第一章 8月1日 誘拐され、死亡
第2話 終末
ニュースが流れている。
午後2時9分、世界各地で空が赤く染まるという異常現象が現れ、それと同時に異常現象が……特に日本各地では……各国は非常事態宣言を発表し……政府は一連の現象をラグナロクと呼び、原因の究明を……特に……で流れたサトウケイの予言との関連性を……
ニュースが流れている。
アメリカではニューヨークの……で大規模な………交通や生活に大きな支障がある模様。奇跡的に死者は………サトウケイの予言とされるラグナロク現象は他にも……中国では黒龍江省にある五大連池火山にて……イギリスでは……
ニュースが流れている。
一連のサトウケイの予言をした占い師の………が……病院にて亡くなっているのが発見されました。警察によると被害者には複数の刺し傷があり……被害者は暴行を受けた後に殺害されたとみられ、反社会的組織による犯行との声も……
ニュースが流れている。
俳優の……こと佐島景氏がラグナロク現象時、事故にあっていたことが判明しました。目撃者は多数、さらに、佐島景氏が事故に遭った直後に空が赤くなったという証言がみられました。事務所からは佐島景氏の休業が発表され……
ニュースが流れている。
速報です! 佐島景氏が政府により正式にサトウケイと……また一連のラグナロク現象も佐島景氏の事故によるものとして……何故影響したのかを調査……!
「調子はどうです?」
慧がテレビを見ていると、のんびりとした様子で医者が入ってきた。
眼鏡をかけた中年の男性だ。七三分けを少しだけ崩したような髪型をしている。白衣も同様に少しだけ気崩していた。誰もがどこから見ても医者と答えるようなテンプレート的姿だ。
慧はそんな医者を一瞥し、すぐにテレビに目線を戻した。そのまま、ぼつりと言った。
「あんま、良くないです」
「……そうですか」
そう言い、医者は慧に近づいてくる。
事故現場からさほど離れていない、学校にも近い病院の一室。それが今慧のいる場所だ。
医者は慧の肩の様子を見だした。
珍しく運が良かった、と慧は思う。車に撥ねられ気を失っていたのにも関わらず、奇跡的に右肩の脱臼と擦り傷で済んだ。少しでも当たり所が悪かったら脳挫傷もしくは失血死していたかもしれない。
ふいに遠慮も無しに怪我を押されて、痛みが走り、慧は思いっきり顔をしかめた。それを見た医者はふむと満足気に唸る。
「大丈夫そうですね。手術したところもこのままきれいに治りそうだ。内臓とかもCT見る限り良好ですね。明日には退院してよいでしょう。慧君ご両親は? いると思いましたが」
「所要で帰りました」
「すれ違ったか。なら戻ったら一度お話があるって伝えといてくれます?」
「わかり、ました」
慧が頷くのを見ると、医者は微笑みながら中腰だった姿勢を元に戻した。続けて、慧の目線を追いかけるようにしてテレビを見る。
「あーサトウケイ。ずーっとこのニュースやってますよねぇ」
「ですねー……」
「今も僕、実感が湧かないんですよ。あんなことが実際に起こっただなんて」
慧は目を伏せた。
ラグナロク。あの日、慧が事故にあった日に起きた未曾有の異常現象だ。
あの赤い空はもとの青に戻っている。ニュースも事故直後に見た光景も全部夢だと思い込んでしまいたい。けれど、窓から見える景色が現実だと伝えてくる。
病院の駐車場のすぐ近く、森が宙に浮いていた。
ばらばらになった土地と木がパズルのように組み合わさり球に近い形をとっている。
重力異常。日本を中心に空が赤くなると共に起こったものだ。一部の地域で重力が強くなったり、重力そのものが可笑しな方向に働くようになった。空の色が戻っても、これらは元には戻らなかった。
あの森は多分、空の宙域に引力が発生してしまったのだろう。
今、慧が普通にベッドに横たわっていられるように、重力の可笑しくなっている地域から出てしまえばぱたりと影響を受けなくなるのも、この異常現象の特徴のひとつだった。
「でもこんな状況だと、こう思っちゃったりしません?」
医者は慧の様子に気づかずに、少し浮かされた表情で続ける。
「神様は存在すると」
医者はまだぼそぼそと何かを言っていたが、何か思いついたらしい。手首をポンと叩くと、白衣のポケットから携帯とコードを取り出した。続けてテレビに向かうとガサゴソとそれらを取り付けている。
「……何してるんですか」
