GenocideEngine/Prototype

白金桜花

OP

 その日もまた、一つの国が滅びた。

 この時代ではありふれたことであった。

 

 過去の大戦が既に幻想を帯びた伝承の世界となった時代。

 戦禍を刻むが如く砕けたが月空から人々を見下ろす夜、荒野に存在する城塞都市。

 コンクリート造りの外壁、ビルが立ち並ぶ、直径数キロメートルと広大で飛行艦のドックもあり、小~中規模な都市国家だろう。

 その都市に赤い光の線が突如降り注ぐ。

 線は都市を駆け巡り、様々な化学反応を引き起こし、爆炎を上げ、都市は一瞬にして火に包まれた。

 対都市用対消滅砲……レーザーで真空化した部分に対し反物質を送り込み爆発させる《黄金戦争》時代の遺産。

 それが、都市国家パンドラの終焉だった。

 なんだ、これは。

 この世界の多くで使われる2.5m程の大きさの甲冑兵器たる奇鋼礼装(メタルドレス)を纏いし都市の王、グルドー・メルカルは炎に包まれる都市の広間、そして周囲の屍の山の中心に佇み、炎を背にする黒と青の奇鋼礼装を目にする。

 部下達の奇鋼礼装は刃で切られたかのように縦から真っ二つになり、臓物を零れ落し、上半身と下半身が分かれ上半身だけで呻き、息絶えるものもいる。

 この町で暮らすものの死骸もある。老人が瓦礫の下敷きになっていた、赤子を抱きながら焼け死んでいる母親の躯があった。

 老弱男女、戦闘員非戦闘員を問わない虐殺の絵図が、そこにあった。

 グルドーは恐怖を覚えながら、漆黒の奇鋼礼装の中で襲撃者を見据える、襲撃者は炎の光を浴びながら、青いマテリアルミストで構成された空力調整マントを靡かせ、光る。

 その前腕部と脛は人間のそれに比べ遥かに長い、これはグルドーの鎧も同じく奇鋼礼装の共通点だ。骨格にして動力も存在するスケルトンと外装であるドレスで構成され、ドレス部分は外骨格として衝撃を軽減する為、多種多様な体格の人間が使えるように前腕部と脛の部分にそれぞれ手足が入るようにしている。

 襲撃者の色合いは黒、頭部の四つ目が印象に残り、そして青の部分は発光している。

 マテリアルミストを塗り込んだ塗料の特性であり、ある程度の発光能力を持つ。

 そのフォルムは角というのが少ない、丸みを帯びた曲線が主体の形状、胸部は3m近い大型機にしては小さく感じる、中身は子供かと推定する、だが立ち振る舞いが落ち着きすぎている……恐らくはその手の子供型の義体を使った成年と推定。

 或いは、奇鋼礼装を義体として運用してるかだが、カンから違うと考える。

 グルドーの機体の等級はオリジナル級……過去の大戦で造られた機体であり、最高クラスのワンオフ品だ。

 色は黒と紫、鋭角的なシルエット、肩のアンテナがさも悪魔の角を思わせる。

 名前は知らない、だが嘗てドライス帝国と呼ばれる南洋大陸全土を支配し、極東の超帝国に滅ぼされた亡国の王の鎧と聞く。

 グルドーはきらびやかな装飾の、過去の文明の技術で造られた高周波剣を構える、中段の構えだ、下段と上段、そして突きに大して対応出来る。

 襲撃者のマントの下から六本の触手のようなケーブルが蠢く、その先端には剣のような何かが付けられており、剣先がグルドーを指した後、マントの下にするりと格納された。

 襲撃者も恐らくはオリジナル級だろうとグルドーは見る、襲撃者の武器は杖と言うにはあまりに簡素な金属製の棒、背部のケーブル型アームユニットの先にある剣ようなものは恐らくレーザー砲だ。

