ライト & ダーク

春嵐

第1話

 この舞台。


 光と、闇。


 交互に入れ換えて、演者を、ひとりひとり、輝かせて。そして、顔に翳を落として。


「前へ」


 演者が、ゆっくり前進していく。


「もっと。もう少しっ」


 誰にも聞こえないような声で、呟く。


 演者が、立ち止まって。台詞を言う。そして、戻ろうとして。転んだ。


「はいストップ。ストップです」


 練習が止まる。


「大丈夫ですか?」


「ごめんなさい。転んじゃった」


「照明さん、輝度もう少し上げられます?」


「いやあ、暗さも表現したいのでぎりぎりなんですが」


 みんなが、集まって舞台装置と演者の動きについて話し合いはじめる。

 誰も、転んだ演者についてわるく言わない。

 そういう、劇団。


 自分ひとりで、始めた。


 描いてた作品の最後に脚本の初期案を載せて、一緒にやってくれる人を募集、と書いた。

 たくさんの応募や連絡があったけど、自分の眼と感覚で、人を選んだ。


 みんな。ひとりひとり。現代の世情では、ぜったいに売れることのない人たちだった。ひとりを除いて。


 転んだ演者さん。緊張に対して耐えられない体質。つまり、本番で必ず失敗するひと。


 照明さん。照明について極めようとするあまり、他の人の指示をぜったいに聞かないひと。


 照明さんと演者さんと喋る、彼。

 彼だけが、この劇団で、唯一の、現代でも通用する、売れるひと。なのに、ここにいる。


 舞台下から装置担当さんとメイクさんが来て、話し合いに加わっていく。

 この劇団の強さは、やさしさと気楽さにある。


 誰も、売れようとしない。名声を求めない。装置担当さんもメイクさんも、激務を避けてこの劇団にたどりついた。


「脚本ちゃん、こっち来ないの?」


 メイクさんに呼ばれた。


「あ、はい。今いきます」


 駆け寄った。


「なんでにやにやしてるの」


「いやあ、みんな優しくて最高だなって」


「あなたの本のおかげでしょ。足は大丈夫です」


 演者さん。にこっと笑う。


「すまんなあ、でも、どうしてもこの、光と闇のぎりぎりを照明で出したいんよ」


 照明さん。拝むポーズで謝ってる、というかお願いしてる。


「メイクで」


「ん?」


「ちょっと、舞台の立ち位置のところと、演者さんの足を、光らせたりって、どうでしょ?」


「おお」


「ラメ加工でなら、綺麗に映るかもしれない」


「脚本ちゃん、さすが」


 みんなからほめられる。


「え、えへ。それほどでも」


 照れる。


「じゃあ、ラメ必要ですね。多めに」


「俺が発注しますよ」


 彼が、電話を片手に舞台の片隅へ移動する。それを、見てた。


 彼のことが、好きだった。

 脚本のことも、漫画の末尾で人を募ればいいと言ったのは、彼。


 こうやって参加してくれる、一緒の場所にいられる、それだけで、嬉しかった。


 でも、彼には、仕事がある。彼は、声優だった。外国の吹き替えや、子供向けの朗読を担当していて、とても声が美しい。俳優もできるぐらい、顔が綺麗なのに、声で勝負している。


「ラメ、どこに貼ろっか」


「そうだな。照明の光を当てなければ輝かないから、照明側からここに貼れ、っつうのはないな」


「舞台的にも大丈夫です。今回は演者少ないし、動きものもないし」


「じゃあ、脚本ちゃんが貼ればいいかな?」


「え、私ですか?」


「俺もそれがいいと思います」


 彼が、電話を片手に戻ってきた。


「さっき、演者の立ち位置を呟いてましたよね?」


「あっ」


 彼に、聞かれてしまった。


「いや、えっと、演者さん顔がかわいくメイクアップされてたから、なるべく前で見てもらうほうがいいかなって」


「じゃあ、脚本ちゃんが貼るべきね。そもそもあなたの物語だし」


「そんなことは」

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