第2話 この世界が気に入らない

 もし誰かがそんな二三歳のイコライ・ブラドを見たとしたら、こう思ったかもしれない。

 自分だって、傭兵として、人を殺して金をもらっているくせに、そんなことを思うのは自分勝手だ、と。


 だが、戦争の絶えないこの時代、優秀な戦闘機パイロットは、多かれ少なかれ、自分勝手な性格をしているものだった。

 自分勝手でなくては……自らの意志を強く持つことなくしては、戦闘機パイロットは生き残ることができなかった。


 編隊を組んで戦うとは言っても、現代のジェット戦闘機はあまりにも高速で、一度混戦になったが最後、仲間と助け合うのは難しい。

 最後の瞬間はいつも一人。どこまでも広がる大空の中で、パイロットたちは一粒の点となって、たった一人で戦う。生死を分かつ一本の線の上で、戦闘機パイロットは、誰にも頼れない。


 だから戦闘機パイロットは、環境の求めるままに進化する。

 まず、若者の中から、他人に頼らない独立心旺盛な者が選ばれる。さらにその後で、生まれつき持っている性格を、より強化されるような教育を受ける。最後に、実戦の中で、必要なものが研ぎ澄まされ、不要なものが切り落とされていく。


 その結果として、優秀な戦闘機パイロットは生まれる。

 広大な空の中に一人取り残されたとしても、自分だけで戦う判断を下すことのできる人間が出来上がる。


 普通の人間は、一人で生きていくことはできない。狩りをする時、畑を耕す時、工場で物を作る時、オフィスで働く時……そして、歩兵として戦う時、軍艦の乗組員として戦う時……どんな時も、一人では何もできない。


 だが、優れた戦闘機パイロットは違う。

 優れた戦闘機パイロットだけは、周りには自分一人しかいなくても……時として、逃げようと思えば逃げられる状況でも……あえて、戦うことを選ぶ。そして、勝つ。


 副作用として、自分勝手な人間になることも多いが、見返りは大きい。長生きができるのだ。上手くやれば、金だって稼げる。


 ……だが、実際には、そうした資質を持たない人間が、手違いで戦闘機パイロットになってしまうこともある。

 イコライ・ブラドが戦闘機パイロットと違ったのは、そうした「手違い」に対して、いちいち怒っていたことだ。


「なんで不機嫌なのかって?」

 その日の夜、戦勝に沸くバーの喧噪の中で、イコライは苛立っていた。


「あのな、カイト! お前も見てただろ? 今日死んだやつを。あいつ、ロクな訓練を受けてなかった。最後まで俺に『敵はどこですか』『どうすればいいですか』って指示を求めてたよ。俺が敵のおおよその位置を教えてやっても『見えないです!』なんて言ってばっかりで……空戦の最中に、敵の位置をわかりやすく説明できるわけないだろ、ってんだよ。無線で話してる暇があったら、自分の目で探せばよかったんだ。そうしていたら、あいつはまだ生きていたかもしれない」


「気にすんなよ。あんなやつ」

 イコライの同僚、カイト・メイナードは、ビールジョッキをあおりながら、怒る旧友を前に肩をすくめた。

「仲間って言ったって、今日になって初めて組まされたやつじゃないか。よく知りもしないやつだ。そもそも、あいつが死んだのはお前のせいじゃないし……それに、あいつが結果的に囮になってくれたおかげで、俺たちは楽ができたじゃないか。戦闘に勝ち、戦争に勝ち、俺たちは生き残って、会社から次の戦地を指示されるまで、しばしの休暇に入る。その間は、こうして酒も飲める。めでたし、めでたし」


「どこがめでたいんだ……」

 イコライは、ため息を挟みつつ、なおも言う。

「敵のパイロットだって最悪だった。俺の目の前で、急旋回なんかしやがって。急すぎる旋回は速度が落ちるから危険だって、学校で習わなかったのかな。俺たちなんか、空戦機動の授業で一番最初に習ったよな。なあ、そうじゃなかったか、カイト」


「そうだったかもな……でも、味方が弱いのはともかく、敵が弱いのはいいことだろ」

「いいもんか。俺は弱いやつを撃ち落としたって、なんにも面白くない」


「おいおいお前、なにがやりたくて戦闘機パイロットになったんだ? 強いやつと戦いたいとでも? そんなことしてたら死ぬぞ」

「……死にたくはないさ。それに、別に強い敵と戦いたいわけでもない。でも、今のこれも、なんか違うんだよ」


 騒がしいバーのカウンターの片隅で、一人だけうなだれながら、イコライは言う。

「あいつら、なんで戦闘機になんか乗ってたんだろうな。ロクな訓練も受けてないのに。あいつらだって、自分でそんなことはわかってたはずだ。出撃すれば死ぬって。なのに……」


「戦争が増えて、パイロットが足りないのさ」

 カイトは淡々と言った。

「それに、近頃は色んな仕事がロボットに取られてるからな。食うに困って、戦闘機に乗るやつが後を絶たない」


「答えになってない。なんで、あいつらは、ロクな教育を受けてなかったんだ」

「あのな、イコライ……」

 カイトは低く、言い聞かせるような声で言った。

「俺たちがいたのはな、世界で一番の戦闘機パイロット養成校だったんだよ。俺たちより良い教育を受けたパイロットなんか、どこにもいないんだ」


 その言葉を、苦虫を噛みつぶすような顔をして受け止めたイコライは、

「……気に入らない」

 と、背筋を伸ばしながら言った。

「俺はこの世界が気に入らない」

「なんだお前。そんなに強いやつと戦いたいのか。だったら戦うか? かつての同級生たちと」

「……」


 この時、イコライはただ黙り込むしかなかった。

 しかし、これから約五年後、イコライはカイトの言葉を実行に移すことになる。

 この五年後、イコライ・ブラドは世界大戦の端緒を開き、その結果として、かつての同級生たちを含め、全世界で一千万の人間を死に至らしめることになるのだ。

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