02:老武侠、悪しき武侠と決闘す
5
そうして翌日には決闘の手はずが組まれた。
決闘の場所はオアノスの屋外闘技場、といってもシェルター内なので上を見上げても機械仕掛けの天井しかない。
決闘の審判以外には玖音老人側の立会人として少年とキリエ達が、宗二の側の立会人としてメイドが何名か、そしてアリメの姿があった。
そして決闘を行う両名は、それぞれの奇鋼礼装を着込み、睨みあっている。
玖音老人の奇鋼礼装は黒く直覚的な3m程度の大型機だ、動力とフレームのセットであるスケルトンはアンダースタディ型のものを使っているが、外装たるドレス部分はほぼフルメイドとなっている。
筋骨隆々、そんな言葉が似合いそうな大柄な肩幅、鬼を模した二本の角、アンダースタディ型のドレスの多くにある、ツインアイ。
奇鋼礼装が名は《黒鉦丸》、名を示すような雄大で男性的なフォルムを持つ。
緑色のナノマテリアル製のマントに一振りの巨大な鉄塊めいた剣を背負う、オーソドックスともいえる近接機の仕様だ。
宗司の奇鋼礼装は赤い、貴公子を思わせる細い姿をしていた、背は2.5m程のグランギニョル型のスケルトンを使用したこの機体の名は《アポロフェイク》、<アポロ>と呼ばれる奇鋼礼装のコピー機だ。
青いマントに背に奇鋼礼装の背と同じぐらいのロングソード一振り持つのが印象に残る。
「宗司、一つだけ約束がある」
黒鬼の相貌、緑色のツインカメラが鬼火が如く光る。
「何だクソじじぃ」
紅の貴公子、その頭部の中心には大きな単眼があった。
「《竜》に関わるな、俺が負けてもあの子供に手を出すな、それを贄の儀式と見て、《竜》は殺戮の限りをこのオケアノスで行う」
「迷信か、知らねぇよそんな抹茶臭い事」
何歩か下がり、間合いを取りながら、紅の貴公子は肩をすくめ、両掌を上に向ける。
「貴様も知ってるだろう?既に、巨大な何かが蠢く影が」
黒色の騎士は背中に背負った大剣の得を掴み、半身を取り、柄を掴んだ左腕の方を前に向ける。
少年はその様子を唾を飲み、眺める。
「ねぇ、本当にいいの、あのおじいちゃんが負けたら、君は死ぬよ?」
隣に座ったキリエが、少年に告げる。
「賭けるものなんてもう、命以外ないから大丈夫」
「はぁ……まぁ、別に良いけども」
ため息を付くキリエ、彼女は男は嫌いだ、だが、自らの命を賭けてまでクソみたいな男と戦う奴に対しては嫌悪感よりも共感を抱く。
「キリエ……」
悲しそうな顔を、カミュはキリエに向ける。
「カミュは悪くないから、悪いのは、あのクソ男よ」
キリエはそう返し、忌々しげな顔で決闘の場を睨む。
決闘のルールは簡単だ、飛行高度は50mまで、降参あるいはどちらかが死亡した時に決闘は終わる手筈だ。
メガホンを持った、審判……都市国家シャングラから派遣された武侠管理委員会の男が一歩前に出て、メガホンを構える。
「《心眼業剣》ッ!宗司・ジェイ・クラウスッ!対するは《久音老人》!名は不明ッ!」
宣言が始まる、互いの名を、称えるかのように。
「それでは……決闘ッ!開始ッ!」
こうして決闘は開始された。
最初に動いたのは宗司だ、跳躍し、その速度に上乗せするように背部と両肩両脚に付いた核パルスロケット……奇鋼礼装の標準的な推進装置で滑空飛行をしながら、黒鉄色の奇鋼礼装の顎めがけての蹴りを放とうとする。
首抉り、と呼ばれた二人が使う武術の技だ。軽量級の奇鋼礼装から放たれる一撃、それに対し体を逸らし、空振りに終わらせる。
対抗し黒騎士も背部のロケットに命を吹き込み滑空、重量機である《黒鉦丸》は地面スレスレを飛びながらナノマテリアルで構築されたマントは可変し、硬化し、空力を制御し、ゆっくりと装者の意図通りの上昇を行う。
更に上を取る《アポロフェイク》剣を構え上からの一撃、しかしそれは思い大剣に弾き返され、体勢を崩しかける。
互いに剣を構え、何度もぶつかり合った。
どちらも等級としては準A級の奇鋼礼装、であるが、機動性を優位に取ってるのは軽量機の《アポロフェイク》の方である。
先に上を取り、剣は駄目ならと足技を使い<黒鉄丸>を仕留めようとする。
だが<黒鉦丸>もまた、足を天に、頭を地に向ける体制で飛行を行う……<天蓋反転の構え>と呼ばれる奇鋼礼装ならではの奇技だ。
