第9話 生きていたくない
「あの、私もう生きていたくないんです」
転生課、明日香の今日のお客様の第一声である。
「いえ、もう死んでいますよ?」
つい、嫌な言い方になってしまったかもしれない。
言ってしまった後で気づく。決まり文句を言い忘れているのだ。
「ようこそ、異世界転生課です。お望みとあらばどんな世界にだって転生させちゃいます!さあ、貴方のご要望はどんな世界ですか?」
「だから、もう生きていたくないんです。生きていることに飽きました。生きる気力が湧かないと言ったほうが正しいかもしれません」
ポツポツとだが、しっかりコトバを発する彼女。樹里さん。26歳。
「生きていたっていいことなんて何もない。このままいなくなりたい」
ダメだ。この子、病んでる。そしてよく喋る。
「私なんていなくなればいいんです。転生したってそれは同じ」
「そ、そんなことないですよ?」
「慰めなんていらない。なにもやる気起きないのよ」
死因は、「飛び降り自殺」か。相当高いところから落ちたらしい。
「お姉さんは、何が楽しくて生きてるの?」
「え?私ですか?そうですね…死なないので…、お酒を美味しく飲むためですかね」
はあとため息をつく樹里さん。
「私、お酒苦手なんです。飲むとすぐ赤くなっちゃって。ビールなんて苦いとしか思えないんです。頭痛くなるし、二日酔いひどいし、いいことないです」
「じゃ、じゃあ、なにをしてるときが楽しい?あなたが楽しいと思う世界に転生させますよ?」
「…。とくにありません。」
「ご趣味はなんですか?趣味ができるとこいきましょう!」
「ゲームですかね。乙女ゲームです。推しがいすぎて大変です。」
「そ、そうなんですね!では、乙女ゲームみたいに、男子に囲まれた世界に送りますね!」
「当事者にはなりたくないの。イケメンたちが絡み合うのを私は壁になって見守りたい」
壁…。ダメだ。無機物に転生させることはできない。
…のか?無機物でもいいんじゃない?と、ちらりと課長のほうへ目線。
課長からの返事は、口の前で指を交差している。×。
そうですよね。ダメですよね。
「あ、じゃあ、スキルでカバーしますよ。【千里眼】と【潜伏】つけます。これで貴方は誰にも見つからずに見守れますよ」
「!」
よし!釣れた!
「貴方の転生先はヴォクダーナ。ここは、ボーイズラブ展開に自然となってしまう世界です。男だけしかいないのですが、貴方は特別に女のまま転生させます。どうぞお楽しみください。」
青い粒子が樹里の周りを包み込み消えていく。
「ありがとう。とっても楽しみだわ」
うわ。ちょっと目が血走ってますよ。
「如月くん、よく彼女の深層ニーズに応えることができました。すばらしいです。」
さっきの目配せから課長がこちらにやってくる。
「ありがとうございます。課長。知り合いに腐った子がいたので参考にしました。」
「ん?腐った?ゾンビかな?まあ、よいのです。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。」
去っていく課長と入れ替えで楓がやってきた。
「誰が腐った子じゃ!」
ボコっとグーで殴られる。
続く
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