翡翠のエンヴレイム
麻婆生姜焼き
第一部 紋章使いたち
第 章 20gr年 -月 99日 午de2#DIV/e4jv.ERROR!!
プロローグ・記憶の断片 2021年8月10日
(突然ですがいま鬼退治に来ています。そう、桃太郎的なヤツ)
左手の甲にうっすらと刻まれた奇怪な紋章に視線を落として、青年・
彼は今まさに、日本を代表する物語として名高い
しかし。彼を囲むのは緑色を蓄えた木々では無く、その背丈よりも数十倍も遥か高い、鋼鉄のビル。歩む道は土煙舞う土砂道や、足を刺激する砂利道では無く。完璧に整備された真っ新な道路のど真ん中。
灯った明りはひとつ、ふたつ、みっつ……心もとない光にぼんやりと照らされた跨道橋の下に人気はなく、無音にも等しい静まり返った空間。静寂の深夜に吸い込む都会の空気はどこか澄んでいて、ここの空気も昔はこれくらい綺麗だったのだろうか……なんて思いを馳せる。
様々な雑念が目まぐるしく脳裏を過る中、ライトに照らされて道路に伸びる自分の影に視線を落とし、彼はぼやいた。
「小さい頃さ、オレンジ色と緑色のライトが怖かったんだ。厳密に言えば普段とは違う色でうっすら照らされている暗闇、っていうか空間? が怖くて」
「……へえ」
現代の桃太郎の隣を歩いていた同士から戸惑い交じりの声が返ってくる。
それは犬の鳴き声ではなく、キジの甲高い声ではなく、人語を語る猿でもない。やさしいソプラノの声。
日本では珍しい紅髪に青々とした瞳。その容姿は
彼女は突然はじまった清蓮の自分語りに呆気を取られたようで。眉間に僅かなシワを寄せ、ぽかんと口を半開きにしている。それでも人形のような可愛さをはらんでいた。
「実家が民家でさ、夜中とか一階が非常口のライトで照らされててよ。トイレに行くとき毎回すっげー怖かったんだ。単なる暗闇なら結構平気なんだけど。あれってなんでなんだろうな」
「て、照らされてるぶん、なにかあるって思うんじゃないかしら? ってどうしたのよ急に」
当たり障りのない返答で一区切りをつけたところで、アケミは彼が酷く緊張していることに気付いた。夜闇で隠されていた表情は強張りを見せ、手は震え、足取りも普段より歩幅が狭い。
(無理もない、か。初任務が実戦なんてとんだ不幸者よね、同情するわ。でも素直に励ます気にならないのは何でかしらね……すぐ調子に乗るからかしら……)
なので彼女は、彼女なりのやり方で。
「あのライトを見てたらふと思い出してさ、なんでだろう、ビビっでン痛ッ! 何さ突然!」
アケミは気合を入れろ、と言わんばかりに清蓮の背中を引っぱたく。ばちん、と質の良い打楽器みたいな理想的な音に、その表情は何処か満足気であった。
「それはこっちの台詞よばかまぬけ、いつまでべらべらべらべら自分語りしてんのよ緊張する暇あるなら明日の運勢でも気にしておきなさいどあほ。そもそも、出番があると思ってる訳? 私を舐めてるの? 調子に乗るのも大概にしなさいこのモヤシ」
「辛辣過ぎないかい?! いや、まぁ……僕が何もしなくてもアケミが全部終わらせちまうんだろうけどさ、そうわかっていてもやっぱり初陣ってヤツは緊張するわけですよ……てへ」
「チッ」
「あ! 舌打ちしたな!?」
心の籠った舌打ちをしてみせた彼女の、胸元まで伸びた燃えるように紅い紅髪が揺れる。橙のライトに照らされたその身は軍服のような装飾が施された戦闘服を纏っていた。
華奢な身体を覆う、しっかりとした生地の黒のロングコート。小柄な身長に反してすらりと伸びた脚をよりいっそう際立たせるタイトなレザーパンツ。あらゆる加護が施され、動きやすさを最重視した最新鋭の戦闘服。
それを着こなす彼女は日常的に口にするような平凡で淡々とした口調で、告げた。
「鬼は全部私が殺すの、わかった?」
言葉に呼応するように、アケミの左手の甲に刻まれた紋章が薄紅色に輝いて、前方の何もない空間が突然、ばちりと音を立てて燃え盛る。
薄紅色の奇妙な炎を従わせた少女は、道路の先に広がる呑み込まれそうなほど暗い闇を睨みつけた。何処までも続くかのように思える道路のむこう、そこにある暗闇の奥底で何かが蠢く。
ずしん、ずしん。鼓膜が音を捉えるたび、コンクリートで固められた平坦な道が振動するのを両脚を伝い、何者かの接近を予感させる。やがてそれは、橙色のライトと薄紅色の炎に照らされ、その姿を晒した。
体長2メートル弱。青年と少女二人の胴を横に並べた直径よりも太い両の腕。鎧のような分厚い体毛に覆われた、筋骨隆々の肉体。額に生えた一本の長い角は、己が異質の存在であることを表すように、ジグザグと不格好に伸びている。
その姿形に類似する存在が青年の脳裏に浮かび上がる。
昔話によく出た、恐怖を抱く対象。
鬼だ。
【きおくはここでとだえた】
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