この構えを取られれば相手からしても足しか狙えなくなり、拮抗状態に陥る為、上を取って叩くという戦術を乱せる。
「チッ」
宗司は推進機を一端切り、重力任せに落下、そして落下中に推進機に点火し、地面ギリギリで<天蓋反転の構え>を取る……これにより上下の優位は再度宗司優位になり、その状態のまま<久音老人>に襲い来る。
「どうした老害!俺の機体の方が早く力強いぞ!」
「むぅ……」
<久音老人>も分厚い剣を盾のように使うが、防戦寄りに陥る。しかしその中には足を切り落とさんという殺意の強い一撃を混ぜ込み、相手の脚を切り落とすことによるバランス悪化を招こうとする狡猾な手に対し、宗司も攻めきれずにいた。
「さ、逆立ちしながら戦ってる!?」
「これが武侠の戦いよ」
キリエは自慢げに言う、彼女も武侠だから故に、このような光景を何も知らない若者に見せるのはいい気分ではある。
この奇鋼礼装の動きの大半を実現させるためにスケルトンに搭載された人工知能による行動補正が働いている、人工知能は使い手の行動の意図を読み取り、判断し、その動きに補正を加え、戦いを行う。
現在決闘を行う両者は、互いに人工知能との同調を上手く行っている、故に、奇技の応報を可能としているのだ。
剣戟戦は互いに奇技を叩き込み合い、結果として正面からの突撃合戦に収斂していく。
互いに最高高度で剣をぶつけ合い、そして離脱する、さも騎兵同士の決闘のような状況、奇技の叩きつけ合いが拮抗したことを示す状況……このアフリカの地では馬上槍試合から取って、ジョストと呼ばれる状況。
ジョストでは上段、中段、突き、足狙い。得物によって異なるが、それらの攻撃をすれ違い様に叩き合い、刃をぶつける、だが、互いに向かい合い剣をぶつけ合う状況の為、疲弊狙いの手でしかない。
しかし力勝負では《アポロフェイク》の方が有利だ、この機体は動力をA級奇鋼礼装のものにしており、その為<黒鉦丸>よりも一段上の膂力を誇る。
《アポロフェイク》の上段からの切れ味のいい刃、それをは剣の腹で受け止め、そのままロケットの推力を調整し右半身を回転させ、その正面の力を別の方に向け流すように吹き飛ばす。
しかし《アポロフェイク》も全身に取り付けられている核パルスロケットですぐに体を調整する。力では上だが、相手の技量を突破する程ではない。
それは、《黒鉦丸》もまた同じではあるのだが。
「このっ……デカブツなのに細かい動きを!」
であれば、純粋な剣技でなく、奇鋼礼装の隠し武装の叩き込み合いに発展するのが基本だ。
《黒鉦丸》の肩部装甲、その一部が外れ、スピーカーのようなものが露出する。
『バオォォォォォォォッ!』
その次の瞬間響くは大音響!思わず耳を塞ぐ立会人達。
そう、これが《黒鉦丸》の奇技である、大音量による攪乱、そして怯む一瞬の隙に畳みかける。
だからこそ叫びながら剣を横に構え、薙ぎを叩き込まんと突貫する。
しかし、その一撃は遠方から飛んできた無数の赤い腕足の嵐に阻まれ、体制を崩す。
「隠し玉を撃ったからだ!」
宗司が叫び、体制を崩した《黒鉦丸》に全速力、かつ直線で接近。
飛翔する腕や足……奇鋼礼装の脚や腕の各部に推進機を仕込んだそれは《アポロフェイク》が寄ると散会していく。
そう、これこそが《アポロフェイク》の暗器……彼が配備し、待機させていた無人機の手足を飛ばしての攪乱攻撃だ。
制御は脳波を介して人工知能の手により行われる、その為おおざっぱな動きになるのが常だが、宗司は修練により人工知能に細かな指示を迅速に行う術を見出し、手足のように扱う術を得てる。
「お、わ、れぇ!」
宗司が叫び、そして黒騎士の首は、吹き飛んだ。
頭が切り離された奇鋼礼装はそのまま推進機を止め、地面に落下し、轟音がなる。
決闘場には首がない老人の死骸と、勝ち誇りその老人の首を掲げる悪しき紅の貴公子の姿があった。
「ひ、卑怯よ!」
キリエが叫ぶ。
「何言ってんだレズ気取りのメスガキが、伏兵の禁止とはこの決闘、一言も言ってなかったんだがな!」