 あれが都市を焼いたのか、否、違うだろう、火力が違い過ぎる。

 恐らく協力者がいる筈だ、オリジナル級とはいえ奇鋼礼装のレーザー砲で都市を滅ぼしたなどという記録はない。

 だとすればステルス性能がある飛行艇……それも過去大戦の大量殺戮兵器の砲台でも使った船を保有していると考えた方が良いだろう。

 爆発の質として対消滅兵器、対消滅兵器は失われた技術だ、だから恐らく使い捨てだろう。

「動かない、奇襲を仕掛けない、か。悪鬼羅刹の王と聞いているが、小鹿相手に大砲を使うほどの小心者というのは噂通りか」

 黒と青の鎧騎士から、男の声が放たれた。

 年期の入った、壮年の紳士の声だ。

「お前は、誰だ」

 グルドーは言葉を返す。

 確りとした、中年に入りかけた威厳のある声だ。

 語りながら間合いを図る、二十mと視界には対象への距離が出る、奇鋼礼装の背部ロケットを利用した踏み込みならば一瞬で切り結ぶことになる距離だ。

「お前を裁きに来た、それだけ言えば十分だろう」

「裁き……だと?」

 神様気取りか、怒りがグルドーの中に沸いていく。

 殺された人々の中には彼の親しい者もいた。

 子を抱く女は未亡人だ、妊娠したまま夫が病死していた、出産に立ち会った。

 兵達は彼にとって家族のようなものだ、傭兵組織から、この町の常備軍まで頑張って成り上がった。

 歴戦の兵だ、既に彼の父の代からの古参もいた。

 彼は王だ、だが、国民でなく、家族として彼らを見ていた。

『グルドー、逃げて、戦っちゃ、だめ』

 彼の耳元で、奇鋼礼装に搭載された補助AIのシルヴルが少女の声で叫ぶ。

 シルヴルは《悪魔》と呼ばれた自我を持ったAIだ、彼女を拾ってから傭兵団は様々な戦いで成功をおさめ、そして気づけばこの都市の王となっていた。

 都市の王になったのは単純だ、この都市はパライソ神聖都市連合の参加都市の辺境で、重税や近辺の鉱山の搾取があった。だが投票で独立派が勝利し、独立の流れになった。

 独立を鎮圧しようと連合は暗殺者を投入、暗殺で独立派の要人を始末していき、そしてその中でグルドーはシルヴルに導かれるまま指導者として、独裁者としての地位を周囲に望まれるまま得た。

「神聖都市連合の犬が……!」

「そうだと言ったら?」

<撤退を提案!撤退を提案!撤退を提案!>

 警告音を慣らし、視界に赤と青の明滅をしながら広がる無数の"WARNING"の文字列。

 

 4190 A.D 7.13.02:45 descent point:P.A.N.D.R.A.Central Square


 ENCOUNTERED AN ASSAILANT.


 "Radiant Angel"


 BE ATTITUDE FOR GAINS...


 1:Escape!

 2:Do not fight!

 3:Do not look behind!


 敵のコードネーム、そして戦略分析が奇鋼礼装のヘルメットに投影される中、背部の核パルスロケットをグルドーは起動し、剣を構え突撃を行う。

 風の音が耳になり、戦略分析情報をシルヴルが音声で読み上げる。

 その声は絶望で震えていた。

 襲撃者は左足を軸足にし、半身を逸らし杖で迎撃しようとする、だがグルドーの黒の奇鋼礼装はその杖に剣を叩き込み、弾き、そのまま背後を抜ける。

 そのまま襲撃者が振り向く前に上昇し、グルドーの黒と紫の奇鋼礼装は燃え盛る都市、屍の山の上空を飛び、空高くまで上昇する。

 マントが様々な形に常に可変し続け、空力を制御した。

 まずは上を取る、そして戦う、それが基本戦術だ。

 メイン推進装置を切り、両手足のロケットエンジンで空中旋回を行うグルドー、次の瞬間、彼の躰に何発ものレーザーが当たるもマントからまき散らされマテリアルミストによりエネルギーは熱に減衰し、その熱も拡散され、無効化される。

 マテリアルミスト……霧のようなナノマシン群は奇鋼礼装に対し様々な恩恵を与える、放熱、機体表面の温度の制御、レーザーの減衰及び熱拡散、レーダーにおける形状欺瞞。

 特に機体表面の温度と形状欺瞞により奇鋼礼装はこの時代において圧倒的なステルス性能を持つに至っている。

 そしてレーザー兵器はこの大陸ではマントの仕様によりレーザー兵器は目つぶしや非人道的な対人兵器の色合いが強い、あの殺戮者は恐らくはレーザー兵器で自分の家族を皆殺しにしたのだろうと考えると、憎悪がこみあげてくる。

