第59話 転移者と魔法少女の絶望
「ともかく、今日は混乱しているんだ。ゆっくり休むといい」
二人を宥めたのは、リーダーの緑だ。
病院のベッドに横たわった大和は、必死に訴えた。
「違うんだ! 本当に、やばいんだって!」
「……ああ、分かっているよ。でも、ひとまず休息をとってほしいんだ。話は明日聞くよ」
痣のついた手を伸ばして叫ぶが、想いは伝わらない。
皆が、大和に憐むような視線を向けた。
緑を筆頭に、"天橋立"メンバーは病室を去った。その中には琴海の姿もあった。
誰もいなくなって、脱力する。
「くそっ!」
感情を抑えきれず、ベッドに拳を叩きつけた。
彼らがなぜそんな態度なのか、大和には理解できてしまった。
自分は、今まで魔物になっていたのだ。
その絶望の淵から戻ってきたばかりで、錯乱したと考えたのだろう。
無理もないことだが、今は最悪だ。
それから数十分後。
検査を終えたと聞いた大和は、別の病室に向かった。
部屋の中に入ると、同じようにベッドに横たわっていた純連は、茫然と手の甲を見つめていた。
「……大変なことになってしまいました」
ことの重大さを理解している様子だ。
大和の記憶を垣間見ているため、それがどれほど危険な代物かを知っている。
慌てたように大和にすがって、焦っている気持ちを訴えてきた。
「どうしましょうっ!? 誰にも信じてもらえませんでした!」
「あ、ああ……そうだな」
自分と同じように彼らに助力を呼びかけて、同じように諭されたのだろう。
細い手の甲にはしっかりと、同じ紋様が刻まれていた。それを見た大和は、むしろ冷静さを取り戻した。
「このままでは、純連たちは、二人ぼっちで……」
「…………」
改めて他人の口から聞くと、焦燥感が這い上ってくる。
純連と大和。
それ以外の人間には紋様は見えないらしい。状況を伝えるどころか、痣があることさえ信じてもらえなかった。
「この痣は、そういうことなんですよね?」
確かめてくる純連に、うなずいてかえした。
「純連たちだけで、最後の敵に、挑ませられるんですか……?」
「そう……だと思う」
認めたくなかったが、認めざるを得ない。
この痣は、物語の最終局面への挑戦状だ。
クラン"天橋立"との戦闘の際、魔法少女の乱入を嫌って、この魔法を使ったのが、物語のラスボスだ。
『その痣を刻まれた者だけが、妾の領域に立ち入ることが叶うのよ』
妖艶な全知の声が語った。
痣を刻まれた者は、ラスボスの意思によって異界に引き寄せられてしまう。
他の魔法少女と切り離されたクランメンバー達は、圧倒的な魔法の暴力を前に、絶望の縁に追い込まれる。
メインストーリーでは、そんな展開が待っていた。
この世界の"天橋立"には、この痣がない。
無関係であったはずの八咫純連と、部外者である鳥居大和の手に、刻まれていた。
「なにか手はないものでしょうか。このままでは、純連たちは……」
「わかってる。でも、そうは言っても、思いつかないんだ」
大和は、いよいよ頭を抱えた。
肝心の、頼りになる主人公パーティからは、邪悪な魔法の後遺症で錯乱したと思われているのだ。このままでは助力は望めない。
「このままじゃ、明日を迎える前に、殺される」
根強く説得を続ければ、話は聞いてもらえるかもしれないが、いつ異界に呼び出されるか分からない。今、この瞬間に、全てが終わってしまうかもしれないのだ。
「このまま戦うことになってしまったら、どうしましょう」
「多分、何もできずに殺される」
純連の心細い言葉に、大和は現実を答えた。
びくりと肩が震える。
「……勝てませんか?」
「すみちゃんなら、攻撃は耐えられると思う。でも体力を削らないと、やっぱり殺されるよ」
「やっぱり純連では、力不足なんですね……」
「違うって! 前も言っただろう、それは役割が違うだけだって!」
落ち込む純連を、必死に激励した。
確かに『八咫純連』は低レアで、ステータスも低く、上位互換の魔法少女がいる。
しかし攻撃系のキャラクターと比較することは、明らかな間違いだ。