《アポロフェイク》は紫色に光るツインカメラで青髪の少女を睨みつける、キリエは都市国家シャングラに登録した武侠だ、だからその存在は宗司も知っている。
欧州から流れ着いた奇鋼礼装使い、大型の鳥のような機体、推定でA級、或いはオリジナルの機体を使う。
車いす生活で車椅子には対物狙撃銃が仕込んであり、車椅子はスケルトンユニットとしても成立しており、AIで駆動する。
そして彼女は大の女好きで同じような武侠の少女をたらしこんでいる女癖の悪さだが、だいたいにして毎回別れ話を先に切り出される。
宗司の所にも彼女に抱かれた女が愚痴った事があるが「恋人がいた」「本人に自覚はないみたいだけど悪質」「体目当てにしても身勝手な犯し方しかしないし受けに回ってくれない」と散々な評判だ。
「っ……」
「それとも、あれか?お前が次の決闘相手か?いいぜ?ただし負けたらお前は一生俺のペットだけどな!安心しときな、そっちのセフレよりも気持ちよくさせてやるぜ?」
「セフレって」
カミュが絶句する、彼女はキリエに口説かれたが、そういう自覚はない。
「……でだ、そっちのガキ寄越せ、おい。それが約束だっただろう?」
挑発するように宗司はキリエに言う。
彼女からしたら、少年を差し出すのなら戦うか、と考える。
しかし、キリエの機体は相性が悪すぎる。
キリエの機体は鈍重な大型機かつ超重量機、そして宗司の機体は小回りの利く軽量機、更に言えば、ルールの網目を突く狡猾な手を使うだろう。
装甲と膂力に任せての突撃手段なら僅かな勝機があるが、それでもなお、僅かでしかない。
「いいわよ、私が次の」
キリエはそれでも言葉を差し出そうとする、だけどその前に、少年が足を勧めた。
「もういいよ、お姉さんは戦わなくていいから」
「おっ、聞き分けがいいな」
キリエの表情が悲しみに包まれる、だが涙までは、流していない。
「そんな……いいの、そんなので?」
カミュはその様子に、目を逸らす。
「いいんだよ、これで」
少年は、にっこりと笑顔で返した。
6
その心意気はいい、と宗司は拍手で言い、そして彼を館に招きこむ。
会食、晩餐、様々な肉が並べられる。
気持ち悪い程の贅沢、そしているのは女ばかり。
女の一人に肉を食べるかと問われる。
「別にいいよ」
吐き気が覚える、と少年は思った。
恐らく自分は生きて帰れないだろう。
覚悟はしてる。
けど、差し違えることぐらいはできるはずだ。
ペネロペは少年にデリンジャーを渡した。
それは小型で、弾丸は一発しか入らない。
銃の名前はリベレオン、解放者を意味する銃。
ポケットに入ったちっぽけな銃は、まるで自分自身のようだと少年は感じた。
「お前も食え、今日は無礼講だ、いいな?」
宗司が肩をぽんぽんと叩く、大きな手、自分を殺そうとする男の手。
自分が殺そうとする男の手でもあるそれが肩に触れるたびに嫌な気分になる。
今すぐにでも銃を撃ちたい、だが、背後をとらなければ。
そんなことを考えながら、少年は従い、出された食事を口に入れる。
牛肉メインの肉主体のメニュー、普段なら喜んでたが、油の味しかしない。
アリメの姿を探す、けどもいない。
隠れてる、いや自分が来るとみて隠したのだろう。
そう言う男だ、豪胆に振る舞うが狡猾、好色で冷徹。
「女を、探しているのか?なら食ったら来い、会わせてやるぞ、がははははは!」
笑う宗司、罠だ、間違いない、だが、ここで去ったら何もならない。
何もしないで生きるより、何かして死んだ方がマシだ。
「……わかった」
そう返して少年は肉を食らう、油を食らう、塩の味がした、気分のいい味ではなかった。
「おいガキ、付いて来い」
晩餐会が終わる、吐き気がするほど食ったかもしれない。
兎に角付いていく、屋敷の中は赤く、金色の光が目に当たる。
通路は少し長い、この都市の結構なリソースを使っている、そう少年は感じた。
そうして扉の前に到着、宗司はすぐに扉を開く、その先には褐色の肌の少女……アリメがそこにいた。
だが、少年はそこで声は出さなかった、
リベレーターを引き抜く、狙いは宗司、黒く大柄な男の頭を狙い、引き金を引こうとした。
だが、腹の痛み、吹き飛び、引かれた引き金は天井のライトを撃ち抜く。
