。バックミラーに映る少年の表情は、少し晴れたように見えた。


「お兄さんみたいな人に声をかけてもらえて良かったです。なんだか……他人じゃないみたいで」

 少年は照れながらそう言うと、窓の外を見やり「あっ」と呟いた。

「すみませんお兄さん!ここで大丈夫です!」

 外にはまたベンチがあった。どうやらここでまた休むようである。

「ん?大丈夫かい?まだまだ道は続くけど……」

 そう聞くと少年はすっかり立ち直ったようにおれに言った。

「大丈夫です!ここで引き返すのもいいかな、なんて思ってたり……。あ、もちろん今度は自分の足で戻ります!」

 ガソリンのメーターをチェックしているところでとんでもない事を言われ、おれは思わず少年の方へ目をやった。

「おいおい、きみの足で戻れる距離じゃないだろう……。本当に大丈夫か……」


 どういう事だろう。

 さっきまで話していた少年は居なくなっていた。代わりに、今度は青年がベンチに座ってこちらを見ていた。


 歳の頃はおれと同い歳か、少し下くらいの様子だ。

 おれは彼に訊ねた。

「きみ、さっきまでそこに男の子はいなかったか?」

 すると彼は怪訝そうにおれへ返す。

「いや……見てないですよ。あなたが急に私の目の前で車を停めて何か一人で話し出すのは見ていましたけど……」

 なんだろう。からかわれている感じでもないが、さっきの出来事は全部夢か何かだったのだろうか。


 少し気味が悪くて、何だか一人で走るのが怖くなったおれは彼に声を掛けた。

「あの……もしこの先を歩いて行くようなら乗りますか?自分も一人だとちょっと寂しくて……」

 その言葉に彼の怪訝な表情は和らぎ、少し嬉しそうになる。

「すみません、ちょうどこの後どうしようか悩んでいたところなんです。歩くにもまだまだ先は長そうですし……。ご迷惑で無ければ乗せて頂けると助かります」

「分かりました。とりあえず……」

 後部座席を見やる。


「助手席に座ってください」


 〇


「あ、煙草吸われるんですね」

 彼にそう言われ、おれは聞き返す。

「あなたも吸われるんですね。銘柄は……」

「ウィンストンのキャビンを。8ミリです」

 えっ、と思わずおれは声を上げた。

「奇遇ですね。おれもキャビンの8ミリですよ」

「珍しいこともあるんですね」

「吸いますか?」

「いいんですか?」

「まあ、おれも車の中でしょっちゅう吸ってますから……」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 彼はポケットから見慣れた煙草の箱を取り出し、火をつける。火をつけた瞬間の煙が目にしみたようで、ますますおれにそっくりであった。


「今日はまたどうしてこんなへんぴな道に?」

「いやいや……はは、ちょっと悩んでまして」

「と、言いますと?」

「ええ……あんまり恥ずかしいんですけど、ちょっとした恋煩いをしているんです」

「なるほど、今一歩勇気が出ないって事ですか」

「有り体に言えばそういう事です。大学の同期なんですけどね、三年間ずっと友人として良い関係を築いてきたんです。いつかそれが恋心に変わって、その想いを伝えるべきか、それとも今の関係を守り続けた方がいいのか……」

「はは、何から何まで自分の過去とそっくりだ」

「あ、あなたも同じ経験が?」

 んん、と軽く咳払いをする。────薮蛇だった。


 昨日の今日で彼女との馴れ初めを話すのは些か芳しくない。……が、ここまで漏らした以上話さないわけにもいかないだろう。


 おれは彼に言った。

「おれも大学時代の同期に恋をしまして……。あなたと同じ道を辿って打ち明けられずにいたのですが、ある日思い切って告白してみたんです」

「……答えは……」

「両想いでした。その時はもう本当に嬉しくて嬉しくて、舞い上がってしまいそうでした。その後も充実した日々を送っていましたよ」

「やっぱり、告白した方がいいんですかね……?」

「もし踏みとどまる理由が友人関係なら、思い切って告白した方がいいと思いますよ。それで崩れてしまう友人関係ならそれまでですから。……なんて偉そうな事を言ってますけど……実はその彼女に昨日振られまして……」

「えぇっ」

「仕事と性格が災いしまして……。長々と別れの作文をメールで突き付けられてしまったんです。」

「その……引き留めたりとかは……」

「決めあぐねているんですよ。今。確かに気立ての良い彼女ですし、おれには勿体ないと言われるほどの子だったんです。でも……そんな彼女の嫌な部分が気になって、ああ、今の自由なままもいいんじゃないか……と」

「それは違うんじゃないですかね」


 思わぬ意見に、おれは運転する手に力が入る。

「違いますか?」

「だって、今あなたは私に言ったじゃないですか。「告白して崩れる友人関係ならそれまで」、って。浅い人間関係だからこそ崩れるって事じゃないですか、それって」

「まあ、そうですね」


「でもあなたは「相手の嫌な部分が気になって引き留められない」と言いました。嫌な部分なんてどんな人間にもありますよ。それこそ浅い人間関係では見えない部分でも、あなたと彼女さんのように深い人間関係だからこそ、そういった部分も見えてきたんじゃないですかね」