「すみちゃんは知ってるだろう! 俺がすみちゃんで、縛りプレイしてたの!」
「ぷれっ……!?」
説得するために、ゲームをしていたときのことを思い出して主張する。
すると、ぽんと顔を真っ赤に染めた。
「い、いったい純連に何をしていたのですか!?」
「あっ、ち、違う! ゲームで、すみちゃんを必ず編成に入れるようにしていたって意味だよ!」
「そ、そうですか……むぅ。誤解するようなことを言わないでください」
頬を膨らませて抗議したのち、また息を吐いて落ち込んでしまった。
プレイって言葉、知ってるんだな。
余計なことを考えながら、平謝りした。
「ごめん。でも、言いたいことは分かるだろう」
「……話を逸らしてごめんなさい」
「必要なのは攻撃役。せめてシリウスか、夜桜さんの助けがあればいいんだけど」
そう言ってみるが、さっきの様子では無理だろう。
「なんとか呼び戻せないかな……」
「今、みんな報告に向かっている頃だと思います。大変な事態だと言って魔法少女を集めていたので、対応にも時間がかかると思います」
「ああ、くそっ」
他に頼れる魔法少女がいない以上、やはり詰みだと感じてしまう。
嘆き、喚いて、こんなはずじゃなかったと叫びたい気持ちが湧いてくる。
だがそれを抑えてでも、生き残るために、魂を削って考えなければいけないのだ。汗の滲んだ額を抑えた。
「すみちゃんが、ボスとどうやって戦えばいいかは、分かっているのに……」
唯一自分たちにとって有利なことは、大和が、ラスボス戦の経験者だという天田。
それも『八咫純連』と『シリウス』のたった二人をパーティメンバーに加えた状態で攻略を行っている。
高レアキャラクターでも難易度が高いステージを、勝利のスクリーンショットを撮ってSNSで自慢するためだけに必死にやり続けて、成し遂げた経験があった。
すると、純連が詰め寄ってきた。
「その戦い方を、純連に教えてくださいっ!」
「ああ。それはいいけど、それだって通用するかどうか……」
他の魔法少女で遊ぶ気のない、大和なりの独特な"アルプロ"の遊び方だった。
だが、パズルを解くようなやり方だ。
何ターン目に攻撃が来るから事前に防御魔法を使おう。
このパターンには、この魔法が最適だ。
そんなやり方がこの世界で通用するかと言われればNOだ。
クイーン・スライムの時にさんざん味わった。
離していて、大和はだんだんと、申し訳なくなってきた。
「……ごめん」
「どうしていま謝るんですか?」
「今回も知識が役に立たないかもしれないから……せめて、俺が戦えたらよかったのに」
「これは、あなたのせいじゃないんですから、そんなことを言わないでください」
沈んだ気持ちも、純連は首を横に振って否定した。
それからも二人きりで考えた。
だが、解決策はない。
どう考えても、詰みだとしか思えなかった。
大和は相変わらず、ゴブリン一匹倒せないほどに非力なままだ。
スライムはもう何匹も倒したが、"レベルアップ"の気配さえないまま、ここまできてしまった。
もしかすると、この世界の住人ではないために、この世界の法則が適用されないのかもしれない。とにかく、身を守ることさえ不可能だ。
純連も、最初の頃に比べると格段に強くなったが、やはり防御役だけでは勝てない。
(こんなところで、諦めるわけにはいかないのに……)
打開策を何も思いつけない。
大和は、悔しさを滲ませて歯噛みした。
「随分と、興味深い話をしているのね」
大和も純連も、はっとした表情で、入り口の方を見た。
いつの間にか扉が開いている。顔を覗かせていたのは、変身を解いて、制服姿に戻った琴海だった。
「ことちゃん……!? どうして、ここに……」
「その話、詳しく聞かせてもらえないかしら」
先ほど病室を出ていった時とは違う。
大和たちを見る剣の琴海の視線は、真剣そのものだった。
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