「は……がはははははははは!このガキ!案の定俺様を殺そうとしやがった!しかもリベレーターかよ!そんなポンコツ銃で何をしようって言うんだよおい!?」
「っ……」
痛み、悔しさが少年の心を浸す、嘲笑う男の声。
「おいアリメ、ちょっと来いよ」
宗司がそう言うと、アリメは立ち上がり、痛みに蹲る少年に近づいてく。
「アメ、リ……」
少年は彼女の方を見る。
その顔は、自分に対する嫌悪と、憎悪の表情だった。
「なんで……何で来たのよ!?私はここで幸せだった、食べ物だってある、彼だって優しく抱いてくれる!オシャレだってできる!王子様面しないでよ!私はここで幸せだった!なのに、なのに……!」
アリメは銃を突きつける、この数日は地獄だった、荒れた宗司に殴られ、荒々しく犯された、道具のように扱われた、その度にお前を追う子供が悪いと、何度も言われた。
村を滅ぼした宗司への憎しみは優しくされ消えてしまったのに、それを滅んだ村の亡霊のような少年が来て、台無しにしたのだ。
アリメにとって、少年の物語は、故郷を燃やされさらわれた幼馴染を助ける物語は、すでに終わった物語でしかなかった。
彼女の手には拳銃が握られていたことに、少年は気づく。
銃口は自分に向いていた、握る手は恐怖でなく、興奮と緊張で震えている。
憎しみは十分にあった、自分が苦しむ理由だから。
けども、その銃をそっと掴み、撫でるように宗司が彼女の指をほどき、銃をさらりと奪っていく。
「あ……」
「やめろ、そんな真似してもお前が汚れるだけだ」
慈しみに満ちた眼を、さらりと宗司は見せる。
「……宗司」
熱の籠った瞳を、アリメは黒い肌の豪傑に向ける。
絡みつくように抱きつき、片手で彼も抱き返した。
だが、既に宗司の目線はアリメでなく、その先の少年に向けられていた。
笑っていた、冷笑する笑み、爆笑でもすればいいだろう、だが、そうではない、愚かだと言う目線。なにもしなければよかったと嘲笑する目線、自分が全てを奪ったと言うのに、当然の目線。
憎い、けれど動かない、苦痛、どうせ死ぬならと起き上がろうとする。
起き上がるたびに全身をバラバラにする痛みにかられながら、ふらりと少年は起き上がろうとしていく。
右腕に力をいれる。
足を曲げ、伸ばす。
けれども。
そこで銃声が鳴った。
宗司の持った銃口から硝煙が吹き出す、続いて、何発も少年に撃ち込まれた。
「くだらねぇ、最初からそうしてりゃ俺も爺さんを殺さねぇで済んだってのによ……くそが!」
宗司が呟き、血の池を作っていく少年の骸を蹴飛ばす。
「宗司……」
「ああ大丈夫だ、大丈夫だ、お前はパーティに戻ってろ、俺はペネロペを連れて行く、女達の前で辱めてやる」
「う、うん……わかった、宗司もすぐ来てね」
アリメは元の道を戻って行く。宗司はふらりと、ペネロペが居そうなところを探そうと足を進めようとする。
ふと、冷たい何かが自分を睨みつける感覚がした。
感覚の方を向く、花瓶の置いてあるテーブル、メイドへの仕事のために用意したものだ。
そのテーブルの下にあるバスケットから、何か嫌な予感を感じ取る。
バスケットに近づき中身を取り出す、中身は箱……宗司は気づく、小型のネットワーク接続式監視カメラだと。
つまり、見られていた。
誰に?ペネロペに?それとも他の武侠?
そもそもペネロペは何が目的だ?自分と師匠の果たし合いを行った、そして少年をうまく利用していた。
何のために?
嫌な予感がして、宗司は走っていた。
何か、恐ろしいことが起きる気がする。
すぐにパーティ会場の扉前にいたアリメに追いつく。
彼女は扉の前でしゃがみこみ、震えていた。
「宗司……ねぇ宗司、声が聞こえないの、誰の声も、音もしないのよ……」
訴えるアリメ、たしかにわいわいとした声はしない。
銃声のせいか?いや、その程度ならどうせバカ騒ぎをしたと終わらせるだろう。
匂いを嗅ぐ、焦げた肉の匂い、そして濃厚な血の匂いだ。
「下がってろ、何も見るな、いいな?」
「う、うん……」
アリメが言われた通り下がり、別の方向に目を向け、それを確認すると宗司は扉を開けた。
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