<これはただの脅しです、おうさま、逃げよう。きっとあいつが、噂の、悪魔狩りだから>

 震えるシルヴル、酒場でそういう話を聞いたことがある、武侠国家エリシュオンに《武侠》として登録していない、《サムライ》と呼ばれる野良傭兵の一人。

 大陸北部のあらゆる電子機器が狂う《大磁界》に於いて《神》を殺したとされる黒と青の奇鋼礼装。

 神を殺した後は《悪魔》を使う悪魔使いを殺しまわっている、だが、それは《悪魔憑き》と呼ばれる《悪魔》の要求に支配された人間のみだと聞いた。

 自分は違う、シルヴルを自らの意思で制御している。

 だから問題の無いはずだ。

 だというのに、奴は自分の家族を、守るべきものを全て奪っていった。

 ならばやることは一つだ。

 奇鋼礼装の電磁重力複合装甲を起動、レーザー砲が重力レンズにて捻じ曲げられる。

 レーザー砲の発射した方向を見据える、襲撃者は予想通り、六本の触手、その先にある剣からレーザーを放っていた。

 この機能はグルドーの奇鋼礼装特有の能力だ、電磁力と重力による不可視の複合防壁を作り出す。

 そして次は肩部と胸部のハッチが開き、陽電子砲が露出する、陽電子砲ではなく、陽電子の対消滅爆発によって得られた光熱エネルギーを重力制御を用い敵対象に浴びせる兵器である。

 更にこの光熱エネルギーが射線上を真空化させた後即座に陽電子砲を叩きつける事により敵を的確に吹き飛ばすことが可能だ。

 黒と青の殺戮者に照準を合わせる、広場に立ち、こちらを見据え、動く気配はない。

 ただ、背部の触手、その剣先が照準を向け居ていた、砲撃は止んでいる、剣先がレーザー砲だとすると、恐らくは内蔵部品がオーバーヒートを起こしたと推測。

 外部の熱はマテリアルミストが除去するが、内部の熱の除去は半端な技術者の産物や、マテリアルミストに頼ってない兵器の場合、専用のマテリアルミストによる冷却システムが必要な時がある。

 なら、やれる。

 舌なめずりをして、そして砲を放つ。

 放つのはイメージすればいい、そうすればシルヴルがその脳波を拾い動かすからだ。

「け、し、と、べぇ!」

 叫びと供に、三本の光が町に目掛け飛び、夜の町を巨大な光が覆った。

 やったか、とは考えない、そういう言葉は戦いが終わってから言うようにしている。

 爆風が自分たち居る上空まで来て、マントが靡く。

 レーダーの反応が乱れ続ける。次の瞬間、上に殺気。

「っ!?生きてた、だと?」

 上からくる杖、その杖は複合防壁を力任せに破り、グルドーは腕に持った剣で受け止める。

「貴様が撃ったのはホログラムのデコイ。悪魔のAIでは認識しづらいものだ」

 殺戮者が語る、バカ馬力と悪態を心の中で突きながら、剣を横に振り、一撃を流す

「答えろ、何故このような殺戮が必要だ!」

 剣を流され、そのまま降下する襲撃者はグルドーの方へ肩や足の推進器を用いて旋回し、ケーブル型の可変アームからレーザーを放つ。

 六門の光は捻じ曲げられ、届きはしない、だが目晦ましにはなり、その隙に上昇していることをグルドーは気づく。

「殺戮の理由?簡単だ」

 殺気、それを感じた瞬間、杖を槍のように構えての突撃が飛んでくる。

 上方からの黒と青の死の矢、それを不可視の障壁で受け止める。

 杖……銀色の、傍目槍にも、剣にも見えるそれは、グルドーの視界の前でなんとか静止し、彼の精神に恐怖。

「貴様が殺戮者だからだ、ここより北に数百キロメートル先の合戦場でその力を使った事も、部下に略奪を働かせいくつもの村で狼藉を働いた事も知っている」

 その恐怖の隙に黒青の殺戮者は杖を引き、また翻弄するように飛び去った。

「なぜ、それを……!」

 グルドーの叫び、黒の殺戮者は距離を取る、マテリアルミストで構成されたマントが荒々しく動き、空力を制御し、機動性を与えている。

『おちついて、おうさま、きっとはったりだから』

「略奪に関しては悪質な手口を使った、蛮族に扮して傭兵と供に行い、そして貴様の子飼いのものが略奪が終われば駆け付け、そして傭兵だけを殺し私財を貪る」

「それが……それだけの所業が理由で我々の家族を滅したか!」

 グルドーの叫び、彼も推進機に魂を叩き込み、黒青の殺戮者に一撃を浴びせんと追う。

 追いつき、振り向いた殺戮者と剣と杖を叩きつけ合う。殺戮者の杖は杖ではない、あれは槍にして巨大な剣だ、

「それだけではないにきまっているであろう?敵対した盗賊や山賊への度を過ぎた処刑もまた罪の一部だ!脳を抉り機械を埋め込み怪物にして死ぬまで殴り合わせ、賭けを行う……その中には歳幾羽もない子供もいた」