「……」

 おれは思わず黙り込んでしまった。青年は続ける。


「長い長い人生の中で、お互いの嫌な部分を理解し合って生きていく。これが出来る関係を築ける相手は、そうそういるもんじゃないです。確かに彼女さんはあなたのそういう嫌な部分が気になって別れを切り出したのかもしれませんが、長い目で見た時にそれはお互いの関係を切り裂くほどに嫌なものでしょうか?」


「……」

「引き留めた方が良いと、私は思います。その方がきっとお互いの未来のためになると思いますよ。私も思い切って彼女に告白してみますから」

「……ああ。」

 何だか歳下に説教をされて萎縮してしまったが、不思議と不快な気分にはならない。寧ろそんなアドバイスが有難いとさえ思っている。

 おれは青年に返した。

「……少し、考えてみるよ」


 少し無言の時間が続いた後、また道の左側にベンチがあった。

 さっきと同じ光景で、おれはこの空間に閉じ込められたのでは、と悶々とする。

 そのベンチを見るや、青年は言った。

「あ、ここで大丈夫です」

「大丈夫って……このだだっ広い野原にまた置き去りになりますけどいいんですか?」

「いいんですよ。少しここで考えてから、来た道を戻ることにします」

 最初の少年と同じことを言われ、おれは嫌な予感がした。


 彼の方に目を向けると、案の定彼は姿を消していた。

 また、ますます不気味なことに、ベンチは道の左側ではなく右側にあった。


 さっきまで左側にあったのに。

 そしてその右側のベンチ。


 今度は四十五、六歳の中年が座っていた。

 気味が悪くて仕方ない。来た道を戻ることにした。


 ……が。





「……あの、もし良ければ乗って行きますか?来た道をもどるんですけど」

 声をかけてしまった。少年、青年と乗せてきて、もしかしたら青年が乗っていた様子を見ているかもしれない。いや……きっと見ていないだろうけど。

 それでも何だか放っておく事ができなかったのだ。

 中年はおれの方を見て呟く。

「ああ……ああ、頼む」

 随分と力ない声でおれに言って、案内する前に助手席にどっかと座った。


 〇


「……」

「……」

 さて、どうしたものか。

 先ほどの青年の間であった無言と、この中年とおれの間での無言では何か重みが違う。


 どんよりとした嫌な空気になり、おれはたまらず窓を開けて煙草に火をつけた。

 と、不意に中年がおれに言った。

「煙草なんざやめとけ……肺に穴は空くわ、周りから煙たがられるわ……。良いことなんてひとつもありやしねえよ……」

 嫌な空気と淀んだ声で、ますますこっちの気分も落ち込む。おれは黙って煙草の火を消した。


 思い切って聞いてみる。

「あの……何かあったんですか?」

 その言葉に中年はより落ち込んだように返した。

「何かも何も、仕事をクビになっちまった……。若い時に女にも振られて、それから仕事が手付かずだったんだ……」


「大事な人は失って初めて気付くもんさ。兄ちゃん、親は元気かい?」

「……ええ、実家で元気にしているそうです」

「そうか……生きているうちに孝行してやんな。俺なんかろくすっぽ孝行しないまま、女に振られて親も死んで……なあんにも無くなっちまった……」

「……」


「仕事なんざ後回しでもいい。とにかく今ある人間関係を大事にすることが、人生において一番大切なんだと、この歳になって気付かされたよ……」

 返す言葉が無い。確かに親は元気だが、最近こちらから連絡することも少なくなった。


 中年は続ける。

「後悔先に立たず、覆水盆に返らず……。人生ってやつは結局、一本道なんだ。選択の連続なんて世間は言うが、選択した結果がどうあれ辿る道は一つしかない。それを幸か不幸か決めるのが、選択ってやつだけなんだ」


「……あなたは……不幸なんですか……?」

「わからん……。……他人から見た時に、俺の感じる不幸なんか屁でも無いかもしれないし、もしかしたらずっとずっと不幸なのかもしれん。でもそんなものは他人の見方でしかない。つまるところ自分の感じ方次第で人生は幸にも不幸にも転ぶもんさ。少なくとも俺は……今は不幸に感じているが、この先幸せに感じるようになるかもしれない。……兄ちゃんと出会って、口にして、改めてそう思えたよ」

