第四話
仕事場に戻り、田島と二人で資料を洗い直す。
見つかった骨の中には、確かに桑田健一くんの骨があった。村の歯医者に残っていた治療痕が一致する顎の骨が見つかったのだ。
他の医療機関も当たってみたところ、健一くんの血液型が戸籍上の父親と合致していないことと、血液検査の直後に失踪していることが判明し、なんだかやりきれない気分になる。
この事実で、トメさんの話が一気に信憑性を帯びてきた。当時、どんな揉め事があったのか詳しいことはわからないが、父親と血液型が一致しなかったせいで健一君は喰らい様に差し出された、ということか。
「多分、山姥と、隆くんの話に出て来たおばあさんは、同一人物だよね。その人が長年にわたって怪物に餌を与えていたと考えるのが自然かな」
まあ、それも怪物がいると仮定した場合なんだけども。
トメさんの話では、女は古屋敷にいる、ということだったけど、屋敷は長年使われていないのが明らかな荒れようだし、調査で中に入った者の前に女が現れたという報告もない。
もう一度資料を見直すと、破損している骨は全て大人のものだった。大人は小窓からは入れないから、外でバラバラにしてから蔵の中に投げ込んだ、と考えるのが妥当だ。
でも、そうだとすると、なおさら発見された男性が中にいた理由と方法がわからない。
「喰らい様……、人を食べる怪物って、本当にいると思います?」
「仮にいたとしても、我々警察としては怪物を指名手配することはできないんだよなあ」
「ですよね」
ちょっと想像してみる。指名手配のポスターに、恐ろしげな怪物の姿が描かれていて、その下に「見つけたら110番!」と文字が入り、懸賞金が提示される。そんなふざけたものを出したら、大炎上間違いなしだ。
「それに、怪物じゃなくても人を食べることはあるよ。ライオンとか、ワニとか」
「あー。じゃあ、あの蔵の中でそういう猛獣が飼われてたのかもしれませんね」
「でも、そういう生物がいたって痕跡は見つかってないんだよなあ。雨漏りがひどくて、古い痕跡は洗い流されてるみたいだ。ほら、この前も台風来たし。現場からは、毛も排泄物も、人間のものしか見つかってないよ」
「うーん、そうですかあ。違うっぽいですね」
「それに、仮にそういう猛獣がいたとして、あの蔵の中に入れるのは不可能だし、男性をあそこに入れた方法はやっぱりわからない」
「その男性の様子はどうなんです?」
「相変わらずみたいだよ。ひどく錯乱していて、まともに話せず、医者に診せるのも一苦労だって話だ」
「困りましたねえ。身元もまだわからないから、関係者を当たることもできないんでしょ?」
「困ったねえ。その人から話を聞ければ一発で解決もあり得るんだけどなあ」
「仕方ないですよ。あんな蔵の中に怪物と一緒に閉じ込められてたら。気が狂う程度で済んでよかった。最悪食われてたかもしれないんですから。気長に待ちましょう」
また、うーんと二人で考え込む。こういう時は、コーヒーが進んで仕方がない。ぼんやりして集中力が途切れそうな頭を、カフェインでだましだまし働かせる。
「密室の中に怪物がいる、ってミノタウロスみたいですね」
次のコーヒーを用意しながら田島が言う。僕は、引き出しからお茶受けのお菓子を出しつつそれを待つ。今はカントリーマアムの気分かな。砂糖を入れてないコーヒーの相方は、甘いクッキーに限る。
「ああ、迷宮の中に怪物が住んでて、何年かに一度子供が怪物の餌として迷宮に送り込まれる、って話ね。まあ、あの蔵は迷宮どころかワンルームしかないけど、確かに似てる」
「俺、思うんですけど、なんでミノタウロスって迷宮から出て来ないんでしょう?」
「迷ってるからなんじゃないの? そのための迷宮でしょ?」
「でも、何年も住んでたらさすがに自分の家の間取りくらい把握しません?」
「間取りって……」
「何年かに一度開く出入り口があるんですよね。餌の子供を送り込むための。俺がミノタウロスならずっとそこで待ち構えてて、開いた瞬間に突進して出るけどなあ」
新しいコーヒーが目の前に出される。僕の集中力が続いていないことがバレているらしい。ちょっと濃いめだ。こういうところで妙に気がきくやつである。
「その出入り口は人間用だから、ミノタウロスのサイズだと出入りができないんじゃない? すごく大きかったって聞くし」
「じゃあどうやって閉じ込めたんです? 出られないなら入れられないでしょう?」
田島は自分の分のコーヒーにバカスカ砂糖とミルクを突っ込んでいる。そこまでするなら、もう砂糖を舐めた方が早いのではないだろうか。
「なんだっけ。確か、ミノタウロスが迷宮に入れられたのは生まれてすぐの子供の頃……だったんじゃ……」
嫌な想像が頭をよぎった。
「田島、お手柄だ」
「えっ、なんでですか?」
田島は呑気な声をあげて、キョトンとしている。
「例の男性に話を聞きに行こう」
「まだ話せないんじゃないんですか?」
「僕の予想が正しければ、待っていても彼は話せるようにはならない」
できれば、この予想は間違っていて欲しいのだけど。
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