【パラレル編】ありす紅茶館で日常をどうぞ♪

かがみ透

ありす紅茶館でパラレルな日常をどうぞ♪

プロローグ

 彼らとおばあちゃんとの間では、どんな決まり事があったのかしら?

 普通の「大家兼雇い主と従業員」とは違うような……ファミリーのようなフランクな付き合いだったのかな。


 なぎは改めて青年たちを見回した。


 既に経験者である従業員たちがいるなら、素人の自分が加わってもなんとか店は回るのではないか、という気がしてくる。

 ありすを含め、どこか現実離れした雰囲気の彼らは、生身の人間というより妖精に近い存在にも一瞬思えたが、外国人だからそう見えるのだろう。


 それに、務めていた会社と同じように、知らないアルバイト先でまたセクハラやパワハラに遭ってしまったら……?


 それが一番の心配事だ。


 ああいうやからは、いつどこに潜んでいるのか、事前にはわからないんだし。

 でも、おばあちゃんともファミリーのように付き合って経営して来た彼らなら、そんな心配はいらないし! 


 何よりも、祖母の素敵な紅茶館をやっていけるなら、なぎにとってはこれから探さなくてはならないアルバイトよりも心はほぼ傾いていた。


「足手まといにならないように頑張るので、どうか皆さん、紅茶館再開するにあたって色々教えてください。わたしもおばあちゃんに教わった本で自分でも勉強しますから」


 なぎは夢中で頭を下げた。


「イェ〜イ!」

「よろしくね〜!」


 拍手と口々にかけられる声がなぎをあたたかく迎えた。

 恥ずかしそうに笑ったなぎは顔を上げた。


 なぜか男は全員紅茶の名前だった。


「アールグレイ。ちゃんとフルネームだよ」


 ニヤニヤと、目の前の青年が笑っている。


「だったら、アール・グレイさん? それとも、まさかとは思うけど、アールグ・レイさん?」

「どうでもいいでしょ、そんなの」


 スマートフォンのメモに書きかけていた手を止め、なぎは口をあんぐりと開けた。

 ちゃんと答える気は、彼にはないらしい。


 金髪碧眼の七歳半だというクールな美少女のありす。

 あの子が『不思議の国のアリス』でいうアリスだとすると、アールグレイを名乗るこの人は、チェシャ猫っぽい。ニヤニヤ笑って、のらりくらりと人を煙に巻くような発言してるし。


 ディズニー映画のチェシャ猫は、紫とピンクの縞模様だ。


 180cmを超える彼は、どことなくオレンジのような、紅茶のアールグレイと同じ柑橘系の香りをまとっている。


 艶のある美しい黒髪に少し日焼けした肌、切れ長で目尻の上がった、少し緑がかった明るく水色に近い青緑色の吸い込まれそうな瞳——『アリス・イン・ワンダーランド』のチェシャ猫の印象的な目の色にも近い。


「シアン……紫庵シアン・アールグレイね。アールグレイの方で呼ぶと紅茶の注文とごっちゃになりそうだから、ハーフってことにして、お店では『紫庵シアン』の方を名乗ってね。すみませんが、私が覚えられるまでは名札も付けてください」


 言いながら、なぎはメモに打ち込んだ。年齢は、自分より少し上だが二〇代前半くらいと目安をつけた。


 次に、ティーフードや菓子を作る担当だという、こちらも褐色肌の少年はダージリンと名乗った。

 金色のクセのある髪は、あちこちの方向を向いていて襟足えりあしも逆立っている。


 その髪型には彼の人柄が現れているとでもいうように元気がよく、話をあまり聞いていない。

 彼は、『アリス』で言うなら、三月ウサギのイメージだ。


 光の加減で琥珀こはくのようにオレンジっぽくも黄色っぽくも見えるクリクリとした大きな丸い瞳であたりを見回し、きょろきょろそわそわと落ち着かない。


「三月……って、さすがにそんな名前はいないわよね。三月は『みつき』とも読めるけど、そういう字は名前には使わないだろうし……、三月、弥生……弥月みつき、じゃあ、きみは、弥月みつき・ダージリンね」


 そう言っても、彼は聞いていなかった。


 白髪で白人系の老人で片眼鏡をかけているアッサム博士は、ティー・ブレンダーという、産地の茶園に茶葉を買い付けに行き、茶葉をブレンドする担当だと、簡単に紫庵シアンが説明した。


 ただし、客に不気味がられてからは厨房の中か、その奥の扉のブレンド専用の部屋にいたりで、ずっと茶葉と水の配合の研究をしていたらしい。

 相当な変わり者らしい、とも。


 博士のことは、アリスでいうと帽子屋みたいだと、こっそり思った。


 リゼは、アールグレイと同じくらいの長身に、赤茶色のくせ毛、紅茶のようにも見える瞳。

 白人系の穏やかな彼は白いウサギ、『アリス』でいう時計ウサギのイメージかも知れない。

 甲斐甲斐しくありすの世話を焼いている。


「リゼさんは、紅茶を淹れる担当だったの?」


「はい。アールグレイ——あ、紫庵シアンでしたね。彼と同じで、テーブルに運んでもいましたし、交替で茶葉の買い付けにも行ってました。茶菓子の材料は、弥月ミツキが自分で買いに行ってました。それから、売り上げとか経費の計算もしてました」


「経理もやってくれてたの? 助かるわ! ありがとうございます! リゼさんは趣味とかあります?」


「ありすのお世話をすることだよなー?」


 弥月が跳ねて笑った。


 なぎが目を見開く。

 見たところ、彼は自分より少し年上かも知れないが、紫庵と同じくらいの20代前半と踏んでいた。


 話も通じそうだし、唯一マトモそうに見えたのに……ロリコン?


 外国人の長身のイケメンが二人に、ヒーロー顔の少年一人と老人。

 見た目は華やかでもどこか残念な不思議従業員たちと、祖母が閉店してしまった老舗紅茶館を再開させようと、なぎは心に決めた。


 手始めに、『港の見える紅茶館』を『ありす紅茶館』と名を改め、ありすを店長とするのも、オーソドックスなイギリス調の店内の床を一晩でチェス盤のような白と黒のチェック柄にしてしまうのも、ダージリンの発案で一気にリニューアルとなった。


 戸惑い、振り回され、ドタバタと日々を過ごしているなぎも、少しこの生活に慣れた頃から、話は始まるのだった。

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