叙唱されし者スピンオフ【黒と白の剣士】
@togami922
第1話 安息の終わり
ーー魔法、とは。一般的には自身に宿す魔力を使うことでどんなことでも実現することができる奇跡のような力である。
この世界では当たり前のように魔法が存在し、それが日常の一部にもなっている。
そんな世界の片隅の偏狭な地で、自分はいつも通りの平穏な日常を過ごしていた。
「はぁ…のどかってすばらしいな」
木造の一軒家のバルコニーの下でのんびりと読書をしてしていた俺はふう、とその場でため息を吐く。
ため息を吐く理由は読んでいた小説の世界に浸っていたこともあるが、こうも平穏だとついついため息くらい出てしまう。今の暮らしはそれくらい平穏なのだった。少し前まではここより遥かに騒がしい国の元で暮らしていた為、余計に静かに感じてしまう。
時刻は昼過ぎ。さて今日はどんなことをしようか、とそんな考えをしていると
「あっ、レイジ!やっとみつけたよ!」
と、突然隣のリビングから声が聞こえてきた。その声の主をよく知っている俺はゆっくりと背後を振り向く。
そしてやはりそこにいたのは予想通りの人物だった。腰まで伸ばした白い髪に翠色の瞳。
「何って…普通に読書だよ。そういうお前こそどうしたんだ?イリス」
彼女の名前はイリス。俺の数少ない信頼できる人物であり、血は繋がっていないが家族のような存在でもある。
「僕は君を探しに来たんだよ。まったく…君の部屋に行っても間抜けのからだったし…てっきり森の方まで行ったのかと思ったよ」
嘆息混じりに話してくるステラ。どうやら少し心配されてしまったようだ。
「森って…確かにここら辺に出てくる魔獣はそこそこ強いけど、でもこの辺の魔獣くらい出てきたとしても余裕なのはお前も知ってるだろ?」
「それはまあそうだけどさ…もうちょっと危機感は持った方がいいと私は思うな」
むぅ、と軽く頬を膨らませるステラ。そんな彼女を苦笑しつつ謝って彼女を宥める。ついでにほっぺをむにむにしてやる。
向こうは「うにゃー」と不満の声を漏らしているが気にしないことにしよう。
……確かにここら一帯は平穏だが、一度森に入れば話は変わってくる。まず十全な用意もなしに向かえばほぼ生きて帰ってこれないだろう。その程度には強力な魔獣が生息しているのだ。
それに対し俺が余裕だと言ったのには理由がある。
「ひゃふがわさいきょーのまほーをもってるひとはよゆーだよねー」
ほっぺをむにむにされながらジト目で返してくる。
そう、自分には最強の魔法…というわけではないが、他の人よりもかなり強い魔法を持っている。ただ、詠唱などを必要としないため実際には能力に近い。詳細は省くが、その能力があるため森に行っても余裕でいられるのだ。
…だがまあ上には上の魔法があるだろうと、その上の魔法を持つ人物に苦笑いで返す。
「俺としてはその称号はお前の方が合ってると思うけどな…それより俺を探してたってことはもしかして依頼か?」
イリスから手を離して聞いてみる。するとイリスは思い出したかのように懐を探って
「うん。玄関のポストを見たら手紙が入ってて…どうやら『郡』からの依頼みたいだね。厄介な魔獣が住み着いてるから退治をお願いしたいって」
そうやってイリスは封の開けられた手紙を差し出してくる。
『郡』というのは国から認められた何でも屋でどんな依頼でも引き受ける組織の事…つまりは万屋というやつだ。
こうやってその『郡』から依頼が来ているわけだが自分はその群に属しているわけではない。
それについては色々と理由があるのだが……まあ、あまり目立ちたくないのと、こうやって平穏にくらしたいというのが主な理由だ。
なので郡のメンバーでは対処できない、もしくは人員不足の時だけはこうやって依頼が届き、俺たちが対処しているのだ。
「突如あらわれた迷宮区の探索…か。まあこれくらいならすぐに終わりそうだな」
手紙に書かれた内容を読みながらそう呟く。依頼の場所もそれほど遠いというわけでもないしうまくいけば数日で帰ることはできるだろう。
手紙をポケットにしまった俺はイリスの方を見て
「それじゃあ引き受けるためにも久しぶりに群に行くか…そうだ、お前も久しぶりに出るか?流石に毎日留守番っていうのも退屈だろ?」
そういうとイリスは明らかに目を輝せて笑顔を見せる。
「えっ!?いいの!?楽しみだなぁ…次のダンジョンにはどんな珍しいものがあるかなぁ…」
そう言ったイリスは見るからに童心に返った子供である。実際彼女は貴重…というよりは有用なものを集めてさまざまな道具を作るのが趣味なのだ。未知の場所の探索ともなれば意地でもくるだろう。
「それはわからんが…まあ、いってみればわかるだろ」
「うーん…そうだね!それじゃあ早く支度しないと…」
好奇心旺盛な彼女はすぐに行きたい様子でそわそわしていた。そんな彼女に苦笑いしつつしょうがないなと言う。
「じゃあ今日のうちにも出発しようか。さてと…久しぶりだし体が鈍ってないといいんだが…」
ぐっと伸びをしてやる気のスイッチを入れる。それを見たイリスは、無垢な笑顔を見せる。
「あはは、頼りにしてるからね?レイジ」
その後も軽口を交わしながらお互いに笑顔で身支度を済ませる。本当に、こんな平穏がずっと続けばいいいのに。そんな事を心の底から思っていた。
これは現在より少し前、俺(レイジ)と彼女(イリス)の物語である。
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