「……じゃあ、今は少し幸せなんじゃないですか?気持ちを吐き出せるなら、それなら……」

「はは……確かに」

 中年は初めて笑いを見せた。それはまるで、失ってしまった過去との決別を果たすように。


「本当に……人生ってやつは一期一会だな。今までが不幸でも、未来で幸せに転がると思える。……そう思わせてくれる話し相手が、今この瞬間いるなんて思わなかったな……」

 夕日が沈む。道の先には、出発した街が見えた。

 なんだか久しぶりに見るような気がした。


 薄々と感じた予感は的中し、昼過ぎに見た一番最初のベンチはにあった。


 中年もまた、ベンチで停めて欲しいと言う。

「兄ちゃん、ありがとうな。お前さんのお陰で何だか元気になれたよ」

「自分もそう言って頂けて嬉しいです」

 そう言ってベンチの方に目を向ける。……やはり中年はいなかった。だが、気味悪さよりもある一つの答えが胸の奥に生まれ、おれの決意に変わる。

 そして────────





 ベンチには、が座っていた。


「乗りますね?」

 もう迷いは無い。おれは老人に声をかけた。老人は分かっていたように立ち上がり、助手席に座った。


 〇


「お兄さん……、何か決めたようじゃな」

「ええ……。何だか今日は変な日です。でも嫌な気分じゃない。晴れ晴れしています」

「ふっふ……。それでいい。気付いているなら、それでいいとも」

「おじいさんは、きっとおれの……」

「その先は言わずとも良い。今日の出来事は全て、夢物語だと思う方がいい」

「そうですね」


 空はすっかり暗くなり、星々が瞬いている。街の明かりが近付いていた。

「よいな、人生とは……人生とは、人が生きると書いて人生と読む。当たり前の事だが大切な事だ。そして人が生きる人生……その人とは、自分だけではなり得ないぞ」

「出会い、別れ、決意……それらが導く選択の末に立つ、自分にとってかけがえのない人達が、きっとそうなんですよね……?」

「その通り。儂はその事に気付くのが遅すぎた。若い時に気付いておれば、きっともっと明るく生きていられたものを……」

「大丈夫ですよ」

 おれは笑ってみせた。


「おれが……気付きましたから。おれが今までしてこなかった選択はもう取り戻せないとしても、これからの選択におれは気付いた。だから……おじいさんの選択も、おれの人生に道をくれた。それだけで……おれとおじいさんは、もうお互いにかけがえのない人になったんですから」

「……嬉しいねえ。」


「おじいさんだけじゃない。男の子や同い歳くらいの彼や、おじさんもそうだ。みんなおれが選んできた選択の末にあるおれであり、今までのおれが選んでいたであろうおれなんだ。それは確かにその選択をしたおれにとっては不幸に感じるかもしれない。でもそれも立派な人生なんだ。遅いなんてことは無いし、そこから立ち直せるはずだ。だって……」


 老人の姿は、もう無かった。それでもおれは続けた。おれが、今を選択したおれが、それを認識するために。


「人生は、選択という枝葉の付いた太い一本道なのだから!」



 〇


 家に帰り、まず部屋に転がしてあった煙草を全部処分した。

 確かに吸うことで得られるものもあるし、否定はしない。でももしかしたら、吸わないことで得られるものも何かあると思い、禁煙することを選択した。


 次に長文の別れのメッセージに返信をする。

 おれが仕事に向き合いすぎたこと。休みの日はアテもなくふらついていたこと。それで、彼女に嫌な思いをさせてしまったこと。

 それら全てに謝り、もう一度やり直せないか聞いた。

 答えがどうであれ、「引き留めた」という選択をしたのだから、そのまま消化するよりはヨリを戻せる可能性はある。


 次に実家に電話した。

 電話に出たのは父だった。

「おう、どうした!!」

 豪快なその一言目は、酒の入った父の元気っぷりと、声が聞こえなくともきっと元気であろう母の様子をよく教えてくれた。

 父に日頃の感謝を述べ、「おう、気持ち悪いな!」と返される。

 母にも代わってもらい、日頃の感謝を伝えた。「やだ気持ち悪い!」と返される。

 散々な返答であるが、結局二人とも最後には「ありがとう」と答えた。

 今は、これが精一杯だ。

 近いうちに実家に帰って────できれば彼女と一緒に────いつか孫の顔でも拝ませてやりたい。

 元気な様子を見せたい。元気な様子を見たい。

 おれの選択が、また新しい気持ちを呼んだ。


 最後に、おれは今日の出来事を書き記すことにした。

 老人には「夢物語と思え」と言われていたが、これをおれ一人で抱えて今後の人生を歩むのは随分と荷が重い。

 いつか彼女や両親、またはおれがどこかで話すと決めた時に、今日の出来事を詳細に明らかにするために。


 ほら話だと嘲られてもいい。

 人生において、人間関係が何よりも大切なのだと伝えられれば。


 夢物語だと笑われてもいい。

 決めあぐねた選択なら、最善よりも後悔しない方を選ぶべきだと伝えられれば。


 綺麗事だと踏み躙られてもいい。

 今日あなたが決めた選択が、いつか、果ての未来できっと、あなたの心に何かを残すと伝えられれば。


 そして、どうか後悔しないでほしい。

 過去のあなたが決めたことを。

 今のあなたが決めたことを。

 過去の選択によって生まれる、これからのあなたを。


 今、その瞬間を歩むあなたが思う人生を選んでほしい。


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