1(2)そうだ、水着を買いに行こう!
「そうだ! 海行こうぜ、海!」
弥月が言い出した。
「みーくん、この間、私とありすちゃんとも一緒に行ったでしょう? ちらっとだけどグアムと沖縄。グアムでは海で遊ぶ暇なかったけど、沖縄では海で星の砂は拾ったし」
ちゃんとホテルに宿泊したかったなぎは飛行機を使い、鏡から鏡へと移動出来るありすと弥月はホテルに直接来ていた。
その時、沖縄で弥月が一目惚れした相手が人妻とわかり、それは花火のように一瞬で終わったことも、なぎの記憶に新しい。
「海がいい! 海行きたい!」
「もう、ちっとも話聞かないんだから。でも……お店の窓から見えるのは海でも港だし、ハワイやグアム、沖縄とまでは行かなくても、たまには海水浴もいいわよね。行くとしたら、そうねぇ、江ノ島とかかしら? あ、根岸にもマンモスプールっていう大きいプールがあったわね」
紫庵とリゼに相談するようになぎは二人を見上げた。
「大分前ですが、弥月が電車の中から見かけたマンモスプールに行きたいって言い出したので、根岸でアズサが仕事の用があった時についでに連れて行ってくれて、待ち時間はぼくたち三人でプールで遊んで、用事が終わったら落ち合うことになっていたんです」
「海! 海!」とはしゃいでありすと遊び出した弥月に目をやってから、リゼが少々困り顔で切り出した。それに紫庵が続く。
「そこで迷子になってさ。放送かけてもらったのに、あいつ聞いてないから全然見つからなくて。『もうあいつ置いて帰ろうぜ、電車でもたった二駅だし、帰り道はわかるんだから、コドモ扱いしなくても平気だよ』って言ったのに、アズサはしばらく待っててさ」
閉館時間になって弥月が出てくると、待っていたアズサがホッとした笑顔になった。
『良かった、ダージリン』
『アズサー!』
弥月は泣きながら、母親ほどの年齢になっていたアズサにぎゅうっと抱きついた。時間の進み具合が一定ではなかった鏡の国では、こちらの世界より何年進みが遅いとも断定できずにいたが、弥月にとっては八歳頃であり、十年ほど前の出来事という感覚だった。
『気がついたら、皆いなくて。オレを置いてもう帰っちゃったと思った! ごめんな!』
『怪我したり具合悪くもなってなかったなら良かったわ。一緒に帰りましょう』
「……ってことがあったんだよ」
という紫庵とリゼの話に、なぎは目を見開いた。
「あのみーくんが泣きながら謝った!?」
「はい。さすがに反省したようには見えましたけど」
「忘れてるな」
紫庵が肩をすくめてみせる。
「みーくんが迷子になったり、プールで走り回って他の人たちに迷惑かけるかもとか考えると、わたしはおばあちゃんみたいにやさしく出来る自信はないし……」
なぎは唸った。
「プールはやめておいた方がいい気がしてきたわ。やっぱり、海かなぁ? いえ、でも、海で遊泳禁止区域まで行っちゃって溺れたなんてことになっても危ないし」
「ああ、あいつ運動神経・体力バケモノだから大丈夫、大丈夫!」
紫庵が笑い飛ばす。
「だからこそ無謀な泳ぎをして、他のお客さんやライフセイバーさんにご迷惑をかけてもいけないので、足が届くところまでしか入っちゃいけないとか、ルールを作ってやらないと」
「足が届くところまでって言っても、泳いでたら気付かなそうよね」
「それもそうですね。それでは、膝までというのは?」
「……ほとんど泳げないんじゃない?」
「それも可哀想ですか……」
「あたしが見てる」
唐突に聞こえたありすの声に、三人は振り返った。
「ありす、本当ですか?」
「ありすちゃん、大丈夫?」
一気に心配そうに顔を覗き込むリゼとなぎに、ありすはいつも通りの無表情で、こくんと頷いた。
「他の人にあまり迷惑をかけるようなら、鏡の国に強制送還するから」
その淡々とした声が聞こえた弥月は、ハッとして一気に青ざめた。
「ありす、まさか……そんな……!」
「ハハッ! ありす嬢がお前には甘いからって調子に乗ってるんじゃないぞ、マヌケ! 皆を困らせたら、このボクも黙っていないからな!」
ありすの隣で両手を腰に当て、虎の威を借る狐のごとく、キャンディが勝ち誇ったような笑いを浮かべている。
「それ、お前が言う?」
「ふん、ボクは今回はちゃんといい子にするんだからな!」
威張ってみせるキャンディを、弥月はまじまじと見ていた。
「マンモスプールに行ったのも、あれっきりですし。たまには海もいいですね」
リゼが微笑んでそう言うと、紫庵も頷いた。
「アズサは海には連れて行ってくれなかったからなぁ。奥ゆかしいから、海とかプールに行く時は男性とは行かれないって言って、女友達と行ってたからね。近場の金沢自然公園に潮干狩りには皆で行ったけど、泳いだわけじゃないし」
「じゃあ、皆、水着持ってないの?」
「なぎちゃんは水着持ってるの?」
「二年前に若菜たちとハワイに行った時に買ったんだけど、カビたから捨てたの……」
「カビ!?」
困り顔でなぎが笑った。
「旅行後しばらく忘れてそのままになってて……それなりの値段したからもったいなかったわ。ビキニだったんだけど」
「なぎちゃんがビキニ!?」
「なっ、なによ」
「激レア!」
紫庵が途端に身を乗り出す。
リゼは何も言わずに、少し意外そうな顔でなぎを見ている。
やだ、リゼさんまでこっち見てる!