「いや、僕はあれの会員に入っていて映画とか見放題なんですよ。だからこうしてつなげば、慧君も映画が見放題っと。よし、これから次の回診行くから、僕の携帯勝手に使って見てて。何処のチャンネルもラグナロク、ラグナロクばっかりでやっぱり気が滅入っちゃいますからねえ。もちろんニュース見たければニュースのままでいいですよ」
「携帯、置き去りにしていいんですか」
「趣味用だから構わないです。コードも同様」
なんでそんなものを仕事中に持ち歩いてるのか、慧はそう突っ込みたくなったが我慢した。この医者はいい人だ。
病室には自分以外の患者はいない。個室だ。サトウケイという名前だと好奇の目で見られるだろうと、医者が気を利かせてくれたのだ。しかも大部屋と同じ値段で。大部屋は他の患者で溢れてるから仕方ないと笑っていたが、個室は安くないだろう。
「それじゃ。……食事はちゃんと取るように」
手を振りながら、医者が颯爽と去っていく。揺れる背は中年のおっさんそのものだ。最後に言いたかったことはそれだったようだ。慧は冷や汗をかいた。
別に自分のスマホにもアプリで入っているのに。汗を誤魔化すように悪態をついて、慧は思い出した。
「スマホっ」
自分の携帯を確認していなかった。目が覚めて手術して二日。今まで一度も触ってなかったなんて現代っ子の名が廃る、だ。
横には両親が置いてくれた物に紛れてあの日自分が持っていた物も置いてあった。流石に鞄はぼろぼろで捨てたらしい。むきだしの中にはスマートフォンもあった。
「うわ……」
スマートフォンの画面はあちこちがひび割れていて、側面も所々が欠けてなくなり、中の黒いものが見えている箇所がある。電源を入れてみれば意外に点くようだ。とんでもない量の通知が溜まっている。親のも、友人たちや吉のも。星野は特にひどい。
空やばい。[写真]そっちは大丈夫か。なんか一件建物潰れたって。廃墟だから良かったけど。バス動きそうもないから歩いて帰る。長い距離。そっち電車動いてないだろ。よければ家来たら。電話で母も大丈夫って。大丈夫か。[電話][電話]既読つけてくれ。[電話]ニュース見た。やばい。地球終わった。[電話][電話]無事か。
生きているのか。
慧はあわてて、生きてる、と返信した。秒も置かないうちに既読がついたかと思うと、すぐに電話がかかってきた。
「慧! 無事か!?」
慧は耳が割れるかと思った。一回スマホを持ち直すといつものように話す。
「無事無事。生きてる」
「もー。だったらなんで連絡しないんだよ。こちとらラグナロクで死んじゃったのかと……」
「いやそれがな、車に轢かれて。空に見とれて前を見てなかったんだってさ」
事故後、捕まったひき逃げ犯はこう証言したらしい。警察に教えてもらった。
「は? マジ!? ケガはしてないのか?」
「大丈夫、明日には退院できるって」
「良かった……ほんとのほんとに大丈夫なんだよな?」
「大丈夫。大丈夫だって言ってるだろ」
「退院のときに吉と会い行くから! 病院の場所後でラインに貼れよ」
電話越しに星野がいつもの癖で頭を掻いているのを感じた。きっと、彼女はだらしなく膝を抱えた状態で椅子に座り話しているのだろう。部室でよく見るように。
あとは世間話、ラグナロクとサトウケイについて話した。クラスメイトや知り合いにラグナロク現象で被害に遭った人は誰もいないらしい。だからこそ、慧のことを皆が心配していたのだと星野は話した。30分くらい話して電話を切ると、慧は力が抜けてずるずるとベッドに倒れこむ。
ニュースが流れている。
世界存続の為、サトウケイの身柄を……国連にて協議……一方、多くの宗教団体がこれに声を挙げており……ラグナロク現象以降に新たに誕生した……テロの危険性も……
ニュースではひっきりなしにサトウケイの名前を呼ぶ。
ラグナロクで直接、死傷者が出ることはなかった。しかしあの日、パニックで多くの事故が発生したという。警察も両親もそのうちの一つとして慧の事故を話していた。
『空に見とれて前を見てなかったんだってさ』
慧は本当にそうだったのか、と思い返す。信号を渡ったとき、事故に遭う直前はまだ。
空は青いままじゃなかったか。
肩のギプスに目をやる。
「でも、ほら。軽い怪我だし……」
言葉は続かなかった。寒さがそこから這い寄ってくる。慧は耐え切れなくなって、指を再びスマートフォンに伸ばす。
その手を、見覚えのある手で掴まれた。
「駄目ですよ」
青みを帯びた目が慧を見つめる。事故の日に会った女性がそこにいた。
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