「それはログシラが……!」

 ログシラ……この国の実権を握ってた人間だ、古くからの付き合いで、グルドーが就任した後はブレイン役をやっていた。

 だが彼らの派閥は手口を選ばない、彼はただ承認をしただけだ。

「奴がどうした?奴に責任を押し付けるか?ならなぜ奴を縛り首にしなかった?それが答えだ」

 剣と杖をぶつけ合う二人の黒騎士、その眼下には、ビルが立ち並ぶ都市が燃え崩れていた。

 拮抗していた、技量では黒青の騎士、だが、機体性能はグルドーの圧勝だ。

 複合装甲の出力は砲弾程度の質量を防ぐものだ、だが、奇鋼礼装の格闘戦では分が悪いとはいえる。

 純粋に硬く、馬力がある相手は力づくで領域に突入するのだ。

 グルドーの剣の腕は高い、剣聖と呼ばれるだけの剣士だ、だが、相手の剣は神域だろう。

 そう考える、普通なら恐怖を感じるが、だが、今は違う。

 燃え盛る町は、きっと誰も生きていないだろう。

 なら、己が命もここで燃やし尽くしても構わない。

「シルヴル、イラダの注入を開始しろ!アレをやる!」

『わ、わかりました!』

 肩から薬液が注入される、全身の神経の反応速度が速まり、肉体の再生速度が速まる薬だ。

 その副作用として幻覚と殺戮衝動がある、禁薬とも呼ばれるそれがグルドーの体を侵食し、世界をスローモーションにしていく。

 そして複合装甲の電磁制御を加速、重力制御を軌道の制御に利用、超音速の域の加速を行う。

 戦いの空気が変わった、翻弄していた殺戮者でなく、黒紫の王の方が翻弄する。

 側面、背後、正面、上、下、様々な角度から飛翔する殺戮者に剣を浴びせる。

 殺戮者は杖で攻撃を防いでいく、全て受け止め、流す。

 すべてが必殺の一撃に相当する一撃、それらを受け流せてはいるが、しかし、追い込まれていく。

「ふざけるな、そうやって神様面をして俺たちを滅ぼすのなら……お前が!」

 だが本命は剣でない、殺戮者の動きが疲弊から鈍ったのをしっかりと認識したシルヴルが《Standby Ok》とヘルメットに表示すると急上昇、そしてあらゆるリソースを加速につぎ込み、急降下キックを叩き込まんとする。

 複数の牽制攻撃の後の上方からの本命の一撃、それはグルドーの必殺技であった。

 これまで何度も強敵……と言っても、彼の奇鋼礼装の前では敵でもなかった存在を潰すのに使った技だ。

 加速された世界でも、超音速の世界は非常に速く感じる、この一撃で敵を地まで叩き込み、そして陽電子砲でトドメを刺す。

 それが必勝の一手、そしてグルドーは殺戮者に突撃する……だが、彼の右肩が、接近するよりも前に殺戮者の光線で切り裂かれた。

 苦痛はない、イラダが全て緩和する。

 だが空力が変わる、軌道が変わる、それでも襲撃者に一矢報いんとありったけの軌道修正をかける、だが、襲撃者に上からの攻撃で仕留める寸前に不可視の何かが側面から殴りつけ、その軌道は大きく逸れた。

 希望が絶望に反転しながら、落下し続ける。

『あぶない!』

 シルヴルは主人の隙を造らないよう、地面に激突しないように推進器を制御する。

 超加速は圧倒的な機動性、戦闘力を誇る。

 だがそれは捨て身の技だ、マントの形状変化は追いつかない為動きが直線的に陥る。

 つまり、その状態でカウンターを当てられれば逆転される、そして、まんまとやられた。

 あの一撃は恐らくは重力制御のものだろうと計測する、襲撃者はそれを隠していた。

 原理としては単純だ、機体のマテリアルミストを上方にも散布する、恐らくマントの結構な部分だ、大きさはそれほどでもない、弾丸ぐらいだろう、そしてそれを重力制御のみで側面から叩きつけた。