絶対関心ないと思ってたのに。
いや、だけど、……ただこっちを見てるだけかも知れないし。
紫庵みたいにわかりやすくないから、どう考えているのかわからない!
といって、紫庵みたいにあからさまな反応も……ちょっと困るけど……。
*
定休日になると、皆で揃って、水着や水遊びグッズを買いに行った。
博士は、海には若い者だけで行くよう言い、留守番している。
ありすと弥月、キャンディが、浮き輪やビーチボールなどを見ている間に、なぎ、紫庵、リゼは水着売り場に行く。
女性用の水着売り場にも平気な顔でついてくる二人だが、彼氏連れの女性もいて、その場に男がまったくいないわけでもないことに、なぎは少しホッとした。
二年前に水着を買った時のことが思い浮かぶ。
高校からの友人である若菜と日和も、なぎの選んだフリルの付いたビキニを買おうかと話している時だった。
『お客様のような華奢な方にはお似合いですが、グラマラスなお方にはボリューム過多になってしまうので』
当時の店員がにっこりとそう話していた。
『かえって太って見えちゃうの?』
『あ、だよね! 水着ってパットも入ってるし』
『じゃあ、やめておく?』
あの時みたいなデザインのを選べば……体型もごまかせるし。
そんなことを考えながら、大きめのフリルで胸元が広範囲隠れたセパレートタイプの水着を手に取った。
「これにしようかな……」
控えめになぎが言うと、紫庵がすかさず覗き込んだ。
「ダメ、却下!」
「へっ?」
「谷間も見えないし、こんなのはビキニじゃないよ! ビキニってのはもっと深くえぐれてて、形がはっきりわかる危ういものなんだよ!」
「た、谷間!? 形!?」
「フリルがあったらよくわからないじゃないか。こんなに隠れてるのはビキニじゃない!」
「し、紫庵、何言ってるのー?」
「もっと、こんなのとか、こんなのとか!」
力説しながら紫庵が手にするのは、紐で結ぶタイプを始め、ビキニの中でもさらに露出の多いものばかりであった。
リゼは目を丸くし、なぎはおたおたしている。
「せめてこのくらいじゃないと!」
「ええっ! そんな冒険ムリムリー!」
珍しく強く出る紫庵に、なぎはたじたじになっていた。
「しつこいですよ、紫庵。なぎさんが困ってるじゃないですか! 別にビキニじゃなくてもいいじゃないですか。なぎさんは水着なんか着なくたって可愛いんですから!」
リゼのセリフに、なぎは一瞬硬直した。
「そ、それって、どういう……」
ここにある水着全部わたしなんかには似合わないから、何も着ない方がいい……ってことー!?
真っ赤になりながら、目がぐるぐる回っていく。
ふら〜っと試着室に入り、シャッ! とカーテンを閉めた。
リゼは茫然としてから、ハッと我に返る。
「ど、どうしたんですか、なぎさーん! ぼく、なにか気に障るようなこと言いましたか!? すみません! もう何も言いませんから出てきてください〜!」
「いっ、今、着替え中ですからっ!」
「えっ! わあっ! す、すみません!」
「もう自分で決めるから。二人ともありすちゃんたちの方で待ってて下さいっ!」
試着室の鏡に映る自分の顔を見る。
やだ、まだ赤い! 早くおさまってー!
紫庵もリゼさんもあんなこと言うから……!
「……また避けられてるのかな」
ため息混じりに、リゼが呟いた。
「なぎちゃん、そんなにビキニ嫌なのかなぁ。なんでだろ? 細いんだから似合うはずなのに」
「きみはビキニにこだわりすぎでは?」
リゼが苦笑いになる。
「女の子が着たら一番綺麗に映える水着だと思うのになぁ」
「そこは否定しませんが」
「ふ〜ん、やっぱリゼもホントは見たいんだ?」
ニヤッと紫庵が笑った。
「そういうわけでは……。ただ、あの奥ゆかしいなぎさんが、そんな開放的な水着を着るなんて、想像出来ないだけです」
「だよな。だから、激レアなんだよ」
「激レア……ですか……」
ピンと来ていないリゼと紫庵も、自分たちの水着を探し始めた。
ハーフパンツと、リゼに至っては紫外線除けのパーカーもであった。
水着を選び終わった大人三人は、浮き輪や水遊びグッズ売り場にいる弥月たちのところへ向かった。
「お待たせ。今度はありすちゃんもみーくんもキャンディくんも、水着選びましょう」
「えっ、ありすも水着……」
リゼがなぜか驚いている。
「そうだねぇ、どうせなら、ありすもビキニ着てみる?」
「ま、まさか、ありすも……?」
「こういうのとか、可愛いんじゃない?」
にこっと、紫庵がありすに微笑みながら、子供用の赤いビキニを見せた。
隣のリゼはうろたえている。
「あ、ありす、こっちにワンピースタイプの水着もありますし、水着の上から着るワンピースもありますよ。ぼくたち白人の肌は紫外線に弱いので、UVカットのパーカーとかを羽織った方がいいんです。あ、キャンディもですよ。ツバ付きの帽子とサングラスも。それから、日焼け止めと……」
「日焼け止めはさっきわたしが買いましたから、大丈夫ですよ」
「あ、なぎさん、ありがとうございます!」
「なんだか、どんどんビキニから遠ざかっていくな……」
がっかりした顔で、紫庵は肩をすくめた。
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