 重力制御能力を持つだけならA級以上なら持っている機体は少数だが存在する、恐らくそれだろう。

 絶望を煽るような戦いをしている、全力を出させてから徹底的に潰す、悪意の手段。

 対策を試案する、だが、上から襲撃者が飛び掛かり、空に胸を向けたグルドーの奇鋼礼装に飛び乗る形となる。

「それが君の全力か」

 淡々とした黒青の殺戮者の声が黒紫の王の耳に届く。

 次の瞬間、右腕がつかまれ、奇鋼礼装のスケルトンごと引き抜かれた。

「ぐ、ぎぃぃぃっ!?」

 虫をのように叫ぶ、イラダの効果は調合により複数あるが、神経加速を用いれば痛覚は過敏になる。

 常人ならショック死してもおかしくない苦痛、だがシルヴルは即座に電気ショックを流し蘇生させる。

「ふむ、イラダを使ったか……これ以上戦いで弄ぶのは難しいな、ふむ」

 次に胸のハッチに手をかけようとする、瞬間、電磁力と重力で反発、吹き飛ばそうとする、だが殺戮者の鎧は少しのけぞり、動きが緩やかになるだけで、ハッチに手がかかる。

<いや!?誰か!誰か助けて!救援!救援!>

 全回線で救援信号を出す、だが周囲には反応は無い、徒労であり、主砲であり胸のハッチは引き剥がされ投げ飛ばされる。

 風が、男の恐怖を刺激した。

「ひ、ひぃっ!?」

 黒青の裁定者はそのまま地面に向けロケットで加速を入れ、グルドーの身体は地面に激突する

 衝撃が地面に響き、土煙が巻き起こった。

 わずかな時間が経ち、土煙が収まったそこには黒青の殺戮者は杖を地につけ直立、そしてその四つ目の先には無惨にも片腕で這うグルドーの姿があった。

<いきないと、いきないと、いきて、おねがい、いきて>

 イラダを注入し続ける、だがそれは苦痛でしか無い、加速された時間で激痛にのたうち回り、精神は既に破綻しかけていた。

「ひっ、ひーっ、ひーっ」

 一歩でも、一歩でも逃げなければと必死にあがく。

 奇鋼礼装のスケルトンは生きてる、推進装置は全部壊れた、障壁も衝撃で展開不能だ、だがまだ人工筋肉も動力も生きている、だから、まだやれる。

 そんな男の頭を黒青の裁定者は右手でわしづかみにし、引き上げる。

「気取った仮面をまだつけられるとお思いかね?」

 そう言いながら、グルドーのヘルメットの前部を左手でつかむ、指の力が入り、ヘルメットの前部が引き剥がされた。

「あ、あ………あああああ!」

 絶叫するグルドーの顔が、仮面のようなヘルメットの下にはあった。

 涙も鼻水も垂れ流している、既に失禁し脱糞もした。

 そしてそのままヘルメットからするりと抜け落ち、地面に多少叩き付けられる。

「ぎひぃっ」

「……推進装置で逃げられたら少し面倒だ、潰しておくか」

 冷淡に、裁定者は告げると背部の触手のような、蛇のようなアームユニットが蠢き、その先の剣が背部や脚部の推進器を突き刺していく。

「ぎぃぃぃぃぃっ!?」

 激痛、アームユニットに接続された剣は高周波ソードの役割も成す。

 斬り合い、それも様々な障壁を持つ相手や奇鋼礼装の装甲の前では決定打に欠けるが、装甲の隙間や精細な部分に突き刺すという機能は果たせる。

 剣が引き抜かれ、剣先に血が滴る。

「さて、ふむ……まぁ、次は足か」

 裁定者は杖を振る、一瞬で両足が骨と装甲ごと千切れ飛んだ。

「後は残った腕か」

 そして次は左腕、これもまた、骨と装甲を引き抜く。

『やめて、やめて、やめて、やめて』

 シルヴルは足掻く、だが何も出来ない。

 ただ、絶望が死屍累々の町の中にあった。



「あ……が……ご……」

 燃えさかる町の中、四肢を切り裂かれ奇鋼礼装を引き剥がされたグルドーはそのなかでも一際高い瓦礫の鉄骨に突き刺さっていた。

 イラダのせいで再生されるも、既に突き刺さった部分を修復しきれず、歪なオブジェとなっている。

 その顎は引き抜かれ、歯はすべて砕かれる。

 目先には屍の山、守ろうとした家族の惨たらしい死骸が並べられている。

 家族を守るために非道を重ねた。

 非道を重ね、それでも生きようとした。

 敗者は惨たらしい末路が待つ、だから勝たなければいけない、そう言い続けた。

 そんなこともグルドーは忘れ、イラダの効果が切れるまで、苦痛と絶望を味わい続けるのだった。

 ここは南洋、力が全てを支配する地。

 それでもなお、悪逆に惨たらしい裁きを与えんとする者は、少なくはない。


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